第189話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲの主人公に勝ちたいのです。その34

 美月は、郁人の枕をギュっと抱きしめながら、郁人をジッと見つめていると、郁人が目を瞑り、何かを考えて、そして、目を開くと、美月の目を見つめてこう言うのである。


「美悠ちゃんが俺を慕っていてくれたことも、雅人が美月を慕ってたことは俺も知っていた……まぁ、それが恋愛感情かって言うのは……考えたことがないわけじゃないが……正直、こう言っちゃなんだが……俺にとってはどうでもいいことだった」


 美月は、驚きの表情を浮かべながら、郁人の話を聞くのである。いつも、美悠や雅人の事を気にかけて、子供の頃から、郁人は美悠や雅人の面倒を見ていたことを知っている美月からすると、衝撃的な事実なのである。


「美月……俺がどうして二人に優しくするか……優しくしていたか……知ってるか?」

「……ううん……知らない……知らないよ」


 美月は、絶対に自分には見せない郁人の怖い表情に魅せられ、郁人の事で、自分が知らないことがあることに、悲しみの表情を浮かべる美月は同時に、そのことを知りたいとも思うのである。だからこそ、郁人の自虐的な笑みをジッと見つめて郁人の言葉を待つのである。


「……美月に嫌われたくなかったからだ……な? 最悪の兄だろ? 俺は、美月に嫌われたくないから、美悠ちゃんに、雅人に優しくしてただけだ」


 美月にそう言った郁人の表情は、今は無表情で、美月ですら、郁人が何を思って、自分にそんなことを明かしてきたのか、わからないのである。


「子供の頃……物心つくときから、俺と美月は一緒に居たけど……そこには、俺には弟の雅人が……美月には……妹の美悠が居た」

「……そうだね」

「本当は、俺達は……子供の頃から、四人で居たんだ……俺と美月が二人きりだったのなんて、赤ん坊の時で……正直覚えてないだろ?」

「そう……だね……そっか……そうなんだね」


 美月は、郁人が何を言いたいのか、何を考えていたのか、その全てを察して、理解したのである。


「じゃあ、やっぱり私も、いい姉ではないよ……郁人と一緒だもん」

「そうか……美月もか……」


 美月は、郁人に微笑みながらそう言うと、郁人も微笑みながらそう返すのである。


 二人は、残酷な人間だ。子供の頃、二人とも大切な弟を、妹を、唯一無二の家族の事を邪魔と思ったことがあるのだ。二人で居たい郁人と美月にとって、弟も妹も、子供の頃は邪魔と思ったこともあり、そして、郁人と美月は、だからこそ、美悠と雅人が二人で居るように仕向けたことも何度もあった。


 そして、郁人も美月も、こう言ってきたのである。二人は子供の頃からずっと一緒だと、そこには、美悠も、雅人も、含まれてなどいないのである。郁人にとって、美月にとって、幼馴染は、郁人にとっては、美月だけで、美月にとっては郁人だけなのであった。


「雅人が美月の方を見るたびに、俺はあいつの邪魔をした……美月に話しかけようとしてたら、俺が優しい振りをして、美月と会話させないようにしてた」

「……郁人」


 郁人の懺悔のような告白を、ジッと見つめて聞く美月なのである。


「……美悠ちゃんが、俺の方を構って欲しそうに見るたびに、気がつかないふりをして、美月と遊んでいたんだ……最低だよな……でも、結局…美月に嫌われたくないから、最終的には、美悠ちゃんに構って、雅人が美月に話しかけれるようにもしたりしてさ」


 そう全てを告白した後、美月から視線を逸らして、顔を伏せる郁人に、美月も、握り締めた拳を胸元にもっていって、懺悔を始めるのである。


「……美悠が郁人の事を見るたびに、郁人に話しかけるたびに、私は郁人の腕を引っ張って、こっちを見てって……私を構ってって…美悠から、郁人を遠ざけてたよ……正直、私は雅人君の事は苦手だった……私は、口下手で……郁人と美悠以外と話すの苦手だったから、でも、郁人が……雅人君ともお話ししてあげてって言うから、無理に相手してたんだよ」

