第227話サブヒロインは、ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインのために頑張るのである。2

 美月を抱きしめる政宗という構図の写真の張られた掲示板を凝視して、呆然と立ち尽くしていたゆるふわ宏美は、ハッとなり、すぐに焦りだすのである。


もちろん、この写真が本物とは思ってないゆるふわ宏美は、ゴシップ的なことで焦っているのではなく、朝から様子のおかしい美月が、この写真を見たら大変なことになると焦っているのである。


(い、今の~、美月さんがこんなものを見たら~……ど、どうなってしまうか~!! な、なんとか誤魔化さないといけません~!!)

「おい……細田!! 掲示板に何があるんだよ?」

「ななななな……何もないですよ~!!」


 浩二も、やはり気になったのであろう。ゆるふわ宏美の後を追いかけてきて、慌てるゆるふわ宏美の背後から話しかける。焦ったゆるふわ宏美は、掲示板の写真を小さい身体で隠そうとジャンプするのである。


「って!? なんじゃごりゃーーーー!!!」


 もちろん、ゆるふわ宏美の小さな身体で隠せる訳もなく、あっさり見られてしまい、大声で驚く浩二なのであった。


「おおおおおお、落ち着いてください~!!」

「こ、これ……マジか!? 美月ちゃんと政宗がだきあ……っ!!」

「そ、そんな訳ないじゃないですか~!! こ、これ~、間違いなく合成写真ですよ~!! そもそも、あの時、美月さんは~……覇道さんを突き飛ばしたはずですし~」


 この写真の背景と体操服姿から、例の中庭での美月と政宗の口論の際に撮られたものだと察したゆるふわ宏美は、一部始終を見ていた為、これが盗撮され加工された写真という事を理解できたのである。


「そ、そうなのか!! 細田が言うなら……そうなんだろうぜ……でも、こ、これどうすんだ!?」

「そ、そうでした~!! 美月さんにバレたら~……た、大変なことになりますよ~!!」


 慌てるゆるふわ宏美と浩二は、とりあえず、美月にはバレないようにしようと、この件を収束させようと動こうとしたが、一足遅かったのである。


「……なに……これ?」


 背後から聞こえる美月の声に、心臓バクバク、冷や汗ダラダラなゆるふわ宏美と浩二は、ゆっくりと後ろを振る向くと、いつの間にか、生徒達が左右に別れ、美月のために道を作っており、掲示板の写真を凝視している美月の姿が目に映るのであった。


「み、美月さん!? い、いつの間に~!? こ、これは~……な、何かの間違いですよ~!!」

「そ、そうだぜ!! あ、悪質ないたずらだぜ!! すぐに僕と細田が解決するぜ!!」


 目を見開き、瞬きひとつせずに、ジッと掲示板に張られた写真を見続ける美月に、焦るゆるふわ宏美と浩二なのである。


「……な、何で……どうして……あ……い、郁人に見られたら……ど、どうしよう」

「み、美月さん!! だ、大丈夫ですよ~!! わたしぃ達に任せてください~!!」


 ハッとなり、慌て始める美月に、すぐに駆け寄りフォローに入るゆるふわ宏美は、すぐに浩二に写真を回収するように指示を出す。そして、浩二はすぐさまに写真を回収し、ざわつく周囲の生徒達を持ち前の強面な顔つきで威圧する。


