第222話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲの主人公に勝ちたいのです。その68

「ねぇ……郁人君……なんでぇ、私の事応援してくれいなかったのかなぁ!? ねぇ……ナンデ、ワタシノコト、オウエンシテクレナイノ? ワタシノコトオウエンシテヨ、ワタシノコトミテヨ」


 完全に目がイッており、ハイライトオフで瞳孔が開いた瞳で郁人の所にフラフラとやってきて、ヤンデレムーブをかます梨緒に、冷や汗ダラダラな郁人と、隣に居るゆるふわ宏美なのである。


「……り、梨緒の応援をする理由がないからな」

「い、郁人様!?」


 しかし、郁人は、ここで、梨緒のヤンデレムーブに負けてはならないと、勇気の選択、好感度低下発言に、ゆるふわ宏美は、驚き、焦って、あまりの恐怖に郁人の背中に隠れるのであった。


「理由……あるよねぇ……同じクラスでぇ、同じ紅組でぇ……夜桜さんとの勝負でぇ、郁人君のためにぃ……100m走勝負していたよねぇ」

「いや……誰も頼んでないからな……それに……どっちにしても、リレーで勝負する気だったから、100m走はどうでもよかったんだけどな」


 視線を逸らす郁人に詰め寄って、ジッと顔を覗き込むヤンデレ梨緒のヤンデレ問いに、とりあえず、距離が近いと、梨緒の両肩を掴んで、引き離して、言い訳を述べる郁人なのである。


 ぐいぐい、郁人に詰め寄る梨緒と、それを必死に引き離す郁人の攻防を、あわわわ、と冷や汗ダラダラで見ていたゆるふわ宏美は、郁人を助けないとと、勇気を出して前に出て助け船を出すのである。


「り、梨緒さん!! わ、わたしぃ!! わたしぃは梨緒さんのこと~、応援していましたよ~!!」

「……宏美ちゃん……本当かなぁ……宏美ちゃん……夜桜さんのこと好きだよねぇ……宏美ちゃんも夜桜さんのことぉ……応援していたんじゃないのかなぁ」


 右手を勢いよくあげて、自分アピールをしながら、そう言い放つゆるふわ宏美を、ギロリとハイライトオフの瞳が捉え、ヤンデレ笑みを浮かべながら、今度はゆるふわ宏美の両肩を押さえて、そう疑心暗鬼発言をする梨緒なのである。


「い、いえ~!! ほ、本当に梨緒さんの応援してましたよ~!!」

「嘘だよねぇ……宏美ちゃん……すぐ嘘つくもんねぇ……そうやってぇ、私の事……馬鹿にしているのかなぁ?」

「いいいいい、いえ~!! 本当に~、わたしぃは梨緒さんの応援してましたよ~!! ね、ねぇ!! 郁人様!!」


 目の前に迫るヤンデレ梨緒の圧に、背筋が寒くなるゆるふわ宏美は、恐怖で引きつったゆるふわ笑みを浮かべて、必死に説得するが、ヤンデレ梨緒はゆるふわ宏美の発言を信じないで、どんどん病んでいくので、郁人に助けを求めるゆるふわ宏美なのであった。


「いや……知らんけど」

「い、郁人様!?」


 恐怖で強張った表情で、郁人の方を見てくるゆるふわ宏美から、視線を逸らして、郁人はゆるふわ宏美を見捨てると、見捨てられたゆるふわ宏美は驚愕の表情で郁人の名前を叫ぶのであった。


「やっぱり……嘘なんだねぇ……どうせ…宏美ちゃんも私の事なんてぇどうでもいいって思っているんだよねぇ……モウ、ゼッタイニユルサナイカラ……ソモソモ、イツモイクトクンノソバニイテ……ソウダヨ……ユルセナイヨネ」

「いいいいい、いくとさま~!! 助けてください~!!」


 両肩を掴まれて、ヤンデレ笑みを浮かべながら、恐怖で引きつっているゆるふわ宏美の眼前で、ヤンデレ発言をしだす梨緒に、血の気が引くゆるふわ宏美は、視線を逸らしている郁人に必死に助けを求めるのであった。


「さて……お昼だし……教室戻って、ご飯食べないとな」

「待ってください~!! いくとさま~!! おいてかないでください~!! 助けてけてくださいよ~!! いくとさま~!!」

「ヒロミチャン……ニガサナイカラ、ネェ、ドウシテワタシニウソマデツクノ? ドウジョウシテルノ? バカニシテルノ? ドウナノ? ひ、ろ、み、ちゃ、ん」


 郁人は、放送部のお昼に入ったお知らせの放送を聞いて、みんな、お昼ご飯を食べに行くので、郁人もまた、ゆるふわ宏美を見捨てて、教室に向かって移動を始めると、見捨てないでと、右手を突き出して、必死に助けを求めるゆるふわ宏美に、ヤンデレ梨緒が、ヤンデレボイスでひたすら襲い掛かるのであった。







 一方、その頃、一年女子100m走にて、一位で走り終えた美月は、ヤンデレ梨緒から逃げるように、紅組テントに戻ってきたのであった。


「さすが、美月だ……彼女など敵ではなかったという事か……これは、リレーでは、間違いなく、俺達7組が勝てそうだ」

「……そう……よかったね……じゃあ、私……教室に行くから」


 美月の勝利の帰還に、男子生徒達が喜び、美月に駆け寄って称賛の言葉を並べて、囲む中、男子生徒達の群れを押しのけて、美月の前に来て、そう髪を掻き分けながら、イケメンスマイルで美月にそう言う政宗に、ゲッソリする美月は、昼休みになって、愛しの郁人のお弁当を食べに、男子生徒の群れの間を縫うように進み教室に向かうのである。