「……美月」


 悲しそうな笑みを浮かべながら、酷いよねと笑う美月の顔をジッと見つめる郁人なのである。


「…そうだよ……私も、郁人に嫌われたくないから、美悠に構う郁人に、本気で嫌って言えなかったし……嫌々……雅人君の相手をしていたんだよ」


 なぜか、忘れていた過去の事を、幼き幼稚園児だった時の事を思い出す美月は、本当に私は雅人君に嫌われる理由はあっても、好かれる理由なんてないだろうと思うのである。


「俺は、美悠ちゃんが告白してくるまで、雅人が俺に気持ちをぶつけてくるまでは、今まで通り振舞うつもりだ」

「……どうして?」

「……俺は美月以外を好きになる事はないからな……それを知ってしまったら、今まで通りの関係を続けるわけにはいかないだろ? 俺も、美月も今更、嫌な兄や姉にはなりたくないだろ?」

「……でも……そんなのは!!」

「できるさ……俺は……できる……見ないふりを、気がつかないふりをするのは……得意だからな」


 そんな、すべてを知っても、今まで通りの関係を続けるなんて、郁人の心が傷つくだけだと、そう言いたかったのだが、郁人に間髪入れずにそう言われて、目を見開いて何も言えなくなる美月なのである。


「俺は、美月に好かれる俺で居るために、今まで通り、いい兄を演じるし、美月に好かれる人間になれるように、美月の好きな俺であるように……だからこそ、美月には負けられない」

「……い、郁人!! 私は!!」

「俺は、美月に好かれる俺じゃなくてはならないんだ……そうじゃないと……俺達は……」

「私達は? 私達は何!? 郁人!!」

「すまん……なんでもない……大丈夫だ……何があっても、美月は大丈夫だからな」


 美月は、郁人に頭を撫でられながらそう言われて、すべてを悟ってしまったのである。なぜ、最近、昔の事を思い出すのか、なぜ、こんなにも、不安になるのか、ずっと、一緒に居られる時間が減ったからだと思っていた。


(ううん……違う……そう思おうとしていたんだ……はっきり、わかったよ……私は、やっぱり郁人に勝たないと、郁人に勝って、そして、謝ろう……そして、今度こそ、私が郁人の助けになるんだ)


「郁人……もしかして、また、あの時みたいなこと……しようとしてないよね?」

「……なんのことだ?」

「そっか……そうなんだね……だから、急に、昔の話をしたり…昔の事を今更、私に打ち明けるんだね……じゃあ、やっぱり、私が止めないと……ううん…私が止めるよ!! 絶対に!! 体育祭で私が勝って、証明する……私はあの時みたいに、弱くない!! 弱くなんかないんだよ!!」

「……美月……美月は、可愛いよな」

「え!?」


 郁人の頭なでなでを振り払い、すべて察して気がついた美月は、真剣な表情で、郁人と対峙して、そう宣言するのだが、郁人は微笑みながら、美月を褒めるのである。


「美月は……本当に可愛くて……俺なんかじゃ……本当は仲良く何てなれなかったかもしれない……美月と幼馴染じゃなければ……俺は、美月に好かれること何てなかっただろう」

「そ、そんなこと、それを言ったら…私だって……」

「でも、だからこそ、俺は美月に負ける訳にはいかない……美月に相応しい男になるためにも、そして……美月自身のためにも、俺は絶対に負けられない」


 郁人に想いをぶつけられ、美月は何も言えなくなるのである。でも、ここで、何も言わなかったら、あの時と同じように、あの時と同じになってしまうと、勇気を振り絞る美月なのである。


