冒険者の転職を支援します!

白銀アクア

第0章 終わり

第1話 陰キャ氷河期の終焉

「どうして、こうなっちまった」


 思わずため息がこぼれた。

 『お疲れ様です』と、警備員が挨拶する声が背中の方から聞こえる。普段はうっとうしい音が、哀愁を漂わせていた。


 僕は耳に手を当て、雑居ビルを出る。

 秋の夕陽が、都心のアスファルトを照らす。地面は黒ずんだ朱に染まっていて、どこか物憂げそう。

 いや、憂鬱なのは僕の方か。


『けど、仕方ないじゃん!』


 叫び出したいのをこらえて、僕は空き缶を蹴る。前を歩いていた女性が振り返った。『おっさん、迷惑だから息をすんな』とでも言いたげな顔だ。


「どうして、こうなっちまった」


 転落人生を振り返る。


 僕は氷河期世代。有名大学を出た。なのに、新卒カードを有効に使えず、卒業式の1週間前まで就職先が決まっていなかった。


 どうにか社員数10名の零細企業に拾われる。が、当時のIT業界は超絶ブラック。心身をおかしくした。


 それでも、休職せずに働いた。自分なりに成果も上げた。年収は変わらない。増えるのは消費税と社会保険ばかり。


 エラい人が口にするのは、『氷河期が冴えないのは自己責任だ!』という現実を見ていない発言。


 恋をする精神的な余裕もなく、20年を必死に生きてきた。


 だというのに。

 長年の功績に対して、会社が僕にしたことは、リストラである。今日が最終出社日だった。


 次の仕事の目処もつかないまま、僕は夕暮れの街を歩く。

 数人の女子高生とすれちがう。僕の真横に来たとき、彼女たちはどっと笑った。僕が笑われているような気分になった。


 情けない。自分の境遇が。未来ある女子高生に不審の念を抱いてしまったことに。


 物思いにふけっていた僕は気づかなかった。

 乗用車が信号無視をしていたことに。


 数時間後、僕は42年の人生に幕を下ろした。


   ○


 自分の肉体を感じられず、なにも見えない世界。たとえるなら、宇宙空間をさまよっているよう。どうやら、僕は死んだらしい。


「どうして、こうなってしまった」

「落ち込むことはありません。すべての人に可能性があるのですから」


 心の中でぼやいていたら、誰かの声が聞こえた。温かくて落ち着いていて、冷え切っていた心が一瞬で軽くなる。


 本当に僕は死んだのか?


「はい、氷室ひむろまことさん。団塊世代が運転する車にはねられて、お亡くなりになりました」


 また声が聞こえたと思ったら、目の前が明るくなる。なぜか僕は10畳ほどの部屋にいた。ナチュラルウッドの壁、風景画、クラシック音楽。それらが、すさんだ心を癒やしてくれる。


 ここが本当に死後の世界だとしたら、僕は死んで救われたのかもしれない。


 ところで、謎の女の人、なんなんだろうな。

 首をひねっていたら。


「女神様はここにいまーす」


 突如、女性が現れた。20歳前後の金髪美人である。腰まで伸びた髪は糸のよう。顔の造形も完璧に整っていて、この世の人間とは思えない。


「だって、女神ですし」


 まるで僕の心を読んでいるみたいに答えが返ってくる。


「女神?」

「そうなんです。女神なので、崇めてください」

「……」

「陰キャだけにノリが悪いですねー。なら、こうしちゃいます❤️」


 女神様とやらは上半身を左右に揺する。白いドレスに包まれた膨らみが大きく弾んだ。

 デカい。死んでも男の欲望はあるらしい。つい目を引き寄せられてしまった。


「よし。気を惹くことに成功したわ」


 怒られると思ったのに、女神様は喜んでいた。

 とりあえず、苦笑を浮かべていたら。


「あなたは異世界に転生して、世界の危機を救うのです」


 不意打ちだった。


 でも、言われてみれば納得できる。

 車に轢かれて死んで。謎の空間に女神を名乗る、残念な美人がいて。


 Web小説で無数に読んだし。現実がクソすぎて、異世界に転生して無双する話が好きだった。


「ご想像のとおり、あなたにはナーウィガーという世界に行っていただきまーす」


 絶世の美少女に似合わない、軽い受け答えが気になる。が、腐っても年の功。今さら若い人の態度に文句は言うまい。


「わ、わたし、永遠の17歳ですよ。17歳を300年やってますので」


 本当に僕の心を読んでいるらしい。


「ナーウィガーは他の世界と同じく、人々は魔王に苦しめられていました」

「は、はい」


 だから、僕の力が必要ってこと?

