第2章 理想と現実
第8話 僕の転職イベント
昨年の晩秋、僕たち勇者パーティーは、とある山村を訪れた。
村の入り口付近にいた農民に勇者パーティーだと告げると、村長が飛んできた。
村長の家に案内される。
村長の奥さんがお茶を入れにいったとたん、村長は深いため息を漏らした。
「近くの森で、キノコや山菜が豊富に採れるのです。街へ収穫物を売って、この村の人々は冬を乗り越えています。ですが……」
村長の顔に影が射す。
「10日ほど前、ドラゴンが森の方に飛んでいったとの目撃情報がありました。慌てて、望遠鏡を持っている人のところへ。彼に頼んで、望遠鏡を覗いたところ、大きな図体のドラゴンがいました」
「ドラゴンが、こんなところに……」
勇者の声音に老人への気遣いが感じられた。
「翌日、調査隊を派遣したのですが、森は無残なまでに荒らされていました。植物はおろか動物たちも逃げてしまって。このままでは、冬を越せない人も出てくるでしょう」
村長はがっくりと肩を落とす。
「村長さん、さぞ心労が重なってるでしょうね」
若くして勇者になった少女が、村長をいたわる。村長の皺だらけの頬に、涙が伝わる。
「大丈夫です。勇者が来たからには、なんとかしますから」
勇者が引き受けると、村長は泣き崩れた。
その後、村長の家で作戦会議をする。
「ラファエロくん、近くのギルドに支援要請を出して。食料の調達についての手配もお願い」
「……了解」
僕は平静を装いながら、どうにか答えた。
「あと、気になるのは、ドラゴンに乗っていた女のことね?」
「そりゃ、まず魔族に間違いなかろう」
大魔術士の爺さんが顎ひげをさすりながら言う。
「魔族がドラゴンを操ってるってこと?」
「うむ」
魔族。見た目は人間とほぼ見分けがつかない、亜人の一種。
高度な知性を持つ魔族はモンスターを使役できる。
「動機までは不明じゃが、ドラゴンを使った食料の略奪は先の大戦でも報告されていた」
大魔術士が過去を懐かしむように目を細める。
先の大戦とは、先代勇者と魔王の戦いのことである。
10数年前、魔族の頂点に立つ魔王は、魔族の領地を広げようと侵略してきた。それに対し、立ち上がったのが、先代勇者。
大戦は勇者軍の勝利に終わり、その際に相当数の魔族を倒していた。戦後、魔族は滅多に見ない存在となっていた。
ところが、今でも魔族が関与していると疑わしき事件は発生している。人々にとっては、忌まわしき種族だった。
「ドラゴンの裏に魔族がいるだなんて、厄介ね。どんな災厄に繋がるか……」
勇者は意味ありげな目を僕に向ける。
登り始める月が、満月が近いことを教えてくれた。複雑な想いを抱えたまま、僕は勇者にうなずいた。
「ドラゴンと魔族の討伐が、最優先任務ね」
「そうだな。魔族は皆殺しだ」
勇者が宣言すると、黙っていた大神官が聖職者とは思えないような発言をした。
翌日の昼。僕たちはドラゴンに接触できた。
しかし、勇者の剣技は堅い鱗に傷つけることすらできなかった。
苦戦に陥る。魔法使いによる特大の炎が荒れ果てた森を燃やし、大神官が仲間を守る。剣士の僕と勇者が、最前線で攻撃を繰り出す。
しばらく膠着状態が続いたが、戦局を変えたのは僕だった。
僕の剣技スキルが、ついにドラゴンを傷つけたのだ。鱗を突き抜け、血が噴き出る。
ドラゴンは苦しそうに咆哮を上げた。雄叫びだけで背筋が凍りつきそうになり、空気の振動に吹き飛ばされそうになる。
追撃する余裕もなく。
「なっ、ワタシのドラゴンに傷を負わせるとは……。今日のところは、引き上げてあげる」
敵は逃げていく。魔女は背中が大きく開いた黒ドレスを着ていた。背中に刻印がある。蛇の模様が入っていた。蛇がジロリと僕たちを睨んだまま、敵の姿が見えなくなった。
脅威は去り、村人には感謝された。が、魔族とドラゴンは倒せていない。
村を出て、僕たちは魔族を追うことにした。
各地でモンスターを討伐しながら、僕たちは旅をする。
