第6話 人間関係でパーティ-をやめたいのですが……
「亡き母の写真を見ているとき、父は切なそうな顔をして言うんです。『平和って、いつ来るんだろうか?』って」
エーヴァさんが顔をしかめたのに合わせ、意図的に僕も同じような顔をする。『この人、あたしの気持ちをわかってくれる人なんだ』と安心してほしいから。
「世の中の人がモンスターの恐怖に怯えない世界になればいいと思います。そういう意味ではモンスターはいない方がいいと思います。けれど……」
「けれど?」
「モンスターだって生き物なんです。無益な殺生をするのはどうかなって。人に危害を与えなければモンスターも生きていてもいい……あっ、でも、それだと動物ですね」
エーヴァさんが口を手で押さえる。
凶暴で人を襲ったり、魔族に使役されたりする生物がモンスターだ。モンスター以外の生物を動物と呼んでいる。
「あなたは世界を平和にしたいんですね」
「そうなんですよー」
エーヴァさんはにっこりと微笑んだ。
平和を願う彼女が、少し前にモンスターを殲滅したいとまで言った。矛盾しているように思える。気にはなった。
が、今は彼女の発言を受け入れ、関係を構築する方が先だ。
「なのに、パーティーのメンバーはわかってくれないと?」
「はい。最近では、『平和』って言葉を口にしただけで、『平和? なにそれ、おいしいの?』って笑われるんです。あたし、悔しくて、悔しくて」
「悔しい?」
「そうなんです!」
エーヴァさんは我が意を得たりと言わんばかりに目を見開いた。
「弓使いの女性なんですけど、3歳上で、『これだから、夢見る乙女は~』って、あたしのことをバカにするんです」
僕が上半身を揺すって、全身で相づちを打つ。
すると、エーヴァさんは愚痴を吐いて、すっきりしたらしい。表情が柔らかくなった。
信頼関係の構築は十分にできたと思われる。第一ステップはクリア。そろそろ話を進めよう。
「平和をバカにされるのが悔しくて、パーティーを抜けたい?」
「はい、ですが……」
エーヴァさんの顔が曇った。
沈黙が数秒。僕は彼女の発言を待つ。
「あたし、冒険者になって、まだ3ヵ月ですし、レベルも低いです。まだパーティーを辞めるには早いかもしれませんね」
「まだ、早い?」
クライエントは不安を伝えてくる。
「灰魔術士は少ない
僕はエーヴァさんの話に黙って耳を傾ける。
「どっちつかずな灰魔術士が加入したことに、不満を抱くメンバーもいるんです。弓使いの女性とか露骨で、明るくて元気の良い人なんですけど、あたしにはキツくて」
「……誰か、エーヴァさんに味方してくれる人は?」
「リーダーは立場上、公平に接してくれます。行きすぎたときは、弓使いをたしなめますし」
うんうん、と僕はうなずく。
「けれど、最近になって様子が変わってきて……」
「様子が変わった?」
「数日前、ギルドの酒場に呼び出されたんです。リーダーに説教されました。『最近のエーヴァちゃんは平和ばかりだぞ。余計なことを考えずに、パーティーの役に立てるよう修行しろ』って」
エーヴァさんは深いため息を吐いて。
「さきほど、クエスト情報を見ようとしたら、受付さんが声をかけてきたんです。説教の噂を聞いたらしく、心配してくださって。ここを紹介してもらいました」
「……そうですか」
エーヴァさんの呼吸が落ち着くのを待ってから、僕は口を開く。
「パーティーで誰も理解してくれないから、パーティーをやめたいというわけですね」
「そうなんです」
人間関係に悩んで、職場を変えたくなった。そう彼女の訴えを理解する。
日本にいた頃、僕も会社を辞めたくて仕方がなかった。エーヴァさんの気持ちはよくわかる。
だが、僕はエーヴァさんでない。エーヴァさんがパーティーを抜けたい気持ちと、僕が会社を辞めたい気持ちが、完全に一致するとは思えない。
そもそも、世界もちがうし、年齢や性別、価値観も異なる。同じように感じろという方が無理だ。
『エーヴァさんと僕は同じ』と、エーヴァさんと僕が一緒だと思い込むのは危険すぎる。彼女が沈み込んだら、僕まで落ちるわけで。共倒れになり、クライエントは救われないだろう。
僕はエーヴァさんに寄り添いつつも、冷静に伝えた。
「エーヴァさんがどうしていけばいいか、僕と一緒に考えていきましょう」
「お願いします」
僕が励ますと、エーヴァさんは丁寧に頭を下げた。
「さきほど、
「ええ」
「転職回数が増えると悪い印象を持たれるケースが多いんですよ。以前ほど厳しくはありませんが」
「そ、そうなんですか?」
エーヴァさんは意外そうに目を見開く。
「ええ。極端な例ですが、毎月パーティーを辞める人がいたら、どう思います」
「ちょっと多いですね。他のメンバーと喧嘩とかする人なのかなと思っちゃいます」
「そうなんです。トラブル情報って、他のパーティーにも伝わりますし。下の酒場でも人の噂は良く聞きますので」
「誰も相手にしてくれなくなったら、怖いです」
エーヴァさんは両手で胸を抱く。豊かな双丘が強調される。僕はさりげなく視線を外した。
僕はナチュラルな笑顔を心がけて、言う。
「焦らずに。最適な答えを、僕と一緒に見つけていきましょう」
「よろしくお願いします」
エーヴァさんの表情を見ると、疲れているようだった。自分の状況や気持ちを伝えるのに神経を使ったのだろう。
今日は初回ということもあり、このくらいで終わりにしよう。
「今日はこれでおわりですが、なにかありましたら、いつでも来てくださいね。空いていれば、お話は聞きますので」
「でも、お忙しいんじゃ……」
「遠慮しないで。お兄ちゃん、いつも暇だから」
黙って書記をしていた妹がツッコミを入れる。クスクスとエーヴァさんが笑った。
部屋を出ていくエーヴァさんの銀髪は弾んでいた。
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