「では、一緒に行こうか……美月」

「……来なくていいから……」


 そんな美月を駆け足で追いかけてきて、隣に陣取る政宗に、冷たくそう言う美月は、隣に立つなとばかりに早足で移動し、クラスのファンクラブ男子生徒達と浩二も、そんな美月を早足で追いかけるのであった。ゾロゾロ、男子生徒達を引き連れて、運動場から移動する美月は滅茶苦茶目立っているのであった。







 美月がゾロゾロと男子生徒を引き連れて白組テントから、校舎に移動する中、郁人も、郁人ファンクラブ女子生徒達が、ゆるふわ宏美を見捨てて、教室に移動する郁人の後をついてくる為、ゾロゾロと女子生徒を引き連れ、紅組テントから、校舎に移動する形になるのであった。


 もちろん、女子生徒を引き連れた郁人と、男子生徒を引き連れた美月は、目立つ為、遠目ながら、ばっちりお互い目が合うのであった。


(美月……相変わらずモテるな……やはり、リレーに勝つのは最低条件だな)

(郁人……あんなに女の子引き連れて……相変わらず、凄くモテてるよ……リレーに勝てば、少しは、郁人の人気も落ちるかな)


 お互いそんなことを考えながら、ゾロゾロとファンクラブメンバーを引き連れて、それぞれの教室に向かう郁人と美月なのであった。







 そして、郁人達は、午後のクラス対抗リレーの決起会と言う名の昼食会で、リレーメンバーと郁人様ファンクラブ女子生徒、そして、事前に梨緒が誘っていたリレーメンバー男子生徒二人も、屋上に集まるのだが、すでに、リレーメンバー男子二人は、全てにおいてやる気をなくしているのであった。


「朝宮の奴……見せつけるために呼んだのかよ」

「くそー!! 羨まし……くなんかねー!! でも、許せねー!!」


 いつも通り、屋上に設置された中央のテーブル席に座る郁人と、それを囲むように、郁人様ファンクラブの女子生徒達が、周りのテーブル席に座って、郁人に見惚れ、郁人を称える会話が聞こえてくるのであった。


その光景に、嫉妬と怒りが込み上げる野球部佐城とサッカー部山本なのである。


 二人もまた、中央のテーブル席に座っており、テーブル席は6人からで、詰めれば8人は座れるのだが、今回は、リレー参加メンバーで中央の席に座っているのであった。


並び順は、郁人、ゆるふわ宏美、野球部佐城、郁人様親衛隊おかっぱ娘、サッカー部山本、そして梨緒なのである。


 つまり、郁人はゆるふわ宏美と、未だに病んでいる梨緒に挟まれているのであった。


「で、では~、午後の競技と~、クラス対抗リレー頑張りましょうという事で~!! み、みなさん~…が、頑張っていきましょう~!!」


 中央のテーブル席の雰囲気の悪さと、周りのテーブル席の郁人様ファンクラブ女子生徒達は、郁人の100m走の話で盛り上がっており、全くお昼を食べる雰囲気ではないので、ゆるふわ宏美が、気まずそうに、決起会開始の音頭を取るのだが、周りは急にシーンとなるのである。


「…が、頑張っていきましょう~」


 しらける周囲に負けずに、気まずそうなゆるふわ笑みを浮かべて、もう一度、そう右手を天にあげて、そう言い放つゆるふわ宏美なのだが、やはり、周りはシーンと静かなのであった。


「……い、郁人様~!!」


 困ったゆるふわ宏美は、隣でジッと、テーブルに置いた袋に入ったままのお弁当を眺めている郁人に助けを求めると、郁人は、今にも泣きだしそうなゆるふわ宏美の方を見て、呆れ果てるのである。


「なんだ? ゆるふわ……どうした?」

「わ、わたしぃでは~、皆さんをまとめるのは無理みたいです~!! 郁人様~!! クラス対抗リレーの決起会なんですから~!! 開始の音頭……お願いしますよ~!!」

「……じゃあ、まぁ……午後も頑張って行こうか」


 そう郁人が、椅子から立ち上がり、適当にそう言うと、周りの女子生徒達が、一斉に手をあげてオーっと声をあげるのであった。


「ううう~、わたしぃの時は~、誰も反応してくれなかったのに~、何でですか~!!」

「いや、俺はいちよ…聞いてたけどな」

「本当に~、ただ~、聞いてただけじゃないですか~!!」


 不満顔で、ゆるふわ宏美は席に座って、同じく席に座る郁人にそう言うと、郁人は何気ない顔で適当にそうフォローの言葉を言うのだが、その言葉に更に不満顔になるゆるふわ宏美なのであった。


 そして、そんなやり取りをして、ゆるふわ宏美は、いつも通り、コンビニ袋から、コンビニのミックスサンドを取り出し、缶コーヒーをあけて、一口飲むと、このテーブル席だけ、雰囲気が暗いのを感じ取り、居心地が悪くなるのであった。


「い、郁人様……こ、この雰囲気どうにかしてくださいよ~」

「とりあえず、お弁当食べような……いただきます」

「い、郁人様~!! 今は呑気にお弁当を食べ始める時じゃないですよ~!!」


 しかし、この滅茶苦茶雰囲気が悪く、暗くても、全く気にしない様子の郁人の腕を掴んで揺さぶって、咎めるゆるふわ宏美なのであった。


「マタ…ヒロミチャンガ、イクトクント、タノシソウニ、ユルセナイ、ユルセナイ、ユルセナイ」


梨緒が、ハイライトオフの瞳で未だに病んでおり、一人、何かボソボソ言っていて、怖いのであった。ここまで、なんとかゆるふわ宏美が誤魔化して連れてきて、なんとかいつもの席に座らせたものの、梨緒はいまだにヤンデレモードなのである。


男子生徒二人は、円形のテーブル席なのに、郁人のすぐ近くに椅子を持って行って、ピッタリくっついて座っているゆるふわ宏美と梨緒を見て、郁人に嫉妬の視線を送っており、滅茶苦茶機嫌が悪そうなのであった。