(一回だけで良い……郁人に……完璧幼馴染の郁人に……立ち向かう勇気を美月にください……神様……どうか、美月に勇気を……)


 あの時から、美月はずっと、郁人の背中を追いかけてきた。郁人は、美月に相応しい男になるために頑張ってきたかもしれないが、そんな彼の背中をずっと追いかけてきた美月なのである。


 日に日に、男らしくなる郁人のために、郁人に相応しい女性になれるように努力してきた美月なのである。だから、美月にとって、郁人はとても大きな存在なのである。そんな郁人に、正面から、宣戦布告をされて、すべての想いをぶつけられて、そこまでの愛情をぶつけられて、美月はこのまま、郁人に甘えれば、郁人に寄りかかっていれば、それで楽になれるかもしれないのに、それでも、勇気を出して、祈りを捧げて、郁人を睨みつけるのである。


「私も、郁人には負けられない!! 郁人……もし、私のために、悪になろうとか、嫌われ者を演じようとか思っているなら……絶対に止める!! 最初は、ただ、郁人に勝ちたいだけだったけど……そいう事なら、絶対に負けられないよ!! 今度こそ、私は、間違ったりしないから!!」

「……やっぱり、美月にはバレるか……じゃあ、はっきり言うな……あの時の事を俺は後悔してない……そして、今からの事も、絶対に後悔などしない……だって、美月は、あの時のことがあったから、今でも笑ていられる……そして、今度こそ、ずっと、美月が笑っていられるように……俺は美月の笑顔が大好きだからな」


 睨む美月に怯みもせず、笑顔でそう言って、美月の頭を撫でる郁人に、美月は、戦意を喪失してしまいそうになるが、必死に郁人の手を振り払うのである。


「ダメだよ!! そんなのダメ!! 絶対に!! 私だって…私だって郁人の笑顔が好きだもん!! だから、だから、絶対にダメなんだよ!!」


 小学校四年の時の郁人を、クラスのみんなにイジメられる郁人を思い出して、涙があふれ出る美月は、必死にそう言うが、郁人はそんな、美月を抱きしめながら、こう言うのである。


「美月が俺と一緒に居てくれれば……俺は笑っていられるよ」

「……い、郁人……わ、私は……私も……い、郁人と…・・ずっと一緒に……い

……居たいよ」


 郁人の言葉に、美月はそう言ってしまうのである。過去の過ちから、ずっと、一緒に居ると言えない美月は、そう言って誤魔化してしまうのである。


「そうか……美月……やっぱり、俺は、お前に勝つから……美月は、何も心配しなくていいからな……それと、雅人の家庭教師だが、美月は明日からは教えなくていいからな……二人とも俺がきっちり、面倒を見るから……後で、父さんと美里さんには俺から言っておくから」

「……い、郁人!?」


 一瞬だけ、寂しそうな表情を浮かべるが、すぐにいつも通りの笑顔でそう言うと、美月から離れて、床に座り、漫画の本を読みだす郁人に、呆然とする美月なのである。


「い、郁人……わ、私…」

「美月……まだ、時間あるし、ベッドで横になってて大丈夫だぞ……時間になったら、起こしてやるからな」

「え!? あ……うん」


 いきなり普段通りの振る舞いをする郁人に、戸惑う美月は、言われるままにベッドに横になるのである。そして、ずっと、不安な気持ちと罪悪感を感じながら、帰る時間まで、郁人の事をジッと見つめる美月なのであった。


 そして、郁人は何事もなかったかのように、優しく美月の家まで、送り届けて、美月家を訪ねると、母の美里に、家庭教師の件を相談するのである。


 最初は、渋っていた美月の母の美里も、郁人の必死の説得に折れて、家庭教師は郁人に全て任せることを約束するのであった。そんな、郁人を見て、またも、昔の事を思い出して、美月はやっぱり、私では郁人に勝てないと、どんなに頑張っても遠く及ばない存在だと、心が挫けそうになる美月なのであった。

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