「だ、大丈夫ですよ~……こ、これは合成写真ですからね~。安心してください~」

「……それは……知ってるよ……私自身のことだもん……それより、郁人に!! 私は郁人に知られたくないの!!」

「だ、大丈夫ですよ~!! わ、わたしぃ達に任せてください~!! 絶対に郁人様には知られないようにしますから~!!」


 ゆるふわ宏美は、美月の慌てようから、郁人に誤解されるのが嫌なんだろうと考え、すぐに浩二に、周囲の生徒達に口止めするようにお願いする。


 そして、任せろとヤクザよろしくな威圧感と声色で、周囲にこれ以上噂を広めるなと釘を刺すのである。


「クソ!! しかし……誰だ!! こんなイタズラした奴は!! 見つけたらただじゃ済まさねーぜ!!」

「美月さん……大丈夫ですからね~。わたしぃが必ず犯人を見つけてみせますから~、気にしてはダメですよ~」

「……別に……写真の事はどうでも……いいの……気にしてないよ……ただ、郁人には……郁人だけには……知られたくないの」


 美月は、合成写真の犯人の事よりも、郁人に知られたくないと慌てふためく、その様子にゆるふわ宏美も浩二も、こんなことをした犯人に怒りが込み上げる。


「そうですよね~……こ、こんな写真見られたくないですよね~……というか~、郁人様が知ったら~……ぜ、絶対怒りますよ~……は、犯人……こ、殺されるんじゃないですか~!? 考えただけでも~……恐ろしいですよ~」

「……そう……言う……ことじゃないんだよ……」

「……美月さん?」


 郁人が知ったら、きっと犯人は血祭りにあげられると恐れるゆるふわ宏美だが、美月は同意しない。そんな美月の様子に疑問を感じるゆるふわ宏美なのである。


「美月さん……それってどういう意味ですか~?」

「……と、とにかく……郁人に知られたくないの……ただ、それだけだよ」


 美月の言葉に疑問を感じたゆるふわ宏美の問いに、何かを誤魔化すようにそう言う美月をさらに追及しようと言葉を口にしようとするゆるふわ宏美を遮る浩二なのである。


「まぁ、こんな写真……合成写真だろうと見られたくはないって気持ちは当然だぜ……今、僕達にできることは……この場をいかに収めるかだぜ」

「……そうですね~……とりあえず~……何とかしないといけませんね~」


 浩二の発言に同意し、ゆるふわ宏美は考えるのである。幸い朝早い時間で登校してきた人は多くはないだろうと考え、この場の人達に口止めすれば、これ以上は、噂は広まらないだろうと考え、とにかく美月の希望に沿うように、郁人に知られないために行動することにしたのである。


 まだ、郁人に知られたらどうしようと不安そうな美月の方をチラリと見て、心を痛めながら、ゆるふわ宏美は素早く浩二に指示を出し、事態の収束に当たるのであった。








 なんとか事態を収束させ、掲示板前の生徒達を解散させ、不安そうな美月と苛立つ浩二と共に、7組教室まで移動するゆるふわ宏美は、例の合成写真を浩二から受け取り、精神的に不安定な美月と、怒りを露にする浩二が心配になるものの、二人とは7組教室前で別れ、自分のクラスに向かうゆるふわ宏美なのであった。


 ゆるふわ宏美は、口止めはしたものの、どこまで効果があるかはわからず、朝の件が郁人の耳に入らないようにしなければと、緊張と決意の面持ちで1組教室に入り、自分の席に座り、登校してくる郁人を待つのであった。


 しばらくして、廊下から女子生徒達の歓声が聞こえてきて、騒がしくなってきたことに気がつくゆるふわ宏美は、郁人が教室に近づいてきていることを察し、緊張の面持ちで、スッと立ち上がり、郁人を迎える準備をするのである。


「郁人様……おはようございます~……って~、皆さんボロボロじゃないですが~……いったい……な、何かあったんですか~?」

「ゆるふわか……俺は疲れたから、他の誰かに構ってもらってくれ」

「……はい~……って~!? わたしぃは郁人様のペットじゃないんですよ~!! なんですか~!? その扱いは~!!」


 緊張と不安を、いつものゆるふわ笑顔で隠して、1組教室に入って来た郁人と郁人様ファンクラブ親衛隊の三人娘を出迎えるゆるふわ宏美に対して、何故かボロボロでやつれた表情の郁人は、ゆるふわ宏美を一瞥し、雑な発言をしながら、ゆるふわ宏美の横を通り過ぎて、自分の席に向かう。