そして、郁人の対面に座っている親衛隊おかっぱ娘も、郁人の隣に座れないので、仕方なく対面に座った結果、男子二人に囲まれており、郁人以外の男はゴミと思っているので、凄く機嫌が悪そうなのであった。


「……大丈夫だろ」

「郁人様……この光景が大丈夫に見えるなら、眼科の受診をお勧めしますよ~!!」


 ゆるふわ宏美にせっつかれ、仕方なく周りを見渡した郁人は、ゆるふわ宏美に呑気にそう言うのだが、そんな、郁人の腕を掴んで、必死に揺さぶって、ゆるふわ宏美は、信じられないとそう叫ぶのであった。


「ウラヤマシイナ……ヒロミチャン、アンナニ、イクトクントナカヨサソウニシテル……ホントウニ、ユルセナイ……フフフフ、ドウシヨウカナ……ドウスレバイイカナ?」

「り、梨緒さん!? こ、これは違うんですよ~!! い、郁人様に~、り、リレーに向けての抱負を言ってもらおうと思ってですね~!!」


 病んでいて、危険な思考に陥る梨緒に、必死に言い訳を述べるゆるふわ宏美なのであった。


「ていうかさ……正直、やっぱ……勝てねーって、朝宮も結局のとこ、覇道と足の速さ同じくらいだし、三橋さんも夜桜さんと同じくらいだろ……やっぱ、陸上部三人には無理くねーか」

「だよなぁ……マジで……あの練習なんだったんだろーな……やっぱ、練習サボればよかったぜ」

「……郁人様一生推しの私の前で……戦う前から、そんな弱気発言……許せません!! 死にますか? いえ、死んでくださいね」


 そして、購買で買ったパンを食べながら、そう弱気発言をする男子生徒二人に、お弁当のおかずのミートボールにフォークをザクリと突き刺して、ブチギレる郁人様親衛隊のおかっぱ娘の圧に、圧倒される男子二人なのであった。


 こんな感じで、リレーメンバーの居るテーブル席がどんどん険悪な雰囲気になっていく中で、郁人だけが、呑気に、お弁当を袋から出して、お弁当箱を開いて、美月の愛のお手製お弁当を食べようとするのであった。


「美月……お前……」


 お弁当箱の中には、郁人の好物のミニハンバーグとトンカツがおかずとして入っており、それを見た郁人は、感極まるのであった。そう、美月は、郁人とは敵同士で、あれだけ、郁人に勝つと意気込んでいても、郁人のお弁当にトンカツを入れて、さりげなく勝負に勝つとトンカツをかけた美月なのであった。


 郁人も頑張ってねという遠回しな美月の応援メッセージに気がつく郁人は、自然と頬が緩み、笑顔になるのであった。


「ヒロミチャン……ユルサナイ……ダイタイ、ナンデイツモイクトクントイッショニイルノ……ナンデ、ナンデ、ナンデナンデナンデ」

「り、梨緒さん~!! お、落ち着いてください~!! わ、わたしぃが郁人様と一緒に居るのは~、ファンクラブ会長だからですよ~!!」

「し、東雲……よ、弱音とかじゃなくて……事実って言うか……」

「そ、そうだぜ!! 朝宮だって、別にそこまで足早くなかったじゃねーか……勝てねーって、相手、陸上部男子エースが居るんだぜ……覇道と同じくらいじゃ……」

「また……郁人様一生推しの私の前で……もう許せません!! 私がここで介錯してあげます!! 二人とも覚悟はよろしいですね……そうですか…よろしいですか……では、私が地獄に送って差し上げます!!」


 どんどん、混沌としていく中央テーブル席で、唯一正常な郁人が、周りを見渡して、立ち上がるのである。


「みんな……少しいいか?」


 真剣な表情で、皆にそう声をかけると、口論をやめて、郁人の方を向くリレーメンバーなのである


「確かに、7組は陸上部がいて……タイムでは負けてるかもしれない……でも、練習通りに、前だけ見て、バトンを前の人に渡すことだけ考えて、全力で走ってくれれば、それで大丈夫だ……どれだけ差がついても、最後には必ず俺が、一番に1組のバトンをゴールに届けてみせる」


 そう自信満々に言い放つ郁人に、疑心暗鬼な表情の男子二人に、まだ、ハイライトオフの梨緒なのである。


「だいたい、梨緒はいつまでそうしてるんだ……今度は、ちゃんと、味方なんだから……一緒に頑張ろうな……」


 郁人は、病んでる梨緒のハイライトオフの瞳を真直ぐ見つめて、そう言い放つと、梨緒の瞳に光が戻るのである。


「東雲さんも……二人をあまり責めないでくれ……彼等も、本番になれば大丈夫だ……なぁ?」

「あ……ああ……いちよ……頑張るつもりではいるけど…」

「そう…だな……まぁ……やるしかねーよな」

「郁人様がそう仰るのなら……わかりました……もちろん、一生郁人様を推させていただきますね!!」


 そう言って、リレーメンバーまとめ上げた郁人の方を、感心と尊敬の眼差しで見つめるゆるふわ宏美の顔はどこか赤いのであった。


「じゃあ……みんな、ご飯食べて……気合入れて午後に臨もうか」


 そう言って、郁人は座ると、リレーメンバーはお昼ご飯を食べ始め、梨緒も普段通りの清楚モードに戻り、お弁当を食べ始めるのであった。


「さ、さすが郁人様ですね~!! 完璧にまとまりましたよ~!!」

「あ……そうだ……ほら、ゆるふわ……お前、また、コンビニのサンドイッチだけだろ……しかも、ミックスサンド……栄養偏るから、肉も食べないとなって思ってな」


 感動して、瞳をキラキラさせながらそう郁人を称えるゆるふわ宏美に、思い出したように、郁人は、小さなお弁当箱を取り出し、少し照れているゆるふわ宏美の前に置くと、ミニ弁当箱の蓋を開けるのであった。


