第224話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲの主人公に勝ちたいのです。その70

「えっ!? あ、あの人……郁人の所に行ったの!? な、何しに行ったのよ!?」


 郁人お手製お弁当を食べて、やる気ゲージが上昇して、少し機嫌が良さそうな表情の美月は、お弁当箱を置きに、自分の教室に戻ってきたのである。


 そんな美月に気がついた浩二が複雑そうな表情で、頭を掻きながら近づいてきて、政宗が郁人の所に行ったことを美月に伝えると、上機嫌でお弁当箱をスクールバックの中に仕舞っていた美月の表情は、一瞬で不機嫌になると、浩二に勢いよく、そう訊ねるのであった。


「リレーで勝つ為に、朝宮達1組に精神攻撃を仕掛けに行くって言ってたぜ……朝宮のファンクラブの子達を挑発すれば、絶対に朝宮のプレッシャーになるとか言って……」

「そ、それって大丈夫なの!? 何か問題起こしたら、リレーどころじゃなくなるよ!! それに……郁人にはこれ以上……迷惑かけたくないよ」

「あ…いや……ただ、少し挑発してくるって言ってただけだし……だ、大丈夫だぜ……たぶん」

「……本当にそう思うの!?」

「そ、それは……だ、大丈夫じゃねーかも……だぜ」


 先ほど、もう一度だけ、政宗を信じようと思った浩二だが、美月の慌てふためく様子に、ヤバいかもしれないと考えを改め、すぐに正気に戻って、冷や汗ダラダラで焦り始めるのであった。


 やはり、浩二は生粋の馬鹿だ。


「と、とにかく……これ以上…郁人に迷惑かける訳にはいかないよ!! それに!! この間だって、ひろみんの事、突き飛ばしたりしていたんだよ!! あの人!!」

「ま、マジか!? よ、よし……僕達も急いで追いかけようぜ!! 政宗の奴…朝宮達を中庭で待ち伏せするって陸上部の奴らと話していたのを聞いたぜ!!」

「中庭だね!! 早く行かないとだよ!!」


 そうして、美月と浩二は、わたわたと慌てながら急いで7組教室から飛び出して、中庭に全力ダッシュで向かうのだった。







 中庭は、どんどん人が集まり、郁人達は物凄く注目の的になっているのであった。そして、そんな中、政宗の提案を聞いて黙っていた郁人様ファンクラブの女子生徒代表として、険しい表情を浮かべていたファンクラブ裏ボスの梨緒が沈黙を破るのであった。


「それぇ……私達に何のメリットがあるのかなぁ? 別に何もないよねぇ? 別に夜桜さんのファンクラブとかどうでもいいんだよねぇ」

「いや……そっちがファンクラブの解散を賭けるなら、同じように、こちらもファンクラブの解散を賭けるのが筋だろう……同じものを賭けに掛ける……賭けとはそう言うものだろう?」


 自画自賛、余裕の笑みを浮かべて、そう言い放つ政宗を、恐怖のヤンデレよろしく、鋭い瞳で睨みつける梨緒なのである。


 正直、美月の事は気にいらない梨緒と郁人様ファンクラブの女子生徒達だが、別に郁人に近づかなければ、彼女のファンクラブなんてどうでもいいのである。


 むしろ、郁人様ファンクラブ幹部メンバーは郁人と美月が、実は仲が良いことを察しているため、ファンクラブの男子生徒に囲まれてもらっていた方が、美月の行動を制限しやすいので、この賭けに全くメリットがないことを理解しているのである。


「ちょ、ちょっと待ってください~!! 覇道さん!! あなたに美月さんのファンクラブを解散できるほどの権限をお持ち何ですか~!?」


 梨緒がどう対応しようかと悩んでいると、美月ちゃんファンクラブの内情を知っているため、政宗に解散の権限などないことも知っているゆるふわ宏美が、そのことについて追及するのであった。


 しかし、慌てるゆるふわ宏美と違い余裕の表情の政宗は、自信満々に、両手を広げ、こう言い放つ。


「当たり前のことを……なんせ、俺は美月の幼馴染なのだから…美月のファンクラブの権限も、この俺にあるという事さ」

「そ、それだと郁人様も~、美月さんのファンクラブの解散の権限を持ってることになりますよ~」

「何か言ったかい?」

「い、いえ~、な、なにも言ってませんよ~!!」


 またもや、美月は俺の幼馴染論を繰り出す政宗に、呆れた表情でぼそりと小声でツッコムゆるふわ宏美に、殺気のこもった圧を放つ政宗、そんな彼に、ビビるゆるふわ宏美なのである。