 もちろん、そんな雑な扱いを受けたゆるふわ宏美は、大声で抗議の声をあげるのである。そんな、大音量のゆるふわボイスを耳に受けた郁人は耳を押さえながら、呆れた表情で席に座るのであった。


「なんなんですか~? 皆さんも~……どうして~、そんなにボロボロなんですか~?」


 ゆるふわ宏美は、机にうつ伏せになった郁人を見ながら、そう言うと同じくボロボロになっている郁人様親衛隊三人組にそう訊ねるのであった。


「会長……予想していたことですが……本日、郁人様目当てに女子生徒達が予想以上に多くて、とくにファンクラブに未加入の上級生なども多く……ふ、不甲斐ないことに……私達だけでは対処が難しく……郁人様の手を煩わせてしまいました」

「尊い郁人様に対し……負担を強いるなど……一生の不覚でしたわ!!」

「……一生郁人様推しの私の言うことが聞けないなんて……排除しますか? 会長?」


 不甲斐ないと自分を責める二人と、物騒なことを言う一人の話から、なるほどですね~、と全てを察するゆるふわ宏美は、ゆるふわ笑顔を浮かべるのである。


 そして、詳しい状況を説明してくれる親衛隊三人娘の話はこうである。時間は少し前のことである。郁人が普段通り、遅れて登校してきて、いつも通り親衛隊三人組と合流し、女子生徒達に囲まれる。


 ここまでは普段通りだったのだが、問題はその人数で、普段の三倍近い人数の女子生徒が朝早くから、郁人に会うために待っていたのであった。さすがにこの人数を郁人様親衛隊三人組だけで捌くのは難しく、また、ファンクラブには未加入の生徒も参加しており、ルールを理解してないのか、大変な事態になったようである。


「郁人様へのプレゼントなどは、受け付けておりません!! 郁人様との個人的な会話は控えてください!!」

「ちょっと、そこのあなた!! 郁人様に触れてはいけませんわ!! 郁人様との距離を保ちつつ、朝のご挨拶をするのがルールですのよ!!」

「郁人様から離れて……殺しますよ? 本気で、言うこと聞かないと殺しますよ!! 死にたいのですか!? ちょ……本当に……ころ……」


 登校してきた郁人に押し寄せる女子生徒達を、なんとか防ごうとする郁人様ファンクラブ親衛隊の三人娘だが、あまりの人数に収拾がつけられない。


「な、何がどうなってるんだ? と、とりあえず……に、逃げるしかないか」


 もはや、暴動が起きそうな勢いに、このままだとマズイと思った郁人は、撤退を始める。親衛隊三人組も、郁人の判断を察し、逃げ道を確保し、逃げることにしたのである。もちろん、女子生徒達が郁人を逃がすはずもなく、追いかけてくるのである。


「ここは私達が!!」

「尊い郁人様の犠牲になれるのなら……本望ですわ!!」

「一生郁人様推しの私の人生……郁人様の為なら……ここで終わってもいい!!」


 流石にこの人数から全力で逃げると怪我人が出ると判断し、なんとか女子生徒達を押さえるために立ち止まる郁人様親衛隊三人娘だが、すぐに、女子生徒達の波に攫われるのであった。


「おい!! 大丈夫か!? く……ッ!! こうなったら、仕方ない……何とかしてこの場を鎮めるしかないな」


 流石の郁人ももみくちゃにされる三人を置いて逃げるのは忍びないと思い、ここに残る事を決め、意を決し女子生徒達の群れに戻るのであった。そして、なんとか郁人が必死に説得し、女子生徒達を解散させたのであった。


「郁人様に救っていただき……もう……死んでもいい」

「尊い郁人様の勇姿……一生忘れませんわ」

「一生郁人様推しの私は……郁人様に一生ついて行くと誓いました!!」


 そう朝の出来事を熱く語る郁人様親衛隊の三人組の話を聞いて、それで普段より登校時間が遅くなったのかと納得し、結果的に朝の合成写真事件の対応時に郁人と鉢合わせなくてよかったと思うゆるふわ宏美なのであった。