 そこには、ミニハンバーグとトンカツが入っており、見た目は美月が郁人のために作ったお弁当のおかずと一緒なのであった。


「い、郁人様……こ、これは~?」


 ゆるふわ宏美は、ミニお弁当箱が開かれてから、冷や汗が止まらず、目を見開いてミニお弁当箱を凝視して、フルフルと震えながら、そうわかっているはずの事を、疑問として口にするゆるふわ宏美なのであった。


「何って……お前が、昼にサンドイッチしか食わないから、今日ぐらいはスタミナつけるために、俺が朝から余分に作ったんだよ……全く……そんなんだから、ゆるふわは小さいんだぞ……ほら、これ箸な……遠慮しないで食べていいからな……弁当箱は、そのまま返してくれればいいから」


 郁人はそう言うと、美月お手製のお弁当を美味しく食べ始めるのであった。しかし、言われた方のゆるふわ宏美は、ガタガタと恐怖で震えながら、悪魔の贈り物ともいえる郁人お手製のミニお弁当を見つめるのであった。


 郁人が良い雰囲気にしたリレーメンバーのテーブル席は、同じく郁人のせいで、また、最悪な雰囲気になるのであった。しかも、リレーメンバーのテーブル席だけではなく、周囲のテーブル席に座る郁人様ファンクラブ女子生徒達も、一斉にお喋りをやめて、黙っており、物凄く屋上全体の雰囲気が悪いのであった。


 ガタッ、ガタッ、と次から、次に女子生徒達が立ち上がり、ゆるふわ宏美を睨むのであった。


「宏美ちゃん……ねぇ……それは何かなぁ?」


 そして、またも、闇落ちした梨緒が、先ほどから、ゴゴゴゴゴッッーと闇のヤンデレオーラを放っており、口だけニッコリ開いて、ハイライトオフの瞳でゆるふわ宏美を見つめながら、そう尋ねるのであった。


「な、何って言われても~……わ、わたしぃも何が何やらでして~……」


 冷や汗ダラダラで、体操服の裾を両手で握り締めて、ガタガタ震えながらも恐怖に耐えるゆるふわ宏美は、必死にゆるふわ笑みを浮かべてそう誤魔化すのであった。


「……会長……やはり、一生郁人様推しとして……推しの在り方というものを……徹底的に教えて差し上げないといけません……そう言うことですから……会長……後でお時間よろしいですか?」


 ガタッと立ち上がり、郁人様親衛隊おかっぱ娘が、目を見開いて、怒りの視線でゆるふわ宏美を睨みながら、そう静かに言い放つと、ゆるふわ宏美は必死に視線を逸らして、体操服の裾を、さらに強く握り締めてガタガタ震えているのであった。


「そ、それは~、そのですね~……わ、わたしぃも忙しいといいますか~」

「大丈夫ですよ……会長のお仕事は全て、副会長の私がこなしますから、ご安心を……」

「ひ、ひぇ~、な、何ですか~!? む、無理ですよ~!! わ、わたしぃにしか出来ないこともあるんですよ~!!」


 必死、言い訳を考えるが何も思いつかなくて、忙しいアピールをするゆるふわ宏美の肩を背後から掴んで、ニッコリそう言うクラス委員長の副会長に、焦るゆるふわ宏美は、必死に逃げようとするのである。


「会長……ご安心を……もし、郁人様関係のことなら、私達、郁人様親衛隊の二人にお任せください」

「尊い郁人様のことは、任せていただき……会長は、推しとしてのマナーと言うものをしっかりと学んでいただきたいですわね」


 さらに背後から、郁人様親衛隊の二人にも退路を断たれ、ゆるふわ宏美は絶体絶命のピンチに陥り、潤んだ瞳で、郁人の方を見ると、呑気に美月お手製のお弁当を美味しそうに食べているのであった。


「郁人様!? こ、こんな大変なことになってるのに~、なんですか~!! 助けてくださいよ~!!」

「そうやってぇ……すぐに郁人君に助けを求めるのはぁ……宏美ちゃんの悪いとこだよねぇ……」


 ゆるふわ宏美が、隣の郁人に助けを求めた瞬間に、いつの間にか背後に回り込んだ梨緒に引きずられ、屋上の端に連れて行かれるゆるふわ宏美は、郁人様ファンクラブ幹部メンバーと屋上に居た女子生徒達に包囲されるのであった。


「……何やってるんだか……まぁ……どうでもいいか」


 その光景を静観していた郁人は、そうぼそりと呟くと、呑気に、美月お手製お弁当を食べるのであった。


「朝宮……やっぱ、お前……嫌いだぜ」

「マジで……許せねー!!」


 女子生徒達が郁人のことで大騒ぎしている光景に嫉妬する男子二人は、やはり、無自覚無頓着な郁人に対して、嫉妬と憎悪の視線を向けるのであった。







 その頃、美月も教室でお弁当を取り出し、食べようとしていたのだが、政宗が前の席に座って、ニコニコ、美月の机で頬杖をついて、美月の事を眺めているのであった。


「……覇道君……そこ……どいてくれないかな……ジッと見られていると、食べにくいというか……」

「気にすることはないさ……美月」

「気になるから、言ってるんだよ!! 本気で怒るよ!!」


 正直、早く郁人お手製のお弁当を食べて癒された美月なのに、自分の机に両手で頬杖をついている政宗の前でお弁当を開けたくない美月は、ブチギレるのである。


「俺に構わず、お弁当を食べてくれ……美月のお手製お弁当はいつも美味しそうだ」

「……」


 美月に鋭い目つきで睨まれても、全く効果のない政宗は、ニコニコのイケメンスマイルで、美月がお弁当を開けるのを待っているのであった。


「おい……政宗、いい加減にしろって……美月ちゃん…困ってるだろーが!!」

「また……浩二か……美月との昼のひと時を毎回邪魔して……はぁ~、まぁ、浩二……貴様がそうやって、俺の邪魔をしていられるのも、今のうちだけだ」


 いつも通り、美月に過度な接触をする政宗を引きはがしに来る浩二に、政宗は意味深な発言をしながら、頬杖をやめて、美月の机から、顔を離すのである。美月は、目の前に政宗の顔面がなくなって、ホッと胸を撫で下ろすのであった。


