第7話 信頼関係(ラポール)
「さすが、お兄ちゃん」
エーヴァさんが部屋を出て行ったとたん、なぜか妹が僕を褒める。
書記をしていたラウラは、自分の肩を揉みほぐしながら言う。
「だって、話を聞く態度が優しすぎだもん。30分で100回好きになっちゃったし」
「ちょっ、ラウラさん⁉」
「エーヴァさんの話を親身になって聞いてて、うらやましかったんだよ」
「うらやましい?」
「うん、うらやましいけど……このまま、お兄ちゃんが取られちゃったら、イヤかなって」
僕は咳払いをしてから、妹に向かって。
「ラウラ。僕、寂しい思いをさせちゃったかな?」
「ううん、そんなことない」
妹は満面の笑みを浮かべる。理由がわからない。年頃の女の子は複雑すぎる。
丁寧に説明して、理解してもらわないと。
「ラウラ、学校で嫌いな先生っている?」
「うん、もちろん。拳闘士のおっさんが脳筋すぎて、授業が嫌になる。だって、ウォーミングアップで腕立て伏せを100回だよ⁉」
「100回⁉」
たしかに、それは多い。まあ、勇者パーティーにも1日500回、剣の素振りをする人がいたが。
「拳闘士の先生に悩みごとを話したいと思える?」
「絶対に無理。奴の半径1メトルに行くんだったら、死んだ方がマシ」
妹はブルブルと首を振る。そこまで避けられている先生に同情したくなる。
それはさておき。
「他人の悩みを聞くのには、信頼関係が大事なんだよ、本当に。転職相談といっても、場合によっては、辛い話になるからね。
「……パワハラ。怖い。怖すぎる」
近年、『パワハラ』という言葉が、人々の間に広まっている。レベルが上の冒険者が立場を利用して、低レベルの者を過剰に叱責するなどの行為だ。
異世界にもパワハラあるのかよ?
そう思うときもあるけど、ワインやコーヒーを普通に飲んでいる。今さらだ。
「自分の抱えた悩みを相談するって、大変なことなんだよ。ある意味、自分の弱みをさらけ出すことだし。特に、僕たちの相手は冒険者。弱点を他人にバラすなんて、自殺行為だと考えている人もいる」
「……う、うん」
「だから、まず、『この人だったら、話してもいいかな』って、思えるような信頼関係が必要なんだ」
「信頼関係なのね」
ラウラは成長著しい胸に手を当て、自分に言い聞かせる。
「すごくわかりやすい。なんだか授業を受けてるみたい」
妹はあっけらかんと言い放つ。
「ラウラさん、今日は実習の日だよ。授業に出席した扱いになってることを忘れないで。だから、勉強しないといけないの」
「えー、お兄ちゃんと遊ぶ日じゃないんだー?」
冒険者養成学校のカリキュラムの中で、先輩冒険者に弟子入りする制度がある。
いわゆる、インターンだ。日本では学生が企業で働く『職業体験』のことを指すが、それの冒険者版である。
本来なら、剣士志望のラウラが弟子入りするのは、剣士が望ましい。なのに、ラウラは、『職業支援士』のところで助手をしている。合理的な理由もないし、よく学校が許可したと思う。
「お兄ちゃん、勉強するから、少しだけ甘えてもいい?」
妹が上目遣いで言う。反則級にかわいい。
「少しだけだよ」
僕は観念した。柑橘系の香りが漂う、金色の髪を撫でる。
「えへへ。お兄ちゃん、温かくて気持ちいい❤」
僕も妹の温もりを感じていると、心が落ち着いてくる。
「話変わるけど、お兄ちゃん、エーヴァさんと話していて、なんか変だった」
「う、うん?」
つい、語尾が上がってしまう。
「以前のお兄ちゃん、家族以外の人と話すとき、適当に相づちを打ってたよね?」
「そ、そうかもね」
「わたしはお兄ちゃんが優しい人だって気づいてたけど」
「けど?」
「近所の子どもたちはお兄ちゃんのことを……陰気で憂鬱な子って言ってたの」
うん、知ってる。転生した僕は、周りの子どもと精神年齢が合わなかったし。それに、勇者パーティーに入るために、修行していて忙しかった。
「わたし、すっごく悔しくて、年上の子を木刀で殴って骨折させたことあるんだからぁ」
「うわっ、そこまで⁉」
ごめん、見知らぬ少年よ。僕が不甲斐ないばかりに。
「でも、さっきのお兄ちゃん。あんまりしゃべってなかったよね。なのに、陰気な雰囲気って全然なくって……話す量と性格の明るさって関係ないのかなって」
「そうだね」
「お兄ちゃんが変わったのって……ごめん……なんでもない」
ラウラは申し訳なさそうにうなだれる。
勇者パーティーでのことがあって、僕が変化した。そう気づいて、謝ったのだろう。
「ラウラ、気にしないで」
僕は妹の碧眼を見つめ、意識して自然な笑顔を作る。
妹と僕の信頼関係を深めることも大事なことだ。僕は決意する。
「もう割り切れているし。ラウラは助手なんだ、話しておくよ」
僕はラウラに語ることにした。新たなスキルに目覚めたときのことを。
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