「な、なるほどですね~……そ、それは~、大変でしたね~」


 チラリと郁人の方を見るゆるふわ宏美は、机に上半身を預け、疲れ果てている郁人を見て、ゆるふわ苦笑いを浮かべるのである。


「では~、何か対策を立てないといけませんね~……郁人様ファンクラブ未加入の方には加入していただき~、勧誘、手続きなど~……大忙しですね~」


 ゆるふわ笑顔を浮かべながら、人差し指を口元に当てて、そう考えこみながら、対策内容を呟くゆるふわ宏美に、頷く郁人様親衛隊三人組なのである。そして、疲れた様子で郁人様親衛隊の三人組もそれぞれの席に向かうのであった。


 そんな、三人組を見送った後に、自分の席の机で疲れ果てている郁人のもとに向かうゆるふわ宏美なのであった。


「郁人様……お疲れさまでした~」

「……ゆるふわ……さっきも言ったが……他の誰かに相手してもらってくれ……俺はもう疲れたんだ」

「それは~……申し訳ございません~」


 ゆるふわ宏美は、郁人にゆるふわニコニコ笑顔で再度挨拶すると、やはり雑に返事を返されるものの、先ほどとは打って変わって、ゆるふわ笑顔を崩さないのであった。


(……別に構って欲しくて郁人様の所に来たわけじゃないんですからね~!! まぁ~、でも~、郁人様は~、お疲れの様子ですね~……これなら~、朝の件が郁人様の耳に入る事もないですね~)


 疲れ果てた郁人を、ゆるふわ笑顔で見ながら、心の底から安堵するゆるふわ宏美だが、その考えはフラグが立つというやつである。


「まさか……美月ちゃんと覇道が付き合ってたなんて!! 覇道の奴!! 許せねぇ!!」

「ああ!! 後で、覇道を粛清しねーとだぜ!!」

「…………………………………………………………………………っっ!!!!!!!!!」


 男子生徒二人が、教室に入ってきながら、今一番話題に出してほしくない話を、大声でしていたのである。ゆるふわ宏美は一瞬思考停止に陥り、時が止まったような感覚に襲われた後、めちゃくちゃ、ゆるふわ笑顔のまま、冷や汗ダラダラになる。


 机に突っ伏す郁人を、ゆるふわ笑顔のまま、確認するゆるふわ宏美は、心臓バクバクなのである。しかし、動きがない郁人に安堵し胸を撫で下ろすゆるふわ宏美だったのだが、むくりと郁人が机から顔を上げるのである。


 ビクッと身体が震えるゆるふわ宏美は、心臓が喉から飛び出そうなほど驚くが、なんとかゆるふわ笑顔を保つのである。


「…………い、郁人様……ど、どうしましたか~? ま、まだ、朝のホームルームまで時間がありますから~……寝ていても大丈夫ですよ~……わ、わたしぃが先生が着たら~、起こしますからね~」


 誤魔化そうと必死なゆるふわ宏美は、そう捲し立てると郁人に再度机に突っ伏して休むように促すのである。


「……なぁ……今、誰か美月がどうのって話を……」

「な、何のことですか~? 誰も美月さんの話なんてしてないですよ~……ほほほほ、ほら~、郁人様!! お疲れなんですから~!! 休んでくださいよ~!! わたしぃが護衛しますから~!!」


 疑惑の表情で、不機嫌そうにぼそりと確信に触れようとする郁人の気を逸らそうと、必死なゆるふわ宏美なのである。


「……気のせいか……ていうか、ゆるふわ……急に優しいな……何か俺に隠し事してないか?」

「………………………してないですよ~」


 さぁ~、さぁ~っと郁人の肩を、にこやかなゆるふわ笑みを浮かべながら、両手で押して机に寝かしつけようとするゆるふわ宏美に、疑惑の表情を浮かべ疑問をぶつける郁人に対して、かなりの間を開けた後に、棒読み発言で誤魔化すゆるふわ宏美なのであった。


