第5話 灰魔術士の悩み

「パーティーをやめたい?」

「ええ」

「なにがあったのですか?」

「あたし、灰魔術士をやっているのですが……」


 魔術士には大きく分けて2種類がある。黒魔術士は攻撃魔法特化であり、もうひとつの白魔術士は回復魔法を得意とする。


 多くの魔術士は、黒か白かに分類されるが、一部例外もある。

 それが、灰魔術士だ。


 灰魔術士は攻撃魔法と回復魔法を両方使える。黒と白が混ざった、灰色のような存在。そういう意味で、灰魔術士と呼ばれていた。


 なお、灰色といっても、黒に近いものもあれば、白寄りもある。灰魔術士も同じ。攻撃魔法と回復魔法、どちらが得意かは人それぞれである。


「どちらかといえば、あたしは回復寄りです」

「エーヴァさんは回復寄りの灰魔術士なんですね」

「ええ、適性検査で灰魔術士の適性があると言われたのですが……」

「ですが?」


 僕は意識的にエーヴァが使った語尾を繰り返す。相手の言語を追跡することで、発言を促す効果がある。


「回復魔法は順調に覚えるんですよ。先週、レベル10になったのですが、ヒーラーが使えるようになって」

「ほう」


 ヒットポイント《HP》。冒険者の体力値である。ダメージを受けると減少し、0になると死んでしまう。


 HPは魔法やアイテムで回復できる。回復魔法は、回復量が小さい順に、ヒール、ヒーラー、ヒーレである。ヒールは白魔術士か灰魔術士なら、誰でも使える。


 が、ヒーラーやヒーレを習得するには、それなりのレベルが必要だ。

 ヒーラーであれば、白魔術士でもレベル15。灰魔術士ならレベル20が標準的な速度だった。


 灰魔術士は黒と白を両方扱える分、専門職に比べて覚えるのが遅い。また、本当に高度な魔法は専門職にしか使えない。

 一人二役ができる分、苦労もジョブなのだ。


 エーヴァさん、灰魔術士として悩んでいるのかな。先入観を持たないよう注意しつつも、僕は彼女が訴えたいことを捉えようとアンテナを立てる。


「ヒーラーと同時に、ファイラーも覚えました」


 ファイラーは炎の魔法である。最弱のファイアは手のひらから炎の球を出す。次段階のファイラーは大型の熊をも呑み込むほどの大きさと威力になる。上級のファイレは炎の塊を空から降らす、破壊力の高い魔法だ。


 なお、魔法全体に共通していることだけれど、末尾が「ラー」が中級、「レ」が上級魔法である。


「レベル10でヒーラーとファイラーを同時に?」


 僕は驚かないように努めながらも、つい声がうわずってしまう。


 レベル10にしては習得速度が速すぎる。ヒューマとしては、尋常じゃない。


「こう見えても魔法の腕は買っていただいているんです。でも――」

「でも?」

「『おまえは俺が命じるままに魔法を使えばいい』と、リーダーに言われてしまって」


 エーヴァさんは肩を落とし、深いため息を吐く。


 ラウラが必死になって、僕たちの発言とエーヴァさんの様子を紙に書いている。

 僕はエーヴァさんの様子を気遣いながら、口を開いた。


「詳しく教えていただけますか?」


 すると、クライエントは目を輝かせ。


「あたし、世界を平和にしたいんです!」


 力強く答える。これまでのおしとやかな印象がガラリと変わった。


 僕は少しは意外さを感じつつも、ありのままのエーヴァさんを受け入れることに。


「世界を平和に?」

「ええ。モンスターがいなくなって、人々も争わなくなって、みんなが幸せになれる社会が来てほしい。そう思って、冒険者になったんです」


 僕は、うんうんと相づちを打つ。


「なのに、みんな、わかってくれなくて……『くだらないことを考えてる暇があるんだったら、レベルアップしろ』と怒られてばかり」

「あなたは世界を平和にしたいのに、仲間に理解してもらえず、落ち込んでいると?」

「ええ、そうなんです」


 エーヴァさんの僕を見る目が変わった。僕が彼女の感情を代弁したからかもしれない。『この人わかってくれた』と感じてくれたのなら、幸いだ。


「モンスターがいるから人々は他の都市に行けません。商人さんはお金を払って護衛を雇っています。日用品はアレッツォで自給自足できているからいいのですが……」

「ですが?」

「アクセサリーなんかは王国南部が栄えていて、そこから冒険者を雇って各地に運んでいるんです。なので、お金もかかって……。かわいいネックレスがあっても、買えない女の子がたくさんいて、かわいそうです」


 勇者パーティー時代、旅で出会った商人からも聞いた話だ。


「モンスターは乙女にとっても敵。世の中から消えてほしいです」


 エーヴァさんは唇を噛む。


 ふと僕は僕は違和感を覚えた。先入観は禁物だが、清楚で優しそうなエーヴァさんがそこまでモンスターを憎んでいるとは……。もう少し詳しく聞こう。


「どんなときに、そう思われるのですか?」

「うち、母がいなくて、父と二人で暮らしているんです」


 自己紹介のときにした話をエーヴァさんは繰り返した。


「父は強くて優しく、好きなのですが。ふたりだけで食事をしていると、ときどき寂しそうな顔をして」

「……」

「『モンスターや魔族との争いがなくなればいいのに』って、こぼすことがあるんです」

「争いがなくなればいいのに?」

「父は本当に切なそうな顔をして……あたしがなんとかしなきゃって」


 クライエントの焦りが伝わってくる。

 僕は相手の言葉をそのまま使って、発言を促すことにした。


「なんとかしなきゃ?」

「ええ。あたし、父に喜んでほしくて、モンスターをこの世から殲滅したくて、冒険者になったんです」


 だって。ここまで過激な言葉が飛び出すとは……。

 モンスターに対する憎悪も顔に出ている。清楚な雰囲気は消え、口元が歪んでいた。まるで、闇落ちした堕天使のよう。


 内心では驚きつつも、態度に出してはいけない。

 僕は自分が冷静になる意味でも、彼女の発言を要約してみた。


「エーヴァさん、あなたは寂しそうなお父さまのためにモンスターを殲滅したい。だから、冒険者になった。なのに、パーティーのメンバーはわかってくれない?」


 ところが。


「あれ? あたし、そんなこと言いましたっけ?」


 エーヴァさんは目を点にする。

 すっかり聖女の顔に戻っていた。

 どういうこと?

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