第3話 初めてのお客様は清楚すぎる冒険者?

「ラファエロさん、わたし、幻でも見たんでしょうか?」


 妹が僕の膝から素早く降りたのを見届けたあと、受付嬢が首を傾げる。見なかったふりをしてくれるらしい。


 さすが、受付さん。荒くれ者の冒険者を相手にしているだけのことはある。20代前半という若さなのに、気配りは半端ない。


 苦笑いを浮かべていたら、受付嬢は後ろを振り返る。うなずいたあと、ニッコリと笑みを浮かべ。


「ラファエロさん。クライエントさんをご案内しました」

「は、はい⁉」


 思わず声がうわずってしまった。

 というのも、開業して3週間。初めてのお客様なのだ。興奮するのも無理はない。

 いけない、冷静にならないと。


 僕は胸に手を当て、居住まいを正す。

『クライエント』とは、僕に仕事を依頼したい冒険者のこと。つまりは、お客様である。


 クライエントを受け入れる心の準備を整えてから。


「どうぞ、お入りください」


 優しい声を心がけて言う。

 同時に、部屋の入り口に行き、口角を整え、自然な笑顔を作った。


 クライエントが入ってきて――。


 先入観は悪いのに、僕は驚いてしまった。

 冒険者とは思えない、清楚で華奢な少女だったから。


 腰まで伸びた白銀の髪。窓から射す光が、やや紫がかった銀髪に見せている。髪はまるで極上のシルク。ワインレッドの瞳は穏やかながらも、ある種の強さをも秘めているよう。


 種族はヒューマ。いわゆる、人間族のことだ。ヒューマのほかに、氷人族、猫人族、エルフなどの種族がトスケーネ王国に住んでいる。人数的にはヒューマが圧倒的に多く、その次が各種獣人である。


 初めてのお客様は、聖女のように清らかな雰囲気だった。

 僕が同年代らしき少女を観察していると。


「お兄ちゃん、おっぱい見てる」


 ラウラがささやいた。

 妹の発言がきっかけになり、目が引き寄せられてしまった。


 白いワンピースを持ち上げる豊かな膨らみが、綺麗な半円を描いている。芸術品レベルの造形美に息を呑む。


 ダメだろ、僕。視線に気づかれたら、信頼関係ラポールどころじゃないし。


 僕は目を軽く上げ、相手の鼻先を見る。目を直視すると、威圧感を与えることもある。かといって、目を背けるのも失礼だ。鼻先に視線を合わせるのが良いらしい。


「どうぞ、奥の椅子に腰かけていただけますか」


 僕が丁寧な口調で言うと、少女は会釈で応じる。


 少女は音を立てないように椅子を引き、綺麗な姿勢を保ったまま腰かけた。

 僕は彼女の動作を見届けてから、入り口の方を振り返って。


「例のものを持ってきてください」


 受付嬢に仕事を依頼したのだが。


「あの、エスプレッソとミネラルウォーターをお持ちしました」


 ウェイトレスがやってきた。ギルド1階の酒場で働いている少女だ。


「お好きな方をどうぞ」

「ありがとうございます。では、エスプレッソをいただきます」


 僕がクライエントの少女に勧めたら、彼女はコーヒーを選んだ。


 トスケーネ王国ではコーヒーの栽培が盛んである。そのせいか、王国の人々は古くからコーヒーを嗜んできた。特に、濃厚なエスプレッソが好まれている。


 ウェイトレスはコーヒーをテーブルに置いたあと、受付嬢と並んで部屋を出て行く。


 僕はクライエントの斜め前に座る。真正面はあえて避けた。

 人と人が向かいあうことは、心理的な対立を促しやすいからだ。これから、お客様と話すにあたり、対決姿勢でいるのは非常にまずい。


 助手のラウラもクライエントの真正面にならないよう、僕の左斜めにいる。つまり、部屋の入り口から、僕、ラウラ、クライエントの順に三角形になっていた。


「まずは、僕の自己紹介から。ラファエロ・モンターレと申します」


 銀髪の少女は緊張しているようだった。見た目は同世代なので、もう少し口調を柔らかくしてみよう。


「ところで、あなたのお名前は?」

「あっ、すいません。あたしったら」


 少女はバツが悪そうに銀色の髪に手を添える。僕は微笑を浮かべ、「いいえ」とフォローする。


「エーヴァです。エーヴァ・リリス。15歳。冒険者をしてます」

「エーヴァさん、15歳の冒険者ですね」


 僕は彼女の名前を呼んで、距離感を詰めようとするが、まだ少し硬い。

 そこで、雑談アイスブレイクを入れることにした。


「残暑が続いてますが、体調は大丈夫ですか?」

「ええ、あたしはなんとか。父が大工で、『暑くて仕事にならない』ってぼやいていますが」


 微笑を浮かべる彼女から、親を思う気持ちが伝わってくる。


「いま、すごい良い笑顔をしてますよ」

「ええ。父とふたりで暮らしているのですが、ご近所さんから仲良し親子と言われてるんです」


 ふたり暮らしということは、母親がいないらしい。

 エーヴァさんの顔に辛そうな様子はないどころか、自然な笑みを浮かべている。母親がいないことはトラウマじゃなさそうだな。


 緊張がほぐれたようなので、話を進めることにした。

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