「……まぁ、いいか……」

「……はい~、おやすみなさ~い~」


 疲れと面倒くささから、郁人は再度机に突っ伏して休みだすのである。必死に心の動揺をゆるふわ笑顔で隠して、ホッと一安心するゆるふわ宏美なのである。


「夜桜さんと覇道君って実は付き合ってたらしいね」

「あ、それ私も聞いた……まぁ、幼馴染らしいし、いつも一緒に居るし、だよね~って感じだけど」


 男子生徒二人の会話がきっかけで、クラスメイト達が一斉に例の噂の話を始めるのである。もちろん、ゆるふわ宏美も浩二も、その場にいた生徒には口止めをお願いしたものの、人の口には戸は立てられないというように、噂を止めることは不可能なのであった


 冷や汗ダラダラで、机に突っ伏す郁人の隣で立ち尽くすゆるふわ宏美は、ニコニコゆるふわ笑顔で、内心超焦り始めるのである。そして、クラスメイト達に、黙るように視線で圧を送り始めるが、全く効果がないのであった。


「……美月が……なんだって?」

「ななな、なんでもないですよ~!!! 郁人様はお疲れなんですよ~!!」

「でも、今クラスの連中……美月と覇道がどうとか……話してなかったか?」

「げ、幻聴ですよ~!! さ、さぁ、休んでくださいね~!! あ!! わたしぃが子守唄歌って差し上げますから~!!」

「……いや、いらないんだが……ていうか……ゆるふわ、やっぱり俺に何か隠し事してないか?」

「………………………してないですよ~」


 不機嫌そうな表情で起き上がる郁人にビクッとなるゆるふわ宏美は、感づきかける郁人から必死に気を逸らそうとし、そんな、挙動不審なゆるふわ宏美に対して、郁人は疑惑を強めるのである。


 ジッと郁人に睨まれて、長い沈黙の後に、視線に耐えられなくなったゆるふわ宏美はサッと視線を逸らして、棒読みで嘘をつく。


「美月ちゃん……彼氏居たのかよ!! これ僕らに対する裏切りだろ!!」

「ああ、許せねーよ!! 俺、ファンクラブやめるぜ!!」

「つっても、ファンクラブ解散じゃね? 覇道の奴負けたわけだし」

「……………………………………さぁ、郁人様……ねんねんころ~り~よ~ですよ~」


 男子生徒の会話が起きている郁人にバッチリ聞こえた後に、冷や汗ダラダラ流しながら長い沈黙を終え、下手くそな子守唄をゆるふわ笑顔で歌って誤魔化そうとするゆるふわ宏美なのであった。


 そんな、挙動不審のゆるふわ宏美を無視して、不機嫌そうにガタっと立ち上がる郁人に、めちゃ焦るゆるふわ宏美なのである。そして、先ほど美月と政宗の噂話をしていた男子グループのもとに向かおうとする郁人に、マズイと焦るゆるふわ宏美は、郁人の制服を掴んで引き止めるのである。


「ど、どこに行くんですか~!? い、郁人様はお疲れなんですから~、休んでいてくださいよ~!! ほら~、わたしぃの子守唄を…」

「いや、ゆるふわの下手くその子守唄のせいで目が覚めた……とりあえず、服を引っ張るな……伸びるだろ」


 必死に引き止めるゆるふわ宏美がまた、下手くそな子守唄を歌おうとするため、滅茶苦茶嫌そうな表情の郁人は、とりあえず制服から手を放してほしいのであった。もちろん、下手くそと言われたゆるふわ宏美は、怒りのゆるふわ笑顔を浮かべるのである。