「……とりあえずよ……美月ちゃんから、離れて見守る……それが推しってもんだぜ……政宗」

「はぁ~、美月の幼馴染である俺と……ただの他人の君たちが同じだとでも? 一緒にしたいでくれないかい……浩二」

「……覇道君も他人なんだけど……」

「美月……何か言ったかい?」

「な、何にも言ってないよ!!」


 なんとか、政宗を説得して、嫌がる美月から引き離そうとする浩二に、政宗がいつも通り無敵の自称幼馴染論を展開しだして、ため息が漏れる美月と浩二なのであった。思わず、本音が口から零れる美月は、圧の放った笑顔で政宗に、そう言われ、気圧される美月なのである。


「な、永田君……その……」

「あ……ああ……いいぜ!! 美月ちゃん……ここは、僕に任せてくれて大丈夫だぜ!!」


 もはや、ここでは郁人お手製のお弁当は食べられないと、浩二に美月ちゃんファンクラブの部室を貸してもらおうと思った美月は、言い出しにくそうに、お願いしようと思ったら、浩二は全て察したのか、美月が言う前に、親指グッでOKサインを出して、そう言うのである。


「あ…ありがとう、永田君……じゃあ、私は行くね」


 美月は、嬉しそうな笑顔で、お弁当を持つと、そう浩二にお礼を言って、急いで教室から出て行くのであった。


「美月……どこに行くんだい!? どこかに行くなら俺も……」

「政宗は、教室に居ろって……美月ちゃんだって、一人になりたい時があるってもんだぜ!!」


 美月の後を追いかけようとした政宗の前に、立塞がる浩二なのである。


「浩二……本当に貴様という奴は……やはり、あの謝罪は口だけだったようだ……もう一度、貴様を地べたに這いずらせる必要がありそうだ」

「あれは…リレーの件だろ……今回のこととは無関係だぜ……それとも、政宗は結局、美月ちゃんにちょっかいかけたいだけなのかよ」


 怒りで顔を歪ませて、激しい憎悪の瞳で浩二を睨みつける政宗は、邪悪な口調でそう言い放つと、浩二も強面の顔で真っ向から対峙するのであった。


「美月を一人にさせる訳にはいかない……浩二…やはり、貴様も美月にとって、必要のない人間だ!!」

「それは、そうかもしれねーけど……政宗……じゃあ、お前はどうなんだよ……美月ちゃんにとって本当に必要な人間だって言えるのかよ!! 美月ちゃんがなんで、教室から出て行ったのかもわかんねーテメェーも、美月ちゃんにとって、必要だとは思わねーぜ!! 少しは冷静になれって……政宗……最近のテメェは少しおかしいぞ!!」


 浩二を押しのけて、そう浩二を罵倒しながら美月を追いかけようとする政宗を、真っ向から身体で止める浩二は、政宗を睨みながら、そう真正面から言い放つのである。


「浩二!! 貴様!! この俺が美月にとって不要だと!!」

「僕も……政宗……テメェも……きちんと美月ちゃんの口から……美月ちゃんの気持ちを聞いてはねーだろ……なら、僕も政宗も、本当に美月ちゃんにとって必要かはわかんねーぜ……だから、政宗……リレー……僕と交代しろ」


 激しく口論する政宗と浩二に、教室は緊迫感に包まれ、7組生徒達は、息を呑むのであった。そして、激しく激昂する政宗に、冷静に、冷酷にそう言い放つ浩二なのであった。


「浩二……貴様!! やはり、反省してないようだ……そう言う行動が……リレーの結果に…」

「政宗!! もうテメェの自分勝手な理屈は聞き飽きたぜ……そう言って、テメェは結局100m走で朝宮に負けたんだぜ……それが結果で全てだぜ!!」


 怒り狂う政宗に、浩二は残酷に現実をしっかり口にして突きつけるのである。


「あれは……朝宮が……美月を使って精神攻撃を…」

「じゃあ、テメェはまた……リレーでもそうやって負けるんじゃねーのかよ!! いいか!! 美月ちゃんは本気でリレーに勝ちたいって言ってるんだぜ!! 今、美月ちゃんに避けられてるテメェが、美月ちゃんにバトンを渡すのは得策じゃねーぜ……わかるだろ!! 政宗!!」

「避けられてなどいない!! 浩二…貴様が邪魔するから……」

「じゃあ……何で、美月ちゃん……教室から出て行ったんだよ!!」

「浩二……貴様が美月に」

「僕は何にも言ってねーだろ!! 美月ちゃんが自分で、教室から出て行っただろ!!」


 流石に、郁人に負けたという事実が政宗の勢いを弱らせ、しどろもどろにさせ、浩二は、容赦しないと怒鳴り追撃するのである。


「政宗……はっきり言うぜ……朝宮にあれだけ勝てるって余裕ぶって……結局負けてきて……言い訳して……美月ちゃんの前でヘラヘラしてる男に……美月ちゃんは任せられないぜ!!」

「浩二!!」

「言い返してくんじゃねーぞ!! 言い返せないだろ!! 全部本当のことだぜ……誰が、偉そうに余裕ぶって、勝つって言って負けてきた奴を信用するかよ!! テメェは朝宮に負けた……テメェにも言い分はあるだろうがよ……負けた事実は現実なんだぜ」

「……クッ!!」


 拳を震わせ、怒りに震える政宗に、正面から、お前は美月に相応しくないと言う浩二に、反論しようとするが、浩二の正論が、政宗に何も言わせないのであった。


「政宗……だから、僕と代われ……練習でも僕の方がスムーズにバトンを受け渡せていただろ……僕が嫌って言うなら……陸上部の服部に代われ……それなら、納得するだろ……服部の方が足も速いし……陸上部だから、美月ちゃんにスムーズにバトン渡してくれるだろーぜ!!」

