第3章 ありのままの自分

第13話 妹の旅立ち

 数日後の朝。妹が鎧をまとって、リビングに現れる。


「お兄ちゃん、どう?」

「うん、なにを着ても、ラウラは似合う。けど、いつもより凜々しいかな」

「わーい。お兄ちゃん、女の子を褒めるの上手くなったねー。前は、『似合う』しか言ってくれなかったのに」


 実際、似合うし。


 けれど、あらためて思う。『似合う』みたいな、誰にでも当てはまる褒め言葉は使いやすい。以前の僕もさんざん使ってきたし。


 新たなスキルに目覚めてから、違うと思っている。

『本当にあたしを見て褒めてるの?』と、言われてる気がしてならない。


 相手を観察し、ちょっとしたことに言及する。

 そうすれば、『この人、あたしのこと見てくれてる』と人は喜ぶのだ。


 僕は妹をさらに観察する。


 剣士志望のラウラは、動きやすい鎖かたびらを着用していた。色は赤で、華やかな金髪の妹を引き立てていた。


 腰にはファルシオンソードをさげている。ファルシオンソードは、女子にも扱いやすい片手剣だ。


「ラウラ、先生の言うことを聞いて、怪我のないようにね」

「うん。心配しないで。森に行くといっても、奥までじゃないし」


 今日、ラウラは学校の実習で森に行く。実戦を経験するためである。


 冒険者養成学校では、刃を潰した剣を使って、かつ、寸止めで訓練している。オーソドックスな手法であり、初心者には有益な方法だ。


 が、それだけでは実戦で通用しない。モンスターは本気で殺そうとしてくるからだ。以前は、学校卒業直後に命を落とす冒険者もいたらしい。


 悲劇を防ぐため、在学中に実戦を経験できるようカリキュラムが見直された。


 その結果、始まったのが、森での実習である。


 熟練冒険者である教師が生徒を連れて、森に行く。森の入り口辺りでは、モンスターは比較的弱い。学校で真面目に訓練した生徒なら勝てる相手だ。


 勝てる相手と実戦を積むことで、学生は練度を上げていく。


 また、小さな成功体験は学生たちの自信にも繋がる。

『自分もやればできそう』という自己効力感を高めるのに、極めて有効な方法だ。


 実戦経験はメリットもあるけれど、実戦ではなにが起こるかわからない。


 そこで、盾になる重騎士タンクや白魔術士の教師も加わり、保険もかけている。


 それでも、不安になるのが兄というもの。


「実習とはいえ、実戦。気を抜いちゃダメだよ」

「お兄ちゃんも心配性なんだから」


 妹は鼻で笑ったと思いきや。


「でも、そんなお兄ちゃんも大好き❤」


 僕の腕に抱きついてくる。


 鎧を着ているせいか、ゴツゴツする。柔らかい場所が当たってなくて、助かったというか残念というか。


 妹は僕の腕を抱きかかえたまま、ドアを開ける。マンションの共用部へ。


 そこに隣室のドアが開いて、お姉さんが出てきた。20代前半とおぼしき、大人と少女の魅力を併せ持った美人さん。僕たちに疑いの目を向けてくる。


 バツが悪くなった僕は軽く咳払いをした。


「じゃあ、ラウラ。これお弁当な。あと、気をつけて」

「うん、行ってきまーす」


 ラウラは笑顔を浮かべて、出口へ向かった。


 さて、暇になった。今日はギルドに行く日でもない。


 本当は家でも仕事をしたいんだよね。ギルドを通さずに、個人で仕事を請け負うことも契約的には可能だから。


 けれど、自分でお金を払ってまで、転職相談をしたい冒険者なんていないのが現実。ギルドを通せば、個人での負担はないし。


 かといって、ギルドからもらえる報酬は、けっして良いとは言えない。


 僕はいいけど、妹に不自由な想いはさせたくない。


 じゃあ、どうするか。


 そもそも、僕がアレッツォの街に来てから、1ヶ月程度。今はギルドの仕事で成果を上げて、地盤を作る方が優先かな。


 コーヒーを飲みながら、僕は頭を悩ませる。


 詰まってきたので、掃除をすることに。3部屋あると掃除も立派な労働だ。掃除機もないし。僕は木材の床を拭きながら、ふと思った。


 日本にいたときは掃除なんて全然しなかった。面倒だし、休日は限界まで休みたかった。なのに、今は掃除にやりがいを感じるなんて。


 妹がいるからかもしれない。遊びたい盛りなのに、真面目に学校に行って、僕の仕事も手伝ってくれるわけで。暇人なんだし、家のことは僕がやらないと。


 レンガの壁に設置した時計が、ゴーンと時報を鳴らす。


 気づけば、お昼になっていた。パスタを茹で、炒めたキノコやほうれん草と絡める。副菜はルッコラなどの香草と生ハムにした。


 満腹になると、軽く眠くなってくる。

 食後のコーヒーを入れ、まったりしていたら――。


「お兄ちゃん、大変なの!」


 突然、ドアが開いて、ラウラがやってきた。


「どうしたの? 今日は夕方までだったんじゃ……」

「問題が起きて、途中で帰ってきたの」

「問題?」


 ラウラの様子を観察する。多少の泥汚れはあるが、目立った外傷はない。鎧にも傷はついているが、損傷の程度からして肉体的なダメージは軽微だろう。


「わたしは先生のおかげで無事だったんだけど……」

「どういうこと?」


 ラウラは身振り手振りを交えて、状況を再現するように語り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る