第19話ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインは、平和に登校できない。

 学校に向かう郁人と美月は、先ほどから、無言である。美月は、ニコニコ笑顔で、郁人はずっと険しい表情をしている。


(放課後楽しみだよ……フフフ、みんなどんな反応するのかな)

(しかし、逆ハーレムとはいえ、本命はいるはずだ…つまり、俺は、美月の本命を目指すってことでいいのか?)


 二人の勘違いはものすごい勢いで加速している。


 そんな中で、スマホがずっと振動していることに郁人は気がつく、スマホを取り出し、画面を見ると、着信細田 宏美とディスプレイに表示されている。郁人はげっそりする。無視しようかと思ったが、どうせ、出るまで掛け続けてくるだろうと思った郁人は、素直に通話に出ることにした。


「あぁ~!! 郁人様、やっと、連絡つきましたよ~!!」


 あまりの、声のボリュームのデカさに、郁人は、スマホを耳から遠ざける。美月が、郁人の方を見る。郁人の額に汗が流れる。


「…おい、声のボリュームを落とせ…とりあえず、なんの用だ?」


 郁人は美月に背を向け、ヒソヒソとスマホに話しかける。美月は、怪訝な表情で郁人を見ている。郁人はそんな美月の圧を背中で感じ取っていた。


「郁人様、今どこにいるんですか~?」

「今、学校に向かってるとこだが…」

「ほむ~、では、郁人様、校門でお会いしましょ~」

「おい…今は美月と一緒で……って、切りやがったな…」


 ゆるふわ宏美は言いたいことだけ言って、一方的に通話を切る。郁人はため息をつき、ハッとなり、美月の方を恐る恐る振り返る。


 ジト目の美月がそこにいた。ものすごく、疑惑の眼差しのジト目である。


「郁人……誰と話してたの?」

「あ……く、クラスメイトとだが」

「ふ~ん…そうなんだね……なんかね…可愛い声だったよね?」


 美月が拗ねている。その様子に郁人は、正直、可愛いと思ってしまった。しかし、すぐに我に返る郁人である。


「そ、そうだったか?」

「そうだよ」

「でも、俺は、美月の声の方が好きだけどな」

「え? そ…そうなんだね……ふ~ん、そうなんだね」


 郁人は、美月が宏美の声を褒めたが、郁人的には、全くうるさいだけの声だった。そのため、本心から、美月の声を好きだと伝える。美月は、郁人のその一言で、機嫌がよくなる。美月はチョロインだった。郁人は、美月の機嫌がよくなったことを疑問に感じるが、なんとか誤魔化せたと安堵するのである。


(あぶない…まさか、逆ハーの一員になると決意したその日に、美月に疑われるとは、あのゆるふわ…マジでゆるさないからな)

(フフフ、郁人が私の声が好きって言った…つまり、私が好き…つまり、私のことを愛してるってことだよね)


 そんなやり取りをしていると、後方から、男の声が聞こえてくる。美月の名前を呼んでいるようだ。


「美月ちゃん……探したぞ……今から、一緒に学校に行こうぜ!!」


 美月は、恐る恐る、声がした方を振り向くと、強面浩二が、こっちに走ってきていた。郁人は疑惑の表情を浮かべている。そんな郁人をみて、あわあわする美月である。


「ご、ごめんね…郁人……私、ちょっと、用事思い出したから、先に学校行ってるね!」

「お、おい、美月!」


 突然、全力ダッシュで駆け出していく美月を呼び止めようとした郁人だが、美月は、もの凄い速さで、この場を後にしていた。そして、美月を追いかける浩二である。


「あの、イケメン…美月の逆ハーの一人だな…後を追うか…」


 とりあえず、郁人も走って二人を追いかけることにした。






 郁人は、結構な速度で、学校に走って向かったが、結局美月は見つからなかった。仕方なく、スマホで美月に連絡を入れて、校門を抜けようとすると、結構の数の男子生徒達が、校門の外に立っていた。