「そ、それは……こ、浩二……俺に……頼む……俺にやらせてくれ!! 美月にバトンを受け渡す役目は……俺がやりたい!!」


 政宗は、俯き浩二の提案を、悔しそうに黙って聞いて、確かに、100m走で負けた自分が、陸上部エースの服部より早く走れる自信はないので、この提案に、何も反論できないのであった。


それでも、政宗は、美月にバトンを渡す役目は、自分がやりたいと、浩二にかすれた声で必死にお願いするのである。そんな、情けない政宗を真顔で見つめる浩二は、今までの仲が良かったこともあり、少し同情するのである。


「……政宗……テメェが……本気で……死ぬ気で走って……美月ちゃんにしっかりバトンを渡すって言うなら……僕は……政宗に任せようと思うぜ」

「浩二……ああ……約束しよう……必ず、美月にしっかりバトンを渡す……だから、リレーの順番はこのままにしてくれ」


 浩二は、真剣な瞳で訴える政宗に、心が動かされ、もう一度だけ政宗の事を信じてみようと思うのだった。


「わかったぜ……政宗……信じるぜ……今度こそ……頼んだぜ」

「浩二……ありがとう……必ず、美月に勝利をプレゼントして見せる!!」


 浩二は、真剣な表情でそう手を差し出すと、政宗は、その浩二の手を握り返し、真剣な表情で勝利宣言をするのであった。







 教室で浩二と政宗が、男の約束を交わしていことなど知らない美月は、駆け足で部室棟に移動してきて、美月ちゃんファンクラブ部室前の廊下に誰も居ないことを確認して、素早くファンクラブ部室の鍵を開けて、部室内に入って、内側から鍵をかけるのである。


 それは、まるで他の野生動物を警戒する小動物のごとく素早い動きなのであった。


 そして、素早く、近くの椅子に座って、机の上にお弁当を置く美月は、嬉しそうに、お弁当袋から、お弁当を取り出して、ワクワクとお弁当箱の蓋を開けるのであった。


「あ……郁人」


 美月がお弁当箱を開けると、そこには、おかずにミニハンバーグとトンカツが入っているのであった。それを見た美月は嬉しそうに右手で口元を押さえながら微笑むのである。


(郁人……あんなに、私に勝つって言っておいて……私のことも応援してくれるんだね……そう言うところが大好きなんだよね)


 おかずのトンカツを見て、郁人が遠回しに応援してくれたことを察した美月は、両手を合わせていただきますをして、美味しそうにトンカツを食べるのであった。


「あ……ひれだ」


 そして、一口食べて、すぐにヒレカツだったことが分かった美月は、さらに喜んで食べるのであった。







 そして、こちらは、屋上で現在大ピンチなゆるふわ宏美なのであった。屋上の端に追い込まれ、郁人様ファンクラブメンバーの女子生徒に包囲されているゆるふわ宏美は、今にも泣きだしそうなのを、体操服の裾を握り締めて必死に耐えて、恐怖で震えているのであった。


「まだ、やっているのか? 全く……昼休み終わるだろ」


 ゆるふわ宏美や梨緒達女子生徒が昼食そっちのけで、ゆるふわ宏美を包囲している様子を見て呆れる郁人は、そう独り言を呟くと、席から立ち上がるのである。


 そんな郁人を嫉妬の視線で見つめる男子生徒二人なのであった。


「おい……お前等……昼休み終わるから、遊んでないで、早く昼食済ませないとダメだろ……ゆるふわも、早く食べてしまわないと、俺がお弁当箱持って帰れないだろ」


 郁人がそう言いながら、ゆるふわ宏美を包囲する女子生徒達に近づくと、ゆるふわ宏美は、そんな郁人の声だけ聞こえてきて、余計なこと言わないでくださいよ~と心の中で叫ぶのであった。


 案の定、郁人様ファンクラブ女子生徒達の冷たい視線がゆるふわ宏美に向けられ、梨緒に至っては、今にも人を殺しそうな瞳で、見ているのであった。


「ま、待ってください~!! わ、わたしぃの言い分も聞いてくださいよ~!!」

「宏美ちゃん」

「り、梨緒さん~!?」


 このままでは、殺されてしまうと、必死に言い逃れをしようと叫ぶ涙目ゆるふわ宏美の目の前まで来て、ゆるふわ宏美の肩に手を当て清楚笑みを浮かべる梨緒に、うるうると潤んだ瞳で許してくださいよ~と視線で訴えるゆるふわ宏美なのであった。


「ギルティだねぇ…ひ、ろ、み、ちゃん」


 清楚笑みを浮かべていた梨緒の、うっすら開いた瞼から見える瞳のハイライトは、完全に消えており、そのまま、冷酷にそう言い放つ梨緒に、絶叫するゆるふわ宏美なのである。


 魔女裁判よろしく、ジリジリにじり寄られ、もう逃げ場がないゆるふわ宏美は、尻餅をついて、へたり込んで、恐怖で震えており、そんなゆるふわ宏美の様子を眺めていた郁人が頭を抱えるのであった。


「ほら、ゆるふわ揶揄ってないで……みんな、お昼食べような……時間なくなるから……な?」


 郁人がそう女子生徒達に近づいて、優しくそう言うと、すぐにファンクラブの女子生徒達は、般若から、乙女に変わり、ゆるふわ宏美の方から、郁人の方に向き直り、可愛くみんなで手をあげて返事をするのである。


「みんないい子だな……じゃあ、席に座ってご飯を食べような」


 郁人は、物凄く、ぎこちない笑みを浮かべながら、子供に言いつけるようにそう言って、ファンクラブの女子生徒達を席に戻らせるのであった。


「郁人様……ウチ、100m走感動しました!! リレーも応援してますから!! が、頑張ってください!!」

「頑張ってください!!」

「100m走格好良かったです!!」


 ファンクラブ幹部メンバー以外の女子生徒達がぞろぞろと自分達の席に戻る中、郁人に近づいてきて、話しかけてくる数名の女子生徒達は、目を輝かせながらそう応援と賛美の言葉を述べてくるので、戸惑う郁人なのである。


