第4話 職業支援士という仕事(ジョブ)
「まずは、僕、ラファエロ・モンターレの自己紹介をしますね」
「……」
「1年ぐらいですが、最前線で冒険者をしていました」
あえて勇者パーティーだとは触れない。騙すようで申し訳ないが、変に意識されたら困るからだ。
「今は職業支援士というジョブに転職して、ギルドで間接業務をしています」
「職業支援士?」
やはり、認知されていないらしい。知名度が低いからな。
「冒険者さんの
「はあ」
「要は、冒険者さんのサポートをする仕事だとお考えください」
「具体的には、どんなことをしてくださるんですか?」
エーヴァさんが丁寧な口調で質問する。僕の説明に耳を傾けてくれて、話しやすい人だ。
「主に、2つの仕事があります」
「2つ?」
「ひとつは、
「ええ。他の
「そうです。僕は転職の間で、転職の儀式も行います」
冒険者には
冒険者は職業固有の能力を持っている。
騎士ならば剣技や自分を囮にする能力、黒魔術士は炎や氷などの属性魔法だ。
なお、同じ職業であっても、人によって覚えられる魔法は異なる。炎を得意とする魔術士は炎系の魔法を早く身に着けられるが、氷魔法には苦労することが多い。
同じ職業でも、人によって千差万別なのだ。
また、
たとえば、剣士が魔法を戦闘に組み入れるために、魔法剣士になるとか。
転職の儀式を執り行うのも、僕の仕事だ。新米なので、一度もやったことはないけれど。
「ただし、転職をしても、幸せになれるとは限りません」
「そうなんですか?」
「ええ。魔法剣士に転職した剣士が、あとになって自分は物理攻撃に特化したかったと思うケースも実際にありますので」
「……」
ジョブ・チェンジの話はこれぐらいでいいだろう。
「そして、もうひとつは、
2番目の仕事内容を告げると、エーヴァさんの眉がピクリと動いた。先入観を禁物だが、注意深く彼女を観察しないといけない。今の反応を記憶にとどめておこう。
「新しいパーティーを探した方がいいのか、今のところに残った方がいいのか。そんな悩みを抱えた方が、ご自分で決められるよう、お手伝いいたします」
エーヴァさんの瞳孔が大きくなる。興味を持っているようだ。
「新しいパーティーのご紹介などはしていただけるのですか?」
「直接パーティーを紹介するのはギルドの規則でできません。ですが、経歴書の書き方などは指導できますので、ご安心ください」
日本で言うところの転職活動である。会社がスキルや経験を見るのと同じように、冒険者もパーティーのメンバーの選定にあたってそれらを重視する。
少女は神妙な顔で僕の話を聞いていた。
少しでも場を和らげようと、僕は笑顔で言う。
「私への相談については無料ですので、ご安心ください」
「無料なんですか?」
「ええ。ギルドからお金はいただいていますので」
そう言うと、ラウラが微妙な顔をした。
ギルドからお給料が出ているとはいえ、歩合制だ。いちおうは拘束時間に応じた金額がもらえるが、生活できる最低限の金額である。けっして、余裕はない。
妹には苦労をかけて、悪いと思っている。エーヴァさんが来てくれて、追加の報酬がもらえる。あとでアイスでも買ってあげよう。
「なお、守秘義務があります。助手のラウラも含め、相談内容は外部に漏らしませんので、ご安心ください」
「あ、ありがとうございます」
「ただし、緊急性がある場合は、ギルド上層部や軍に連絡することがあります。ご了承ください」
「すいませんが、どんなときなんです?」
「滅多にありませんが……自暴自棄に陥った方も時々いらっしゃいますので」
「自暴自棄?」
「たとえば、大切な人を失った冒険者が、ご自分のレベルでは不可能なクエストを受けようとすることもあります。いわば、自殺願望ですね。危険な兆候が見受けられたときにはギルドに連絡します。クエストが受託できないように措置をとらせていただきます」
重たい話にエーヴァさんはうつむいてしまった。
「すいません、怖がらせてしまって。繰り返しますが、滅多にありませんので」
すらすらと言葉が出てくるが、実は自分で経験したわけではない。ギルドと契約して1ヶ月未満だし。専門的なことも勉強していない。
なんで堂々としていられるかというと。勇者パーティーを追放されたあとに、ちょっとした出来事があって、僕は職業支援士のスキルを会得していたからだ。
「ここまでの説明で疑問点はありますか?」
「いいえ、大丈夫です」
エーヴァさんは丁寧に答える。
「最後に、もうひとつ」
「……?」
「私は医者ではありませんので、治療行為はできません。メンタル等の病気が疑わしい場合は、ギルドが提携する医者を紹介しますが、よろしいですか?」
冒険者というと荒くて元気な人が多い印象があるが、うつ病になる人も一定数いる。生死をかけた戦いは精神に負担がかかる。
僕の役割は冒険者の仕事やプライベートを支援すること。専門外の治療行為をする権限を与えられていない。できないことをやっても、クライエントを不幸にする。絶対にしてはならないことだ。
あまり重い雰囲気になって、圧迫感を与えたくない。僕はさりげなく口角を上げる。
すると、エーヴァさんも安心したらしい。銀髪の少女は落ち着いた雰囲気で口を開く。
「わかりました」
「ありがとうございます。このまま、ご相談に入ってよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
無事に合意が取れた。これで契約成立である。
インフォームドコンセントがなければ、仕事を進めてはならない。これも重要なことである。
インフォームドコンセントといえば、日本にいた頃に病院で聞いた言葉でもある。医師が患者に病気のことや治療方針をわかりやすく説明し、患者の同意を取ることだ。
職業支援士の仕事にもインフォームドコンセントがある。
ところで、異世界なのに地球の言葉があるのは変。僕も以前は思っていた。が、牛乳やワイン、パンなども普通にある。今さら気にしても仕方がない。
「では、さっそく。本日はどのようなご用件で来られたのですか?」
「……パーティーをやめようか迷っているんです」
少女は切なげな顔で告げた。
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