憎き相手にビビッてタジタジな自分達のリーダーで、郁人様ファンクラブの会長のゆるふわ宏美に、梨緒達ファンクラブメンバーは呆れた表情でジッと見つめるのである。


「と、とにかくですね~……郁人様ファンクラブを賭けの対象になんてできませんよ~!!」


 郁人様ファンクラブの子達の心底呆れた視線にハッとなるゆるふわ宏美は、慌てて、余裕のゆるふわ笑みを浮かべ、政宗に右手の人差し指を突き出してそう言い放つのである。

 

 今更、格好つけて取り繕うゆるふわ宏美に、周囲は呆れ果てるのであった。政宗も、やれやれと言った様子なのである。


「ま、まぁ、会長の言う通りですね……そもそも、覇道さん……あなたに対しての我々は怒っているのです……賭けをするなら、あなた自身もそれなりにリスクを背負ってもらわなければ、ファンクラブ解散を賭けるなど、無理な話ですよ」

「というか、郁人様のファンクラブを賭けの対象になんてできません!!」

「ですわね……尊い郁人様のファンクラブを賭けの対象にするなど……できる事ではありませんわ!!」


 ゆるふわ宏美に呆れながらも、政宗に対面する形で、1組クラス委員長で副会長と郁人様親衛隊二人が援護とばかりに声をあげるのである。郁人様ファンクラブ幹部メンバーは政宗の賭けに乗る気は全くないのであった。


 そんなやり取りを聞いて、今まで郁人に羽交い絞めにされて、おとなしくしていた郁人様親衛隊特攻隊長のおかっぱ娘が、不気味な笑い声をあげるのである。


「フフフフフ……賭けなんてしなくても、大丈夫……その人達は後で……地獄に送ってあげるから……フフフフフ、一生郁人様推しの私が……この世から消し去ってあげますからね……フフフフフフ」

「し、東雲さん!? と、とりあえず、落ち着こうな……そ、その怒りはリレーにぶつけてくれ……頼むから」


 だら~んとおとなしく郁人に抱えられている狂犬おかっぱ娘は、不敵な笑い声をあげながら、不穏な発言を繰り返しており、このままでは、同級生が犯罪者になり、刑務所行きになりかねないと、焦る郁人は、必死に説得するのであった。


 そんな、郁人や郁人様ファンクラブの女子生徒達に侮蔑の視線を向けていた政宗は、嫌味な笑みを浮かべて、背後にいる7組のリレーメンバーの陸上部三人とアイコンタクトを取るのであった。


「所詮……朝宮のファンクラブも口だけみたいだ……まぁ、朝宮も口だけ男だし、そんな朝宮に対して、盲目的に好意を抱いている君達も、どうやら、同じように口だけのようだ…」

「覇道君の言うとおりだよね~!! 朝宮が勝てるって言うなら、賭けに乗りなよ!!」

「そうだよね!! ほら~、ほら、ほら、どうしたのかな…やっぱり、勝てないから、怖いのかな? 怖いみたいだね!!」


 幹部メンバー(一人除く)の消極的な発言に、勝機だと、嫌味な表情を浮かべて、挑発してくる政宗達なのである。あらかじめ、打ち合わせでもしていたのであろう芝居じみた挑発行動に、怒りに震える梨緒と、郁人様ファンクラブ幹部メンバーだが、安い挑発に乗る訳にはいかないので、耐えるしかないと黙って聞いているのであった。


「まぁ、朝宮なんかより、この俺の方が足、速いっすから……なんせ、陸上部次期エースで、1年ではすでにエースなんで……朝宮なんかじゃ勝てないって、彼女達もわかってるんっすよ! 健気で可愛いじゃないっすか!!」


 そして、後頭部を右手で摩りながら、照れた様子で、一歩前に出て、ドヤ顔でそう言い放つ7組陸上部一年エースくんに、郁人様ファンクラブ女子生徒の冷ややかな視線が突き刺さるのであった。