「えっと……君たちは……確か7組の……」

「「「はい!!」」」


 そう郁人が思い出したように言うと、嬉しそうに返事をする女子生徒達は、7組の白銀と白銀率いる郁人派のメンバー達なのであった。


「みんな白組でクラスも違うけど……俺なんか応援して大丈夫なのか?」

「勿論大丈夫ですよ~!! 郁人様を応援することが、郁人様ファンクラブナンバー一桁台の務めですから!!」

「そ……そうか…う、嬉しいよ……ありがとな」


 郁人が困ったようにそう疑問を口にすると、7組クラスカーストトップの白銀は滅茶苦茶前のめりになって、そう言い放つのであった。あまり白銀の勢いに気圧される郁人は、戸惑いながらも、苦笑いでお礼を口にするのであった。


「そ、そんな……と、当然の責務です!! で、では、郁人様……が、頑張ってください!!」

「「頑張ってください!!」」


 滅茶苦茶嬉しそうに顔を赤らめて、笑顔でそう言う7組クラスカーストトップの女王白銀と、その取り巻き達に、何とか笑顔を保つ郁人なのであった。


「白銀さん…よかったですね!!」

「ええ……なんせ、ウチは郁人様ファンクラブナンバー一桁台ですもの!! 当然のことなのよ~!!」


 取り巻きに称えられ、嬉しそうにそう言い放ちながら自分達のテーブル席に戻っていく白銀達を見送って、ほっとなる郁人は、未だに涙目で、座りこんで、必死に屋上の端の柵を両手で掴んでいやいやと首を振って、郁人様親衛隊に囲まれているゆるふわ宏美の方を見て、頭を抱えるのであった。


「ほら、梨緒達も、昼飯食わないと昼休み終わるから……席に戻ろうな」


 両手で柵を掴んで、ゆるふわ宏美に壁ドンならぬ、柵ドンして、圧をかける梨緒にそう声をかける郁人なのである。そんな、郁人の方を、ロボットのごとく顔だけ郁人の方を向いて、ハイライトオフの見開かれた瞳で、真顔の梨緒に見つめられ、背筋が寒くなる郁人なのであった。


「郁人君……世の中にはぁ……お昼ご飯よりも大事なことがあるんだよぉ……邪魔しないでくれいないかなぁ」

「そ……そうか……それなら…仕方ないか」

「し、仕方なくないですよ~!! 郁人様!! 見捨てないでください~!!」


 梨緒の圧に屈して、そう言って、この場を立ち去ろうとする郁人に、郁人様ファンクラブ幹部メンバーに囲まれているゆるふわ宏美が、郁人に見捨てられまいと、必死に大声で助けを求めるのであった。


「……そ、そうだな……というか……そもそも、なんで、ゆるふわ…責められてるんだ?」

「い、郁人様のせいですよね~!!」


 逃げようとしていた郁人が、ゆるふわ宏美の助けを求める声に、わずかな良心が揺さぶられ、しぶしぶ、振り返り、首をさすりながら、戻ってきて、真顔で疑問を口にする郁人に、ゆるふわ宏美が、信じられないという表情で怒りの声をあげるのであった。


「いやいや……俺は関係ないだろ…何が原因なんだ?」

「郁人様のお弁当の差し入れのせいですよ~!!」

「はぁ……そんなくだらないことで!?」


 ゆるふわ宏美に、事の真相を叫ばれて、驚き呆れ顔になる郁人は、郁人様ファンクラブ幹部メンバーを本当にと疑問の表情で見回すと、みんな気まずそうに視線を逸らすのであった。


「全く……食べたいなら、食べたいって言えばいいだろ……ゆるふわ、仕方ないから、梨緒達にも分けてやってくれ……これで問題ないだろ」


 全く、食い意地が張っているなと呆れる郁人は、そう言って、これで解決とばかりに、この場を立ち去るのだが、その郁人の発言を聞いていた、素直にテーブル席に戻って、座っていたファンクラブの女子生徒達が、再びガタッと立ち上がるのであった。


「……フフフ、宏美ちゃん……私達…オトモダチ……だよねぇ」

「会長……ここは、副会長である私を……労うべきではありませんか!?」

「会長……ここは、いつも郁人様を守っている私達に…」

「ですわね!! 尊い郁人様の手料理……会長わかっていますわよね?」

「会長!! 信じてます……一生郁人様推しの同志として……きっと、会長は私に恵んでくれますよね?」


 郁人の発言で、我こそはと、郁人のお弁当を恵んでもらおうと、乞食根性丸出しで、血走った瞳で、ゆるふわ宏美に圧をかけにいく郁人様ファンクラブ幹部メンバーに、再び別の意味でピンチになるゆるふわ宏美は、心の中で、郁人の事を恨むのであった。


「で、では~、み、皆さんで分けましょうね~」


 とりあえず、そう言って、この場を逃れようとするが、それに待ったをかけるのが、幹部メンバー以外のファンクラブの子達なのであった。


「会長!! 幹部メンバーだけで独占するのはいかがなものかと!!」

「そうだ!! そうだ!!」

「私達も!! 郁人様の手料理食べたい!!」

「そもそも、幹部メンバーは郁人様の手料理をすでに食べたことがあるとか!!」

「ずるい!! ずるい!!」


 再度ゆるふわ宏美の周りに集まってくるファンクラブの女子生徒達は、そう抗議の声をあげるのであった。これには、さすがのファンクラブ幹部メンバーも気圧されるが、ここで、負ける訳にはいかないと梨緒が口を開くのである。


