第14話 妹の冒険(前編)

 わたしたちのパーティ-は、学生が10人、先生が3人。門に集合したのだけれど、学生たちは遠足モードで、いきなり先生に怒られたし。


 パーティーは街の外に出る。しばらくは平和だった。犬や猫、キツネが駆け回り、ヤマシギが空を飛んでいる。

 のどかな田舎の風景で、どうしてもピクニック気分になる。


 いけない。また、怒られる。

 浮ついた気持ちを追い払おうと、頬を叩く。兜が重くて、バランスが崩れそうになった。

 隣にいた黒魔術士の女子に笑われる。わたし、バカみたい。


 やがて、森が見えてくる。オリーブやオレンジ、レモン、シュロなどの木が鬱蒼と生い茂っている。平凡な森が、かすかにプレッシャーを与えてきた。


「ラウラちゃんも実戦は初めてだよね?」

「う、うん。そうだけど」


 黒魔術士の子が不安げに言う。紅色のワンピースに黒いマントを身に着け、黒い魔術帽を被っている。ワンピースは裾が短く、白い太ももがまぶしい。

 おとなしそうな彼女は、突如、笑い出し。


「私……森を漆黒の闇に染めたくて。来たれ、我が眷属よ、メテオ――」

「ダメだし⁉」


 まさか、炸裂する子とは⁉️

 わたしは慌てて彼女の口をふさいだ。魔法の詠唱を止める。


 彼女のおかげで緊張がほぐれたのは、うれしい誤算ね。


 いざ森へ。

 モンスターが住まう森。とはいえ、入り口付近に強敵が出るわけじゃないみたい。


 案の定、コボルトとアルミラージが出現した。どちらも雑魚なのよね。


 けれど、初めての実戦。油断しちゃダメ。そう思ったとたんに、緊張してくる。上半身が小刻みに震え、鎖かたびらからカチカチと金属の音が鳴った。


 わたしみたいに、数人の生徒が浮き足立っていた。


「みんな、落ち着いて。普段どおりでいい。訓練の成果を見せてやれ!」


 先生の叫びで気が楽になる。


 戦闘が始まった。わたしは前衛として、アルミラージを引き受ける。アルミラージ。硬い角があるウサギだ。かわいい外見とは裏腹に、獰猛な鳴き声を発した。そのまま、突撃してくる。


 わたしは盾で刺突を防ぐ。手がピリピリした。たしかに、手加減抜きの攻撃に、実戦だと思い知らされる。


 しかし、怯んだら、そこで終わり。


「みんな、相手は雑魚だ。恐れるな!」


 先生の檄が勇気を奮い立たせてくれる。


「えいっ!」


 わたしは腹から声を出しながら、剣を振るう。斜め上から振り下ろす斬撃が、アルミラージの首をはねる。敵は地面に横たわり、ピクピクと震えた。


 学校で習ったとおり、敵の動きが止めるまで剣を敵に向け続けた。絶命を待ちながら、視線を張り巡らせ、周りを警戒する。


 アルミラージの死を見届けたところで、戦闘は終わった。


「もう大丈夫だ。アイテムを集めろ」


 1匹か。多いのか少ないのか、わからない。でも、とにかくモンスターを倒した。


 手が震える。肺に新鮮な空気を取り込んで、リラックス。アルミラージの角をナイフで切り取った。


 例の黒魔術士は、わたしより解体に苦戦していた。手伝ったら、「ウサギの丸焼きにできなくて残念」と、斜め上の答えが返ってくる。


 緊張感を保ったまま、森を歩いていた時だったーー。


 金属がぶつかる音がした。振り向くと、煙が上がっている。人の叫び声もする。

 誰かが戦闘をしているらしい。


「実戦を見るのも修行になる。安全な位置で見させてもらおう」


 まだ雑魚が多いエリアだ。先生も気軽に考えていた。

 しかし、いざ近くまで行くと、空気が一変する。


「なんで、ここにオークが! って、オークキングまでいるじゃねえか⁉」


 リーダー役の教師が驚きと困惑が混じった声を上げた。


 身長2メトルを超える、人よりも大きい化け物が棍棒を振り上げていた。4人の冒険者に襲いかかる。オークキングの他にも、オークが20数体もいた。4人で戦うのは無謀だ。


「生徒は待機だ! 俺はパーティーを援護する。他の先生は生徒を守ってくれ」


 リーダーは指示を出すと、前線に向かっていく。


「あっ!」


 わたしは思わず声を上げてしまった。

 なぜなら、視線の先に知っている人がいたから。


「エーヴァさん⁉」


 銀髪の少女が杖を掲げていた。目を閉じて、ブツブツとつぶやいている。


 エーヴァさんの前では2名の戦士が剣を奮い、後方では木に隠れた弓使いが弓を引いていた。


「平和ちゃん、なにやってんの⁉︎」


 弓使いの女が驚きの声を発した。それをきっかけに、戦士たちの目がエーヴァさんに向く。


「バカ、なにやってる!」「俺、まだ命令出してねえぞ!」


 味方から怒鳴られたにもかかわらず、エーヴァさんは平然としている。あの、おしとやかな彼女が。

 数秒後、エーヴァさんが持つ杖の先に炎球が出来上がる。大型のオークをも呑み込むほどの大きさだった。


「ファイラー!」


 エーヴァさんが杖を振り下ろす。

 すると、炎は酷薄な笑みを浮かべるオークの群れへと飛んでいく。

 と同時に、戦士2名は後ろへ飛びすさる。


 必殺の炎が数体のモンスターを包み込む。


 ファイラーは、中級クラスの炎魔法。オークよりも大きいオウルベアですら、一撃で倒せるほどの威力だ。


 しばらくして、煙が風に運ばれていく。

 あとに残ったのは丸焦げになったオークたちだった。


 しかし、敵を全滅させたわけではない。まだ、半分ほど残っている。


 生き延びたオークたちは一斉に雄叫びを上げる。オークキングは後衛の少女を睨めつけた。


 実戦が初めてのわたしでもわかった。モンスターの憎しみ《ヘイト》が平和を愛する少女に向かっていることに。


「エーヴァちゃん、ヘイト管理は基本でしょ?」「俺たちを殺そうとして、自分が窮地に陥るって、バカかよ」「ホントに迷惑な平和ちゃんなんだから」


 エーヴァさんの仲間らしき人たちが悪態を吐く。前衛の男性2名がオークと剣を交え、後衛の弓使いが矢継ぎ早に弓を引く。文句を言いながらも、エーヴァさんを守ろうとしているようだ。


 ところが、最悪な展開を迎えてしまう。

 オークキングが灰魔術士の前に立ち、トゲトゲの棍棒を頭上に振りかぶる。


「エーヴァさん!」


 わたしは叫んだ。不安で胸が張り裂けそうになる。剣を思いっきり握りしめた。無力な自分が腹立たしくて、たまらない。

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