「そうだとも……彼女たちは、君や、この俺を恐れているのさ……そして、本心では理解しているのだ……朝宮より俺達の方が優れている男だという事を……」

「いや~、照れるっすね~!! 俺……モテ期…きちゃいます!?」

「モテモテだよ~!! 服部やるじゃん!!」

「足が速いとモテるって言うよね~!! みんな、服部のファンになっちゃうかもじゃん!!」


 あからさまに郁人様ファンクラブの女子生徒を煽る政宗達に、郁人様ファンクラブの女子生徒達は、我慢の限界に達そうとしている様子なのである。


 梨緒は完全に瞳から光が消えており、今にも誰かを殺めそうな瞳で政宗達を睨んでいるのであった。


「い、郁人様!! こ、このままだとマズいですよ~!! な、なんとかしてください~!!」


 このままでは、暴動が起きそうと、郁人の方を見て助けを求めるゆるふわ宏美だが、先ほどの政宗達の煽りについに、郁人様親衛隊おかっぱ娘は、物凄い怒りの咆哮をあげながら、暴れだしているのである。


「東雲さん!! お、落ち着け……怒るのはわかるが、暴力はいけないからな!!」


 そんな、怒り狂い、ジタバタと暴走する狂犬おかっぱ娘を必死に抑える郁人を心配して、郁人様親衛隊の残り二人も、郁人のところに慌てた様子で駆けつけに行くのだった。


「……そ、それどころじゃなさそうですね~!! ど、どうしましょうか~!? わ、わたしぃがなんとかするしかないんですか~!?」


 ゆるふわ宏美は、このカオスな状況に混乱して、あわあわと慌てるのである。余裕の笑みを浮かべ、政宗は勝利を確信しており、陸上部三人組は、嫌味な笑みを浮かべているのであった。


 もはや、郁人様ファンクラブの女子生徒達の暴動は避けられないのかと思いきや、そんな状況で、全力ダッシュで中庭に向かっていた美月と浩二がやっとたどり着いたのであった。


「な、何やってるのよ!? 覇道君!!」


 野次馬の群れを掻き分けて、問題となっている中心部に向かう美月は、郁人様ファンクラブと対峙している覇道を見つけて詰め寄り、怒りの声をあげるのであった。


「美月、大丈夫さ……安心してくれ、今しがた、100m走で男の戦いをしようとしたこの俺に……卑劣にも君を騙しての精神攻撃を仕掛けてきた朝宮に対して、精神攻撃を仕掛け返し……報復を終えたところさ」

「え? な、何言ってるの? 普通に覇道君実力で負けてたよね?」


 そんな美月の怒りの問いに、イケメンスマイルで答える政宗なのである。もちろん、美月はこの人…何言っているのという表情で、ボソリと真実を突きつけるのであった。


 そして、二人の間に気まず沈黙が訪れるのである。そんな美月と政宗を、郁人様ファンクラブの女子生徒達は、殺意の眼差しで睨みつけるのである。


(え!? な、なんで私……こ、こんなに睨まれてるの!? こ、怖いんだけど!? わ、私何かしたかな!? 何もしてないよね!?)


 いきなり、ファンクラブの女子生徒達に殺気を向けられ、全く心当たりがない美月は、戸惑い困惑するのであった。そんな、美月に政宗は、何かを察したような表情を浮かべた後に、爽やかイケメンスマイルで美月の方を見て、ドヤ顔でこう言い放つのである。


「美月……君の素晴らしさを、愚かな彼女達に伝えておいたから……安心してくれ」

「え!? は、覇道君……な、何か言ったの!?」

「何、ただ、美月……君の美しさと気高さを、朝宮に騙されている哀れな女子生徒達に語ってあげたまでさ」

「は、はぁ!? な、なにを言ったのよ!?」


 いきなり、ドヤ顔で突拍子もないことを政宗に言われた美月は、郁人様ファンクラブの殺気のこもった視線に怯えながら、内心絶対に聞いたら後悔すると思いながらも、政宗に疑問をぶつけるのである。


「何と言われても……美しき月と書いて美月……そう!! この俺の幼馴染である君の素晴らしさ! 気高さを!! 凡庸な朝宮の女どもに語ったまでさ……いくら、朝宮が無数の星々である女子生徒達を侍らせようと、美月という夜空に一つだけ神々しく浮かぶ美しき月には敵わないという事をね!!」

「……は?」


 声高らかに、両手を広げてドヤ顔で頓珍漢なことを言い出す政宗に、心の底から疑問の声がでる美月なのである。もちろん、今の会話は、郁人様ファンクラブメンバーの女子生徒達にも聞こえており、敵意むき出しで美月の事を睨むのである。


(そ、そんな目で私の事睨まないでよ!! わ、私は悪くないよ!!)