「そうだねぇ……私も……みんなで食べた方が良いと思うんだけどねぇ……宏美ちゃんが私達で食べようって言うからぁ……ファンクラブ会長の決定ならぁ……仕方ないよねぇ」

「ですね!! 会長が我々にと言うので……悲しいですが、我々が頂くのがいいかと…」


 梨緒がそう申し訳なさそうに、ファンクラブの子達に言うと、それに乗るクラス委員長の副会長なのであった。そんな二人に、えっと戸惑うゆるふわ宏美なのであった。


「会長の決定は絶対ですから……仕方ありませんよね」

「ですわね……数に限りがありますし、尊い郁人様にご迷惑をかける訳にはいけませんわ」

「一生郁人様推しの同志である会長のご好意を無下にする訳にはいかないので…ここは仕方なく、会長の指示に従うしかありません!!」


 郁人様ファンクラブ親衛隊の三人娘も申し訳なさそうに、梨緒達に続き、そう発言すると、ファンクラブの子達のヘイトは、一気に会長であるゆるふわ宏美に向くのであった。


「じゃあ、仕方ないからぁ……私達は、席に戻って、分けようかぁ」

「ですね!!」


 そそくさとそう言って、郁人様ファンクラブ幹部メンバー達は、席に戻り、ゆるふわ宏美が郁人から、貰ったミニ弁当箱のおかずを分けだすのであった。そして、一人残されたゆるふわ宏美は、今度はファンクラブの女子生徒達に囲まれ、恨まれ、睨まれるのであった。


「わ、わたしぃは悪くないですよ~!! 彼女達が勝手にわたしぃに罪を擦り付けてきたんですよ~!! ちょ、ちょっと~、ま、待ってください~!! や、やめてください~!!」


 ファンクラブ女子生徒達に、恐ろしい形相で、にじり寄られて、悲鳴をあげるゆるふわ宏美を無視して、幹部メンバー達は、ゆるふわ宏美のミニ弁当箱のおかずを分けて美味しそうに食べ始めるのであった。


その光景を郁人は物凄く呆れた表情で眺めて、頭を抱えながら、再度ゆるふわ宏美の救出に向かうのであった。


「今度は、何でまた、みんなに包囲されてるんだ? ゆるふわ?」

「郁人様のせいですよ~!! みんな、郁人様の手料理が食べたいんですよ~!!」


 今にも断罪されそうなゆるふわ宏美に、女子生徒の壁の向こうから声をかける郁人に、泣き叫びながら、そう言っているゆるふわ宏美の発言に、マジか~と驚く郁人は、困ったと頭を掻くのであった。


「しょうがない……じゃあ、今度、何か作るか…いや……でも、この人数になると…」

「け、経費は~、部費でなんとかしますから~!! 人数の問題なら~、わたしぃも手伝いますから~!! 全部ファンクラブ主催で~、何とかしますから~!! 皆さんに、手料理を作ってあげてください~!! いくとさま~!!」


 さすが、この人数の料理を自分個人で作るのはちょっとと、悩む郁人の独り言が聞こえたゆるふわ宏美は、自分が助かるために、必死にそう叫ぶのであった。


「まぁ……そこまで言うなら……調理室とか借りて……何か作るか……でもな」

「み、みなさん~!! こ、今度ファンクラブ主催で~!! 郁人様の手料理を振舞いますから~!! ここは我慢してください~!!」


 郁人が悩みながらも、了承の方に傾いているので、会長権限で、開催を決定して、眼前に迫る郁人様ファンクラブ女子生徒達にそう宣言する必死なゆるふわ宏美に、今まで悪魔や鬼と化していた女子生徒達は、乙女に戻って、キャーキャーと喜びの声をあげるのであった。


 そして、ゾロゾロとまた、自分達のテーブル席に戻っていく女子生徒達を見て、ホッと胸を撫で下ろすと、安堵のため息をつくゆるふわ宏美なのであった。


「全く……仕方ないから、料理するが……さすがにこの人数となると……まぁ、何か考えとくか」

「あ、ありがとうございます~!! 郁人様~!! 助かりましたよ~!!」

「ゆるふわ……これは一つ貸しだからな」


 頭を掻きながら困った表情の郁人は溜息交じりに独り言を呟き、地面に座りこんで、涙目でお礼を言うゆるふわ宏美に手を差し伸べながら、優しい笑顔を浮かべてそう言い放つのであった。


「本当に助かりましたよ~!! ありがとうございます~!! このお返しは何か考えておきますね~!!」


 郁人の差し出した手を握って、立ち上がるゆるふわ宏美は、体操服についた汚れを可愛く叩いて、落としながら、涙目で赤くなった瞳で郁人を見上げながら、嬉しそうにそう言って、郁人と一緒にテーブル席に戻るのであった。


「さて、早くお昼済ませてしまおうな」

「ですね~……」


 郁人にそう言われて、ミニ弁当箱に残された、トンカツ一切れ半を食べて、美味しいと笑顔になって、大好きなサンドイッチを食べだすゆるふわ宏美は、助かってよかったと安堵して、お昼を食べ始めるのだが、缶コーヒーを手に取り、飲んだ瞬間に、ハッとある事に気がつくのである。


「え!? 思えばですけど~……い、郁人様……わ、わたしぃが郁人様に借り一つって~…お、おかしくないですか~!? も、もともと、郁人様のせいですよね~!!」


 目を見開き、驚き、ありえないという表情で、隣で美月のお手製のミニハンバーグを美味しそうに食べる郁人を見ながら、声をあげるゆるふわ宏美の方を向く郁人は、悪い笑顔でこう言い放つのであった。


「気がついたか……感の良いゆるふわだな……まぁ……でも、貸しは、貸しだからな……きちんと返せよ……ゆるふわ」


 イタズラに成功したと、ニヤッと笑う郁人にそう言われたゆるふわ宏美は、そのまま、真顔で郁人の方を見つめて、嵌められたと内心で悔しがって、怒るのであった。

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