「……放しませんよ~!! お疲れの郁人様に休んでもらうのも~、郁人様ファンクラブ会長兼マネージャーのわたしぃの役目ですからね~!!」

「……ゆるふわ……お前…やっぱり、何か俺に隠してるだろ?」

「……………………………………………な、何も隠してないですよ~」

「なら、その手を放せ、俺は少し用事がある」

「だ、ダメですよ~!! どこに行く気ですか~!! 郁人様!! ほら~、座ってください~!! 寝ててください~!!」


 郁人は、無理やり着席させられ、机に寝かしつけられる。やれやれと言った感じで大人しくゆるふわ宏美の言う通りにする郁人なのであった。ふぅっと額の冷や汗を右手の袖で拭いホッとするゆるふわ宏美は、一仕事終えたとやり切った表情を浮かべるのである。


「で……何を隠しているんだ? ゆるふわ?」

「…………………………な、何も隠してないですよ~」

「……そうか……で? 俺に何を隠しているんだ?」

「それはですね~、朝…………………………な、なに言ってるんですか~? わ、わたしぃが郁人様に隠し事するわけないじゃないですか~……何も隠してないですよ~」


 疑惑の表情の郁人は、机の上で頬杖をついて、ゆるふわ宏美を罠にかける発言をすると、まんまと引っかかったゆるふわ宏美は、冷や汗ダラダラのごまかしのゆるふわ笑みを浮かべ、棒読みで誤魔化しにかかる。


「……」

「…………」

「………………」

「……………………す、すみませんでした~!!」


 郁人の鋭い瞳が、ゆるふわ宏美をジッと見つめ、無言の追及がゆるふわ宏美を襲う。必死に鋭い視線から逃れるように瞳を彷徨わせ、目を合わせないようにするゆるふわ宏美だが、最後には心が折れてしまうのであった。


「でも~、仕方ないんです~!! これは内緒なんです~!! 郁人様には秘密なんですよ~!! 世の中には知らないことの方が良いこともあるんですよ~!!」

「なんだ……それ……とりあえず……あ、悪い……山本、例の噂の事なんだが」

「!!!!!!!!!!!!!!!!」


 もはや、ヤケクソなゆるふわ宏美は、早口で訳の分からない言い訳を叫んで、必死に誤魔化そうとし、そんな、ゆるふわ宏美に呆れ果てる郁人は、今しがた教室に入って来たリレーのメンバーだったサッカー部の山本と野球部の佐城を見つけ、席を立ちあがり話しかけに行くのである。


(しまったのです~!! コミュ障でぼっちの郁人様に気軽に話しかけれる人物がいたなんて~!! ど、どどどどうしましょう~!!)


 郁人が思いもよらない行動に出て、焦りまくるゆるふわ宏美は、心の中で物凄く郁人に対して失礼なことを考えながら、サッカー部の山本に対して、言うんじゃないですよ~!!というゆるふわ圧を放つのである。


「なんだ? 朝宮……知らねーのか? 実は美月ちゃん……覇道と付き合ってたらしいぜ」

「ああ……それな……もうその噂で校内は持ちっきりだぜ」

「……な、なに? そ、そんな噂が?」

「ていうか……朝宮お前なんで体育祭の打ち上げ来なかったんだよ? 一番の功労者が来ないとか意味わからんぜ!!」

「そうそう……って、おい……朝宮? なんだアイツ?」


 サッカー部の山本と野球部の佐城から話を聞いて、放心状態になる郁人は、フラフラと自分の席に戻る。そんな郁人に疑問顔と不満顔な二人なのであった。


「ななななな、何てことしてくれたんですか~!!」


 もちろん、ゆるふわ宏美は物凄くサッカー部の山本と野球部の佐城に怒るのであるが、理不尽極まりないと困惑する二人をキッと睨むと、とりあえず、写真の件だけでも内緒にしなければと考えたゆるふわ宏美は、自分の席に座り呆然としている郁人のもとに向かうのである。


