第188話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲの主人公に勝ちたいのです。その33

 美月は、郁人の家に着くと、郁人の両親に挨拶して、郁人の部屋を寂しそうに通過して、雅人の部屋に行くのである。


「あ、姉貴!?」

「こんにちは…雅人君……じゃあ、さっそく勉強しようか」

「お、おう!!」


 美月は、笑顔を無理やり作ってそう言って、雅人の家庭教師を始めようとすると、郁人の弟の雅人は、顔を赤くして喜ぶのである。


 そして、雅人は美月に出された問題集を解き、美月は、その間、自分の勉強をしながら、雅人の勉強を見るのであった。その間、会話という会話はなく、それに耐えられなくなった雅人は、意を決して美月に声をかけるのである。


「あ、姉貴……あのさ…」

「何かな? わからないところでもあるのかな?」

「い、いや……そうじゃねーけど……あのさ」

「私語厳禁だよ……わからないことがあったら聞いてね」


 美月は、そう言って、ひたすら問題集を雅人に解かせて、詰まっていたり、聞かれたりしたら教えるスタイルで雅人に勉強を教えるのである。雅人としては、正直もっと、お話ししながら楽しく勉強をしたいのだが、美月は、ほとんど無言なのでる。


 それでも、シャーペンを口元にもっていって、悩みながら、自分の課題をしている美月を横目で見ているだけで、雅人は嬉しくなるのである。


「……雅人君、こっち見てないで、きちんと、問題解いてね」

「お……おう」


 美月は、そう笑顔で圧を放ちながら雅人にそう注意するのである。今までなら、この時間は、ずっと郁人の部屋でダラダラ過ごしていた美月は、正直内心では、早く郁人の部屋に行きたいのである。


 郁人は、美月の妹の美悠の事を可愛がっているので、家庭教師も苦痛ではないのかもしれないが、正直、美月は雅人とはそんなに仲良くないのである。雅人とそんなに会話をしたこともなく、二人きりで話題が続く訳がないのである。


「……」

「……」


 それでも、やはり美月を意識してしまう雅人はチラチラと美月を見て、顔を赤くしてしまうのである。美月は、そんな雅人の様子に気がついているのだが、正直、郁人以外に好かれても迷惑な美月なのである。


 子供の頃も、美月の両親も、郁人の両親も遅くまで仕事をしていた為、あの件があるまでは、両親が仕事から帰ってくるまで、四人で郁人の家で遊んでいたのである。しかし、基本的には、美月は郁人の傍を離れないし、美悠も郁人に懐いていた。その光景を雅人はどう思っていたのかは、雅人にしかわからないのである。


 そんな昔の事を思い出して、美月はある疑問をぶつけるのである。


「ねぇ……雅人君……子供の頃……よく、四人でこの家で私達の親が帰ってくるまで、一緒に遊んだよね」

「……そんなことも……あったか」

「……あの頃、私は郁人を誰にもとられたくなくて……あまりいいお姉さんではなかったと思うよ」


 突然、真剣な表情を浮かべた美月にそう言われて、雅人は顔を伏せるのである。


「そんなことはねぇって……姉貴は、俺にとっては、良い姉貴だ……兄貴よりは…ずっと…」

「郁人より? でも、郁人は、雅人君にも……美悠にも優しく接してたよ……私は、それが凄く嫌だったけどね」

「あ…姉貴!?」


 美月は、姉という立場から、仕方なく、美悠や雅人の面倒を見ていたことを告白するのである。その告白に驚きの声をあげる郁人の弟の雅人なのである。


「雅人君は…そんな私のどこが好きになったの?」

「……理由なんて……ねぇよ……ただ、俺は姉貴の事が好きなんだ」

「そっか……雅人君……じゃあ、勉強をしようか」

「お……おう」


 急にそう言って、笑顔で勉強を再開させる美月に、疑問顔の雅人なのである。


「でもね……さっきも言ったように、私は良い姉ではないよ……雅人君や美悠……それに私や郁人の親が何を考えて家庭教師なんてさせたかは、わからないけど、私は郁人以外を好きになる事はないよ……郁人以外に心を動かされることはないよ」