 心の底から、自分は悪くないと叫びたくなる美月だが、何か喋ったら、一斉に襲い掛かってきそうな女子生徒達に、何も言えずに目を泳がせながら、キョドる美月なのである。


「醜い、実に醜い……ほら見た前、美しき月である美月に、無数の星々が嫉妬しているようだ……まぁ、美月……君が気にすることはないさ」

(この人……私に何か恨みでもあるの!?)


 政宗が、烈火の如く怒る郁人様ファンクラブの女子生徒達をチラリと見た後に、あからさまな挑発をした後に、そのヘイトの矛先を美月に向けるのである。


 恐怖でカタカタ震える美月は、ヘイトを向けられ、追い打ちをかけてくる政宗をギロリと睨むのである。


 しかし、いつも通り政宗には、美月の怒りの視線など全く効果がないのであった。


「政宗……とりあえず、この場はもう撤収しようぜ……これ以上騒ぎを起こしたら、また、反省文だぜ……それに、生徒会長や風紀委員長に見つかるとマズいぜ」

「……浩二か……そうだね……では、最後に……朝宮みたいな低能クズ男のファンクラブなどに属している哀れな女ども……さて……賭けに乗るのか……乗らないのか? 決めてもらおうか……まぁ、所詮……賭けに乗る勇気など……意志薄弱な朝宮の事を妄信する女どもにはないだろうが!!」


 今まで、どうすればいいかわからず、静観していた浩二が、政宗に近づいて、彼の肩に手を置くと、そう説得するのだが、政宗は、この好機を逃す気はないらしく、最高に嫌味な笑みを浮かべて、両手を広げて、郁人様ファンクラブの子達の方を見ながらそう言い放つのであった。


 突然、郁人様ファンクラブの女子生徒を挑発する政宗に、美月も浩二も戸惑うのである。


「もちろん、乗るに決まってるでしょ!!」

「ここまで、言われて黙ってられないわ!!」

「そうよ!! 郁人様が負ける訳ないでしょ!!」


 もはや、我慢の限界と、郁人様ファンクラブの女子生徒達は、ゆるふわ宏美や、梨緒達幹部メンバーを無視して、そう声をあげるのであった。


 そして、それを聞いた政宗はニヤリと笑い勝ち誇った表情を浮かべるのであった。もちろん、今来たばかりの美月を浩二は何が起こっているのかわからずに混乱するのである。


「ちょ、ちょっと~、ま、待ってくださいよ~!!」

「み、みんな一旦落ち着こうよぉ!!」


 賭けに乗るのはまずいと表のボスのゆるふわ宏美と、裏ボスの梨緒がファンクラブの子達をなだめようと声をあげるのである。


「なんだ? 朝宮と仲が良い奴らの方が……朝宮の事を信用してないようだ……なるほど、つまり、朝宮は結局……周りの女に自分を崇拝させているだけで、実力も何もないクズ男という事で良いという訳かい?」

「覇道君!! 何言ってるの!! 郁人はそんなんじゃないよ!!」

「美月……大丈夫さ……朝宮に洗脳された君の心を必ず、真の幼馴染であるこの俺が解放して見せるから……さぁ、どうなんだい? 乗るのか? 乗らないのか? どっちなんだい?」


 逃がさないとばかりに、追撃の挑発行為に出る政宗に、怒りの声をあげる美月だが、もはや、気分がよくなっている政宗の耳には聞こえないのであった。


「その賭けにも……勿論乗るに決まってるじゃん!! ここまで言われて黙っていちゃ、郁人様ファンクラブなんて名乗れないしょ!! 覇道さん、夜桜さん、そして、ファンクラブ会長の永田さん……もしも、ウチ等が賭けに勝った際は……どうなるかは……言わずともわかってるよね~」

「絶対後悔させてやる!! 郁人様が負ける訳ないんだから!!」

「私達は郁人様の勝利を信じてるんだから!!」


 怒りの表情を浮かべる7組女王白銀を筆頭に、そう郁人様ファンクラブの女子生徒達が、賭けに乗ってしまうのである。もはや、反対しているのは、ゆるふわ宏美と梨緒達幹部メンバーのみで、こうなっては、裏ボス梨緒でも止めることはできないのであった。