「……ないな……それはない……大丈夫……ただの噂だ……噂……なんの問題もない」


 何やら、ぶつぶつと独り言を呟く郁人に、引きつったゆるふわ笑みを浮かべるゆるふわ宏美なのである。


「そ、そうですよ~!! ただの噂ですよ~!! 大丈夫ですよ~!!」

「そ、そうだな……大丈夫だ。何も問題ない……全く……ゆるふわもくだらないことを秘密にしようとするな」

「す、すみません~」

「こんなくだらない噂話で俺がどうにかなるとでも思ったのか? 心外だ……こんな噂なんか気にもしない」


 無表情で、右手を掲げ、そう平然と言い張る郁人に、内心でホッと胸を撫で下ろすゆるふわ宏美だったが、冷静に郁人を観察すると違和感がある。


「あ、あの……でも~、郁人様……物凄く~、足震えてますが~? だ、大丈夫ですか~?」

「……何を言っている? そんなことはないぞ」


 物凄く貧乏ゆすりしている郁人に、疑問をぶつけるゆるふわ宏美なのである。郁人の精神面までおかしくなられても困るゆるふわ宏美は、郁人の内心を探ろうとする。


「い、いえ~……その~……す、すごく動揺してませんか~?」

「動揺……だと!? こんなことで俺が動揺するわけないだろ……俺は美月を信じているからな」


 表情は無表情でいつも通りの郁人が、強めの口調で否定する。ジッと疑惑の表情のゆるふわ宏美は信じないのである。


「いえ~……でも、凄い汗かいてますよ~?」

「いやいや……気のせいだ」


 物凄く、額から汗を流す郁人に、めちゃツッコムゆるふわ宏美だが、郁人はすぐさま否定する。


「……で? なんで……そんな噂話が広まっているんだ?」

「…………………………………さぁ~? な、何ででしょうね~? ふ、不思議ですね~」

「ゆるふわ……お前……誤魔化すの下手か?」


 一旦落ち着こうと深呼吸し、両手を組んで口元を隠す郁人は、色々知ってそうなゆるふわ宏美に問いを投げかけると、今度はゆるふわ宏美がビックと身体を震わせると、物凄く長い沈黙の後、冷や汗ダラダラで困ったゆるふわ笑みを浮かべ、視線を逸らし、知らないふりをする。


 もはや、全て知っていますという態度に、呆れ果てる郁人なのであった。冷や汗ダラダラで震えるゆるふわ宏美を睨みつける郁人に、すぐに降参するゆるふわ宏美なのであった。


「……そうか……そんな写真が……」

「あ……はい~……そ、それで~……そ、そんな噂が~」

「……なるほど……まぁ、この件は……放っておけ」

「……え?」


 結局、美月との約束は守れず、全てを郁人に打ち明けたゆるふわ宏美なのである。黙って話を聞いていた郁人は、口元に人差し指を当て、ぼそりと独り言を零すと、先ほどとは打って変わって冷静になっており、ゆるふわ宏美にそう言い放つのであった。


「で、でも~……美月さんが~」

「美月が? そんなに慌てていたのか? なんで今更……いや……まぁ、美月の事は俺に任せてくれ……とにかく、この件はもう終わりだ……犯人も捜さなくていい」


 郁人の態度の急変に疑問を感じるゆるふわ宏美なのである。もちろん、この件はきっちり犯人を捜すべきと思っているゆるふわ宏美は納得いかないのである。


「な、何でですか~!? また、こんなことされても困りますよ~!!」

「ただのイタズラだろ……放っておけ……そんなくだらない犯人捜しより先に……ゆるふわにはやってもらいたいことがあるからな」


 納得のいかない郁人に詰め寄り理由を尋ねるゆるふわ宏美を、一蹴した後、逆にゆるふわ宏美の両肩を両手で掴み、ジッと真剣な表情でゆるふわ宏美のゆるふわ顔を凝視して、頼みごとをする郁人なのである。


「え? え? な、何ですか~? そんな改まって~!?」

「お前……アイドルやれ」

「……え? ええええええええええええ~!?」


 郁人の突然のお願いという命令口調な発言に、驚きのゆるふわ声が教室に響き渡るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る