「……あ…姉貴!?」


 雅人は、いつも自分の前ではニコニコ笑顔の美月が、無表情でこちらを見ながら、冷たくそう言う姿に、恐怖を抱くのである。


「わかったら、雅人君……頑張って問題集を解こうね」


 そして、何事もなかったかのように、また、笑顔でそう言う美月に圧倒され、雅人は美月から出された問題集に集中するのであった。


 そして、何事もなく、夕方まで雅人の勉強を見た美月は、約束の時間の17時になると、きっちりと、その時間に終わりを告げて、雅人に別れの言葉を言って、すぐに郁人の部屋に向かうのである。


「姉貴……俺だって……昔から、姉貴の事が好きだったんだ……なんで、兄貴なんだよ」


 雅人は、そんな美月を見送り、閉まった扉を見つめながら、拳を握り締め、悔しさ全身を震わせて、そう独り言を零すのであった。







 美月は、やっと、長い家庭教師の時間が終わったと、郁人の部屋に入り、いつも通り、郁人のベッドにダイブして枕をギュっと抱きしめるのである。


(最近、本当に昔の事を思い出すよ……きっと、今の状況が……あの時と……ううん、大丈夫……だって、郁人と私は恋人同士なんだから……だから、後は、私が郁人に勝てば、そうすれば、私は一生郁人の隣に居られるんだ)


 美月は力強く郁人の枕を抱きしめながら、そんなことを考えていると、郁人が美悠の家庭教師を終えて、戻ってくるのであった。


「美月……寝てるのか?」

「……起きてるよ」


 ベッドでいつも通り、横になっている美月を見つけて、そう声をかける郁人に、不機嫌そうにそう答える美月なのである。


「そうか……家庭教師お疲れ様……美月……ほら、飲み物持ってきたぞ」

「……ありがと」


 郁人は家に帰って、すぐに美月と自分の分の飲み物を準備して、ウキウキ気分で自分の部屋に戻ってきたのだが、どうやら、美月はご機嫌斜めの様子に、困る郁人なのである。


「……郁人、そんなに美悠の家庭教師……楽しかったの!?」


 美月は、郁人の第一声で、すでに郁人の機嫌が良いことを感じ取り、不機嫌になったのである。


「まぁ、勉強を教えるのは、正直、楽しくはないが……あ……美悠ちゃんには内緒だぞ」

「……ふ~ん……どうしようかな…お母さんと美悠に、郁人が家庭教師の愚痴を言ってたよって言おうかな」

「おい…美月」


 郁人が頭を掻きながら、正直にそう言うと、美月は上機嫌にベッドから起き上がって、郁人に意地悪な笑みを浮かべながらそう言うのである。


「美月の方をどうなんだ? 家庭教師……嫌なんだろ?」

「……そうだね……嫌だよ……だって、土日はいつもなら、家庭教師やる時間は、郁人と一緒だったもん……嫌だよ」

「そっか……そうなんだな……今日、美里さんに、俺と美月二人で一緒に、雅人と美悠ちゃんの勉強を見るんじゃダメなのかって聞いたんだけどな」

「……ダメって言われたんでしょ」


 美月が、怒ったようにそう言うので、驚く郁人なのである。そして、郁人の方を真剣な表情で見つめる美月なのである。


「ねぇ、郁人……私は良い姉にはなれそうにないよ」

「……どういうことだ?」

「……郁人……私ね……雅人君に好きって告白されたの」


 郁人は、突然美月からそう言われて、目を見開いて驚くのである。そして、美月は、自虐的な笑みを浮かべながら、こう言うのである。


「そして、美悠はね……郁人……郁人の事が好きなんだよ」


 美月が自虐的な笑みを浮かべながら、妹の美悠の気持ちを郁人に言うと、郁人は、先ほどとは違い、視線を逸らして、怖い表情を浮かべているのであった。


「美月……今のは聞かなかったことにするからな」

「……郁人?」

「美月が良い姉じゃないか……じゃあ、俺は最悪の兄だな……美月……俺は、最悪の兄貴だよ」


 郁人もまた、美月と同じように自虐的な笑みを浮かべて、美月にそう言うのである。そんな、美月でも見たことのない郁人の表情から、視線を逸らすことができない美月は、ジッと郁人を見るのであった。

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