「ちょ、わ、私何が何だかわかってないんだけど!? ど、どういうことなの!?」

「お、おい!! 政宗……何が、ど、どうなってるんだぜ!?」


 いきなり、自分のクラスの女ボスである白銀に名指しされ、困惑する美月と浩二なのである。


「さて……多数の女子生徒達は賭けに乗る気のようだが……朝宮のファンクラブ会長としては……どうなのかい?」


 詰めとばかりに、そうゆるふわ宏美に決断を迫る政宗なのである。大騒ぎする郁人様ファンクラブ女子生徒達は、賭けに乗ると大騒ぎ状態なのであった。


 そんな状況で、ゆるふわ宏美は、弱腰な姿勢を見せる訳にもいかない。もちろん、梨緒もそれをわかっており、勝利の笑みを浮かべる政宗を、悔しそうに睨みつけることしか出来ないのであった。


「……わ、わかりました~……その賭けに乗りますよ~」


 なんとか、普段通り、ゆるふわ笑みを保ったまま、そう言い放ったゆるふわ宏美なのである。賭けに乗らなければ、郁人様ファンクラブの結束に問題が生じると、悔しい気持ちを隠して、ファンクラブ会長として、前に出て、政宗に対面して、そう伝えるのである。


 それを聞いて、政宗は勝ち誇った表情で満足気に髪を掻き分けるのであった。政宗の背後にいる陸上部三人組も満足そうな表情を浮かべているのである。


 そして、その中、美月と浩二だけが疑問顔で、混乱している様子なのである。


「ハハハハ、いいだろう……君達も、必ずこの俺が目を覚まさせてあげよう……では、こちらが負けたら……約束通りに、美月のファンクラブを解散させようじゃないか!!」


 そして、政宗は自分に対して、怒りの視線を向ける郁人様ファンクラブの女子生徒達に右手を掲げてそう宣言するのであった。


「は!? 政宗!! 何言ってやがる!? 美月ちゃんのファンクラブ解散とか僕は聞いてないぜ!!」

「浩二さん大丈夫っすよ!! この俺がいる限り、負けることなんてないっすから!! まぁ、それに…最近、ファンクラブ活動なんてしてないじゃないっすか……どうせ、負けても大丈夫っすよね?」

「な、何言ってやがる!? おい!! 美月ちゃんファンクラブを解散なんてしないぜ!!」


 勝ち誇った表情の政宗に、詰め寄り、怒りの声をあげる浩二に対して、無視する政宗と、自信満々にそう言い放つ陸上部エースなのである。怒りを露にする浩二は寝耳に水状態なのであった。その様子を見て、ゆるふわ宏美はやはり、政宗の独断という事を察して、文句のゆるふわ笑みを浮かべるのであった。


「……やっぱり~!! そちらは~、話しがまとまってないじゃないですか~!! なら、この賭けはなしですよ~!!」

「残念だが……賭けは成立した!! 今から、無しとは……そんな、興がさめることを言わないでくれ」

「な!? なんですか~!? それ~!!」

「ね、ねえ!! さっきから……なんの話してるの!? それに……肝心な郁人は、どこにいるの!?」


 さきほどから、ポカーンとした表情で会話を聞いていた美月が、怒りのゆるふわ笑みで政宗に詰め寄っているゆるふわ宏美に問いかけながら、郁人の姿をキョロキョロ探すのであった。


「って、郁人!? な、なにしてるのよ!? お、女の子を羽交い絞めにして!! 郁人!!」


 問いかけてきた美月の方を見て、説明しようとするゆるふわ宏美だったが、当の美月は、郁人様親衛隊の二人に見守られながら、暴れる狂犬おかっぱ娘を、羽交い絞めにして必死に取り押さえる郁人を遠目から見つけて、怒りの声をあげるのである。


「あ、暴れるなって……いい加減おとなしくしろ!!」

「いいいいいいい、いくとーーーーー!! なななな、何してるのよ!!」

「美月……朝宮は忙しいみたいだ……あんなロリコン男の事は放っておいていいだろう……さぁ、話しも済んだし……一緒に運動場に行こうじゃないかい」


 郁人様ファンクラブ女子生徒の壁に阻まれ、美月は郁人に対して、遠巻きに怒りの声をあげることしか出来ないのである。そして、暴走状態なおかっぱ娘を取り押さえるので必死な郁人はそんな美月の声が聞こえていないのであった。


