第1部 灰魔術士は平和がお好き?
第1章 銀髪美少女な灰魔術士はパーティーを変えたいそうです
第2話 冒険者も働き方改革
「お兄ちゃん、勉強がんばったから、少しだけ休ませて」
妹が太陽のような笑みを浮かべて、僕の隣に腰かける。
4人で満席になるほどの小ぢんまりとした部屋。レンガの壁には絵画と時計がかけられていた。
オーク製のテーブルが落ち着いた雰囲気を醸し出している。テーブルの上には花瓶があり、百合の花が生けられていた。
部屋の入り口側に僕が座り、妹のラウラが僕の方に身を寄せてくる。イチゴの匂いが鼻孔をくすぐり、さらさらの金髪が頬を撫でた。
僕は恥ずかしくなり、慌てて口を開く。
「ラウラ、実習の日なのに、暇で悪いね」
「もう~皮肉で言ったんじゃなくって」
ラウラはため息をついたと思えば。
「なっ」
なんと僕の膝にお尻を乗せてくる。膝に女の子らしい弾力を感じる。と同時に、妹が鍛錬していることも伝わってきた。
「こうしたかったんだもん」
「恥ずかしいんだけど?」
「照れなくてもいいのに」
言えない。兄だと思っている少年が、本当は50すぎのおじさんだって。というか、僕って父親よりも年上なんだよね。
無理にどかすことはしたくないし。
かといって、妹を意識したら人として失格である。
ここは、現実逃避をしよう。
アレッツォにやってきて、1ヶ月が経とうとしている。
アレッツォはトスケーネ王国中部にある都市であり、冒険者の街として知られていた。
適度に強いモンスターが付近の森で大量発生している背景がある。モンスターが原因で交易に支障を来しているのだ。
商人が安全に移動できれば、都市はもっと栄えるはず。聡明な現領主は、そう考えた。
彼は正規の兵に加え、冒険者の育成にも力を入れ始める。
冒険者ギルドへの支援を積極的に行い、税金を投じてクエストの報酬を底上げする。
策は功を奏し、アレッツォは冒険者が集まるようになった。貿易が活発になり、都市は経済成長を遂げつつある。
また、冒険者への支援は報酬だけではない。領主は冒険者の働き方改革も行っている。
『働き方改革』といっても、ナーウィガーは21世紀の日本ではない。
冒険者の残業規制などは、さすがにない。むしろ、冒険者にもっと働いてほしいのが行政の本音だろう。しかし、冒険者が潰れたらモンスターに対抗できなくなる。困るのは行政や市民だ。
そのため、アレッツォでは冒険者を優遇する政策が採られていた。
たとえば、冒険者養成学校に無料で通えたり、公衆浴場やオペラ劇場で割引を受けられたり。いわゆる福利厚生が充実している。
ひとりでも多くの冒険者に働く意欲を高めてほしい。それが、冒険者ギルドの方針だ。
そして、僕も冒険者の『働く』をサポートするため、ギルドから仕事をもらっていた。
「お兄ちゃん、話聞いてるの?」
考えごとに集中して、妹の話を聞いていなかったようだ。
「ごめん」
素直に反省する。妹だからいいが、
けど、ちょっと言いたいこともある。いつまでも僕の膝を椅子にして、僕の心を動揺させるのは、勘弁してほしいかな。冒険者養成学校では優等生だというのだから、驚く。
それはさておき、休憩は終わりにしよう。
「ねえ、ラウラ」
「ん?」
「せっかくの実習なんだし。元冒険者の僕じゃなく――」
「ダメ、お兄ちゃんがいいんだから」
妹は頬を膨らませる。
こうなったら、梃子でも動かないのは、10数年の付き合いでわかっている。
たとえば、半年ほど前。パーティーを追放された僕は、いったん地元の町に帰ることに。数日後、再び旅に出ることを告げたところ、ラウラは僕と一緒に行くと言い出した。
もちろん、僕と両親が反対する。
が、今みたいにふくれっ面になり、ラウラは不眠不休で抗議した。
結局、かわいいラウラに根負けしたというわけ。
元々、冒険者志望であるラウラが安全に冒険者になれるよう、僕が面倒を見るという条件付きで。
ラウラは冒険者養成学校に通いながら、週に1回、僕の助手をしていた。
助手といっても、僕は職業支援士になったばかり。
職業支援士という職業が知られていないこともあり、暇なのだ。
「そんなことより。お兄ちゃん、頭を撫でて」
「ちょっ!」
とっさに叫んだが、妹の頼みは断れない。
本来はいけないことだと思いつつ、僕は妹の髪に手を伸ばす。
さらさらの金髪に触れたときだった。
――ギィッ。
木製のドアがすれる音がして。
「なにをやってるんですか?」
振り返ると、ギルドの受付嬢が苦笑いを浮かべていた。
あっ、ここギルドだったんだ……。人生終わった。
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