一歩遅くて、ドラゴンに食料を奪われた村もあった。というか、ドラゴンの被害はほぼ食料品。直接、ドラゴンに殺された人間は僕たちの知る限りはいなかった。
秋が深まり、冬になるにつれ、僕は憂鬱な気分になっていく。日増しにパーティー内で孤立していったからかもしれない。
でも、惨めな氷河期世代だった僕が、勇者パーティーに入れたわけで。そう簡単にチャンスを諦めきれない。僕はジレンマを抱えたまま、勇者を支えた。
村を出て、4ヵ月後。春の気配が芽生え始めた頃。勇者パーティーはついに有益な情報を得る。
荒野にある山。天をつくかのように尖った山頂。万年雪に覆われた未踏の大地だ。比較的温暖なトスケーネ王国において、山の一帯だけは別世界であった。人が滅多に来ないこともあり、豊かな生態系で知られていた。
王族直轄の諜報部隊によれば、くだんの魔族の潜伏先だという。
僕たちは山林で、ドラゴンと魔族を発見する。
僕との最終特訓で覚醒した勇者を中心に、メンバーは活躍する。が、僕は自分の身を守ることすらできず、完全に足手まとい。
勇者があっけなくドラゴンを屠り、一緒に魔族も殺した。
魔族の女は、最後に瞳を閉じる瞬間、悲しそうな目をする。そのときの顔が今でも脳裏にちらつくことがある。
戦闘後、僕はパーティーをクビになった。
ひとりで山を下りた僕は、行く当てもなく荒野をさまよう。岩以外になにもない、不毛な土地だ。晩冬の風が乾いた砂を撒き散らす。砂が目に入り、手で目をこする。
物理的に涙があふれたとたんに、激しい無力感に苛まれた。
僕は孤独だ。
氷河期としてやるせなさを感じてきた40余年。
女神様に出会って、勇者パーティー入りを保証してもらって10数年。
僕の人生報われたと思ったら、1年あまりでクビである。やっぱり、僕ってダメな人間なんだな。砂嵐の中を歩きながら、惨めな想いに囚われていたところ。
『今こそ、本来のスキルに目覚めるときです』
耳元で女性の声が聞こえた。 どこかで聞いたことのある声だった。
モンスターの気配すらない荒野である。幻聴だと思いつつも、僕は振り返った。
金髪の美女が立っている。10年以上前と変わらぬ姿で微笑んでいた。
「あんた、今さらなにをしに?」
彼女の顔を見たら、怒りが湧いてくる。
「……僕にあんなスキルを押しつけておいて。おかげで、クビになったんだけど」
「怒りたいのも……もっともですね」
あっけらかんとした女神様に、僕は毒気を抜かれてしまった。
「あなたは勇者パーティーに入って、冒険者としての経験を積んだ」
「……」
「でも、あなたの本当の活躍の場はちがうんです」
「えっ?」
「職業支援士。それが、あなたの本来の
「職業支援士?」
勇者パーティー時代に職業支援士という存在は聞いていた。実際に会ったこともある。
マグナ神殿にある転職の間で、
職業差別をする気はないが、冒険者に比べたら地味すぎる。
「いきなり、僕本来の職業と言われても、ピンとこないのですが」
「とりま、今、
金髪の美女は茶目っ気のある笑みを浮かべると、僕の頭に手を添える。
僕は淡い光に包まれ――。
未知の知識が頭の中に流れ込んできた。今にして思えば、それが職業支援士で求められる知識やスキルである。
そのとき、僕はジョブ・チェンジしていたのだ。
行き先を失った僕がどうすればいいか。
将来の不安に対する答えも自然と閃いていた。
「その調子ですよ」
以前、会ったときは適当すぎる方だと思っていたが、案外しっかりした方らしい。
「ありがとうございます」
素直に感謝の言葉を述べるが。
「聞いてください。音ゲーのイベント最終日でプロデューサー業に励んでいたら、上司に怒られちゃったんですよねー。ハゲ神め、ざけんなっての。じゃあ、ケーキの食べ放題に行きますので、これで失礼します」
彼女は一瞬で消えてしまった。
やっぱ、ダメだ。あの人。
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