 勿論、怒った美月は、郁人の所に何とか向かおうとするのだが、急に前に立ちはだかった政宗に邪魔され、運動場に誘導されるのである。


「いや!! 話すんでねーだろ!! 美月ちゃんファンクラブを解散する気なんてないぜ!!」


 そんな、もう用は済んだと言わんばかりの政宗に対して、何も聞かされていなかった浩二が、政宗に詰め寄り、怒りの声をあげるのである。


「なにか揉めてるけどぉ……どういうことなのかなぁ?」

「何も問題はないさ……そもそも、これは……君たちの朝宮に対する愛を試しているに過ぎない……こちらのことなどどうでもいいだろう?」

「なるほどですね~……わたしぃ達の郁人様に対する愛を確かめるのであれば~、覇道さんにも同様に愛を試させてもらってもいいですかね~」


 裏ボス梨緒が、何とか賭けを撤回しようと、政宗を問い詰めようとするが、さらりと屁理屈を述べてかわすので、ゆるふわ宏美は、最高のゆるふわ笑みを浮かべて、反撃に出るのであった。


「では~……わたしぃ達1組が勝ったら~……覇道さんは美月さんに無暗に近づくの禁止というのはどうですか~?」

「何!? なんで俺がそんな条件を呑まないといけないのかわからないのだが……」

「いえ~、そもそもですね~……こちらの郁人様に対する愛を一方的に試すって~、よく考えたら~、おかしくないですか~? あなた……何様のつもりですか~? そこまで言うなら~、あなたの美月さんに対する愛も試させてもらわないと~、不公平ですよね~」

「悪いが、そんな条件は呑めない……そもそも、俺に利点がな……」

「郁人様やわたしぃ達の事を散々口だけと言いながら~、やっぱり、あなたが一番口だけ野郎ですよね~……結局、郁人様に負けるのが怖いんですよね~…だから~、わざわざ~、こんな挑発しに来たんですよね~?」

「なんだと!? 貴様!! 相も変わらずムカつく小娘だ……朝宮など怖くない……そもそも、我々7組が負けることなど……」

「でしたら~!! 覇道さんも~、賭けに乗ってもらわないと~……不公平ですよね~」


 政宗が今まで展開してきた理屈を味方につけて、反撃に転じるゆるふわ宏美に、政宗は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのである。


「そんな、あからさまな挑発に乗る気はない」

「そうなんだぁ……覇道君は、夜桜さんのこと……そんなに好きじゃないんだねぇ……だってぇ、覇道君が言ったんだよねぇ……貴様等の愛はそんなものかってぇ……じゃあ、覇道君の夜桜さんへの気持ちは……私達より下ってことで良いよねぇ」

「な……貴様!? 今なんて言った!!」

「我々、郁人様ファンクラブは賭けに乗りました……なら、覇道政宗さん……そちらも、この賭けに乗ってもらわなければ、賭けは成立しませんね」

「こ、こちらはすでに美月のファンクラブを賭けに……」

「これは~、覇道さん……あなたの美月さんに対する愛を試しているんですよ~? そもそも、覇道さん自身が何かを賭けて頂かなければ~……わたしぃ達だって~、ファンクラブを賭けるんですから~……あなたも当然、何かを賭ける覚悟があって~……わたしぃ達に喧嘩を売ったんですよね~!!」


 好機とばかりに、ゆるふわ宏美に加勢する梨緒と1組クラス委員長で副会長なのである。もちろん、郁人様ファンクラブの女子生徒達も、賭けに乗れと、大合唱なのであった。タジタジな政宗に、さらに追い打ちをかけるゆるふわ宏美なのであった。


「ふん……な、何を言おうと……俺は賭けに乗る気などないさ」


 しかし、それでも、賭けに乗る気も、賭けを撤回する気もない政宗に対して、怒りのゆるふわ笑みを浮かべていたゆるふわ宏美から笑顔が消えて、怒りの表情に変わるのであった。


「ふざけないでくださいね~!! あれだけ~、好き放題言って~……自分だけ~逃げようなんて~絶対に~許しませんよ~!!」

「ほらぁ……覇道君……逃げてもいいよぉ……夜桜さんの前でみっともない姿晒して、泣きながら尻尾撒いて逃げればいいよぉ……フフフフフ、口だけなのはぁ……覇道君…あなただったみたいだねぇ」