 まさか死んでから世の中の役に立てるとは思わなかったよ。


「ですが、魔王は1年前に倒されてしまいました」


 ――ズルッ。


「倒されたのか!」


 思わず叫んでしまった。


「なら、僕が行かなくても……」

「ノンノン。魔王はモンスターを統制していたんですよね。魔王や魔族の指揮のもと、モンスターは計画的に人間を襲っていたんです。けど、魔王が倒されて、魔族も減り、指令が出なくなったんですよね。モンスターは勝手放題に暴れてちゃって。むしろ、魔王がいた方がよかったといいますか」

「……」

「今は混沌としている状況で、冒険者の力が必要なわけでして」


 金髪美人さん、前髪をいじりながら、僕をチラチラ見る。


「でも、僕なんかで?」

「さすが、日本人。察しが良くて、助かります」

「でも、本当に僕なんかで?」


 人生を振り返ってみて、悲惨な記憶しかない。


 子どもの頃はガチでいじめられたし、氷河期である。独身どころか、彼女いない歴も40余年。休日は引きこもり、会社はリストラされ、死んだ。


 ううぅっ。僕の人生、ミジンコ並みじゃん。あっ、ミジンコ差別か。


「超絶に暗いっすね~。自己否定がマジでハンパないし。ミジンコ差別ってプークスクス」


 ついには女神様にまで笑われる始末。


「でも、そんな誠さんでも、ナーウィガーでなら勇者パーティーに入れますよ」

「勇者パーティー?」

「ええ。勇者パーティーが結成されることになりまして。十数年後の話ですが……」

「十数年後?」


 軽く驚いたが、次の瞬間には展開が読めていた。


「赤ちゃん転生ってこと?」

「察してくれて助かります。適当なときになったら、誠さんは勇者パーティーに入ります。そこで、スキルを発揮してください。それが、あなたの使命です」

「わ、わかりました。自信ないですけど」


 断ったところで、どうにかなるわけじゃないし。受け入れることにした。とりあえず、生きていければいい。氷河期を生きてきた人間なりの結論である。


「ところで、スキルとは?」

「詳しい説明は省きますが、冒険者に与えられた特殊能力って理解してください」


 女神様は微笑を浮かべる。美女の笑みはサマになるはずなのに、性格のせいか腹黒さを感じてしまう。


「誠さん、あなたには2つの特別なスキルがあります」

「2つ?」

「ええ。日本人から異世界に転生する人は特別ですからね。ログインボーナスがないと、他の世界に行かれてしまいますし。異世界転生市場も市場規模が大きくなったのはいいのですが、もはや成熟市場。普通に努力しただけでは、ノルマが達成できなくて……マジで上司は氏ね。ビールをぶっかけるぞ!」


 いつの間にか愚痴になっている。女神の仕事も大変なんだな。軽く同情する。この人はダメな女神だけど。


「ところで、僕のスキルはどんなものなんですか?」

「せっかくなので、教えません」

「はっ?」

「そのときが来てからのお楽しみということで」

「……」


 女神はさわやかな笑みを浮かべる。なに、この人?


「でも、かわいそうなので、ヒントを少し?」


 いちおう、頭を下げたところ。

 女神は急に真面目な顔になり。


「絶望が希望を生み出す。力が失われし時、そなたは本来の己に目覚めるであろう」


 威厳に満ち、かつ、僕を励ますように言う。本物の女神のようだった。


「ちょっとぉっ! 本物の女神って失礼じゃない」


 かっこよかったのは、一瞬だけだった。


「まあ、いいわ。そろそろ時間だし」

「時間?」

「いってらっしゃーい。世界を救ってね(微笑)」


 視界がぼやけてきて、女神様の輪郭がにじんできた。最後の意味深な笑みが妙に心に残った。


   ○


 女神様に言われたとおり、僕は赤ちゃんから人生をやり直した。

 氷室誠ではなく、ラファエロ・モンターレとして生きる日々。優しい両親と、人懐っこい妹に恵まれ、幸せだった。素性を話せなくて、申し訳なかったけれど。


 そして、14年後。僕は勇者パーティーに入って。

 その1年後、勇者パーティーをされた。

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