 怒るゆるふわ宏美と、先ほどの仕返しとばかりの邪悪な笑みで挑発してくる梨緒に、悔しそうな表情で俯く政宗なのである。


「……俺は口だけなどでは」

「口だけではないでしょうか? 我々には、あれだけ高尚な物言いをしておきながら、いざ、自分が言われる立場になれば、聞く耳を持たずに逃げ出す男……どちらがダサい男かなど……論じるまでもないかと」

「なん…だと!? 貴様等!? 本当にムカつく女どもだ……美月とは大違いだ」


 悔しそうにそう反論する政宗に、自慢の眼鏡をクイっとして、1組クラス委員長の副会長の会心の挑発が政宗に怒りの声をあげさせる。


「残念ですけど~……美月さんは~……郁人様のことが好きですけどね~」


 そんな政宗に近づいて、彼にしか聞こえない声でゆるふわ宏美が、邪悪なゆるふわ笑みでそう言い放ち挑発するのであった。


「貴様!!」


 怒り狂った政宗が拳を振り上げると、ゆるふわ宏美は、余裕のゆるふわ笑みを浮かべて距離を取るのであった。


「すぐに手をあげる男の人はモテませんよ~……そして~、美月さんに相応しいとは思えませんね~……まぁ、賭けから逃げ出す男の人を~美月さんが好きになるとは思えませんけどね~……なんでしたっけ~? わたしぃ達の郁人様に対する信頼を試しているんでしたっけ~? でしたら~……わたしぃがあなたの美月さんに対する愛を試してあげますよ~……乗りますか~? それとも~……郁人様に怯えて~……逃げ出しますか~?」

「……いいだろう……その賭け……乗ってやる……だが、俺が勝ったら……朝宮も美月に二度と近づくことを禁止する……それで……」

「これは~……わたしぃと覇道さん……あなたの賭けですよね~? 郁人様は関係ありませんよ~」

「なら、この賭けは……なしだ」

「でしたら~……こちらも賭けの話はなかったことにしてもらいますよ~」

「クッ!!」


 ついに、賭けの撤回まで持って行ったゆるふわ宏美が、今度は勝利のゆるふわ笑みを浮かべるのである。


「おい……覇道!! どうせ、絶対に勝てるんっすから、乗ってもいいじゃないっすか……それともなんすか!? 俺達が負けると思ってるんすか!?」

「覇道君……いいじゃん、余裕だし……絶対勝てるんだしさ、賭けに乗っても大丈夫っしょ!!」

「だね~……今のうちに言わせておいてあげようよ」


 しかし、今度は郁人様ファンクラブを潰したい7組リレーメンバーの陸上部三人が政宗にそう言って、賭けに乗れと圧をかけるのである。さすがの政宗も、ここで引けば、今度は7組リレーメンバーの士気に、そして、周りの複数の生徒の視線が集まる中、ここまで言われて逃げれば政宗自身の評価にも関わってくることを考える。


「……いいだろう……その賭け……乗ろうじゃないか……ただし、俺達が7組が勝てば……貴様は美月と……そして、朝宮に二度と近づくなよ……この条件でも、賭けに乗るなら……こちらも、賭けに乗ろうじゃないか」

「……いいですよ~……その賭け……乗りますよ~!!」

「ひ、宏美ちゃん!?」

「か、会長!!」


 ゆるふわ宏美は一瞬の思考の後、ここが落としどころと、そう政宗に提案を呑むのであった。そんな、ゆるふわ宏美に、梨緒や1組クラス委員長も驚きの声をあげるのであった。


「クッ……まぁ、いい!! どのみち……勝つのは俺達だ……後悔することになるのは貴様だ……じゃあ、美月……行こうか」


 悔しさを隠さない悪態をついて、そう言い放つ政宗は、美月を連れてこの場を後にしようと声をかけるが、先ほどまで、近くいた美月が居ないことに気がつくのであった。


「郁人!! その子から、離れて!! って、どいてよね!! 郁人のところに行けないでしょ!!」


 怒りの声をあげて、郁人の所に向かおうとする美月と、郁人の元には行かせないと、立ちはだかる郁人様ファンクラブの女子生徒達なのであった。やいのやいのと言い合う美月とファンクラブの女子生徒達なのである。


「東雲さん……俺達は先に、運動場に行ってようか」

「郁人様!! 一回、一回だけでいいですから……彼等を殺させてください!! このままでは、一生郁人様推しの私は……怒りでどうにかなってしまいますから!!」

「いや、人の命は一つしかないからな……殺したらダメだからな……ほら、東雲さん……運動場に一緒に行こうか」


 もはや、この場所に居たら危険だと判断した郁人は、郁人様親衛隊のおかっぱ娘を抱えたまま、この場を後にしようとするのである。もちろん、怒りの声をあげる美月には気がついていないのであった。


「ちょっと!! 郁人!! どこに行くの!! 早くその子を放しなさいよ!!」


 そんな郁人を追いかけようとする美月だが、郁人様ファンクラブの女子生徒達が邪魔で追いかけられないため、大声でそう言い放つのだが、郁人には聞こえていない。


「美月!! 朝宮など無視して、さぁ……時間がないし……運動場に行こう」

「ちょ……ちょっと……私はまだ、郁人に話が……ああ…もう!!」

「政宗……後で……全部話してもらうぜ!!」


 そして、政宗がそう言って美月を無理やり、この場から引き離そうと美月の手を握ろうとしてきたので、美月はそれを華麗に回避すると、悔しそうな表情を浮かべて、イライラとした足取りで、郁人が向かった方とは反対の方から、運動場に向かうのであった。


「わたしぃ達も~……早く運動場に向かいましょうか~」

「そうだねぇ……でも……宏美ちゃん……よかったのぉ? あんな約束してぇ…」

「良くはないですけどね~……でも~……ここまで言われて~…引き下がる訳にはいきませんからね~……それに~……面倒ごとを一掃できるチャンスですからね~」

「……そっかぁ……まぁ……でも、どっちにしてもぉ……私達は勝つしかないよねぇ」

「はい~……勝たないと~……ファンクラブ解散しないといけませんからね~」


 そんな美月の後を追っていく政宗達の背中を見ながら、そう会話するゆるふわ宏美と梨緒なのであった。







「結局どうなったんだ?」

「すみません~……結局……郁人様ファンクラブを賭ける形になってしまいました~……後……負けたら~……わたしぃは郁人様と美月さんとはお別れになります~」

「はぁ!? なんでそんなことになってるんだ!?」


 しばらくして、一足先に運動場に行っていた郁人と合流したゆるふわ宏美は、郁人に事のあらましを説明するのであった。


「まぁ、そういうことなら仕方ないか……でも……あいつが約束守るとは思えないけどな」

「そ……それは~……そうかもしれませんね~……でも~、こちら側に対しては~、絶対に約束を守らせにきますよね~」


 ゆるふわ宏美は、疲れたゆるふわ笑みを浮かべながらそう言い放つのであった。そんな、疲れ切ったゆるふわ宏美を見て、郁人は意地悪な笑みを浮かべるのである。


「……でも、ファンクラブなくなって……ゆるふわの面倒見ないで良いなら……わざと負けるのも……ありなのか?」

「いくとさまぁ~!!」


 そう言って、ゆるふわ宏美を揶揄う郁人なのである。少し落ち込み、責任を感じているゆるふわ宏美を不器用なやり方で励ます郁人なのであった。


「……いや……冗談だから……でも……これで、本当に負けられなくなったな」


 そして、少し寂しそうな表情を浮かべて、ゆるふわ宏美の瞳を真直ぐ見つめながらそう言い放つ郁人に、ドキリと顔が赤くなるゆるふわ宏美なのであった。


「えっと~……そ、それって~」

「美月が寂しがるからな」

「そ……そうですよね~……美月さんですよね~」


 戸惑うゆるふわ宏美は、郁人にどういう意味で言ったのかと問いかけると、ドヤ顔でそう言い放ってきたので、ホッと胸を撫で下ろすゆるふわ宏美だったのだが。


「まぁ……俺も、ゆるふわと話せなくなるのは嫌だけどな」

「え!?」

「さて……リレー……絶対に勝つぞ…ゆるふわ」


 突然、ぼそりと、郁人が零した本音を聞いて、心臓がドクンとはねるゆるふわ宏美なのであった。


「い、郁人様!! そう言うところがダメですよ~!! 美月さんが心配するのは~、そう言うところですよ~!!」

「何怒ってるんだ? ゆるふわ……ほら、行くぞ」

「本当に~、郁人様は~……」


 耳まで真っ赤になったゆるふわ宏美は、ムッとした表情で、郁人を責めるのであった。

もちろん、郁人は何でゆるふわ宏美が怒っているのかは検討もつかないのであった。

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