 そして、校門を抜けると、今度は、何やら女子生徒の人だかりができている。郁人は、少し疑問に思ったが、そのまま教室に向かおうとすると、いきなり、腕をつかまれる。


「郁人様、お待ちしてましたよ~」


 ゆるふわ宏美である。あからさまに嫌な表情を浮かべる郁人である。ニコニコと宏美は、女子生徒達の群れに郁人を誘導しようとする。


「お…おい、お前…どこに連れて行く気だ?」

「昨日言ってたじゃないですか~、プレゼントボックス設置しますって~」

「は?」


 郁人と宏美が、女子生徒達に近づく、そんな二人の存在に気がつく女子生徒達は、自然と道をあける。まるで、訓練された軍隊のような速さと美しさで移動する女子生徒達であった。


「ああ、郁人様よ」

「本当に、今日もカッコイイよぉ」

「郁人様本当に尊い」

(え? 何これ? どういう状況なんだ?)


 混乱する郁人に、宏美がドヤ顔している。そして、一つの箱が設置されていた。


「すみません~、本日は郁人様へのファンレターや贈り物の受付を終了しますね~」


 そう言って、宏美は、箱を回収する。そして、ドヤ顔で郁人にその箱を渡す。郁人は、混乱したまま、とりあえず、その箱を受け取る。その光景に女子生徒達は、キャーキャーと歓喜の悲鳴を上げている。


「え? これどういうことなんだ?」

「フフフ~、褒めてくれてもいいんですよ~」


 混乱する郁人に、無い胸を張って、ドヤ顔しているゆるふわ宏美に、歓声を上げる女生徒達の姿はまさにカオスであった。






 美月は、走って浩二から逃走した。しかし、美月は、すぐに郁人も追って来るだろうと思った。


(ダメよ…美月……今、男子生徒と一緒に居るところなんて見られたら……郁人に婚約破棄されてしまうよ…それは絶対ダメだよ! なんとしても阻止しないとだよ!)


 美月の中では、完全に郁人と婚約が成立していた。絶対に、学校で男子生徒に揶揄われている姿を、郁人に知られたくはない美月なのである。


 美月はとりあえず、細道に入って、隠れてやり過ごすことにした。美月の走る速度だと、郁人には追い付かれてしまうからである。そして、案の定郁人が、物凄い速さで、走り去っていくのを細道の電柱に隠れていた美月は確認する。


「だ…大丈夫そうだね」

「美月ちゃん……やっと見つけたぜ」


 美月は、ビックとなって、恐る恐る後ろを振り返る。そこには浩二が立っていた。


「美月ちゃん…なんで、いつも逃げんの…まぁ、いいけどさ……でも、ほんと、ここで見つけれてよかったぜ」


 美月は無言で、浩二から逃げようとすると、浩二から腕をつかまれる。


「ちょ……放してよね!!」

「マジで、待ってくれって…美月ちゃん……マジで今校門から、学校に入ったらまずいんだって」


 必死に逃げようとする美月を、説得する浩二である。とりあえず、その必死さに、ため息をつきながらも、聞く耳を持ってあげることにした美月である。


「今校門で、美月ちゃんの登校待ちをしてる男子生徒が大勢いるんだ…しかも、上級生で、まだ、ファンクラブの管理下に置けてないから危ないんだって」

「……は?」


 美月は、浩二の言っている意味が理解できなかった。とりあえず、よくわかんないから、三行で説明してと思う美月である。


「とにかく、美月ちゃん…校門や裏門以外から、学校に入るルートあるから、美月ちゃんはお忍びで登校してもらうぜ」

「……は?」


 もはや、美月は全く浩二の言っていることを理解できないでいる。 ?マークを大量に頭上に浮かべる美月である。完全に困惑している。


「……とりあえず、美月ちゃん、このままだと、校門で上級生の男子生徒に囲まれる…そういう訳だぜ」

「えっと、つまり、どういうことよ?」

「とにかく、僕が安全に教室まで、美月ちゃんを連れて行くってこと」


 美月は、疑惑の視線を浩二に向ける。怪しいと思っている美月である。


「うん…よくわからないけど、わかったよ」

「さすが、美月ちゃん……わかってくれて、うれしいぜ」


 そう、言って油断した浩二の腕を振り払って、美月は逃げ出す。浩二の言うことが一つも理解できなかったからである。


「美月ちゃん…わかってくれたんじゃねーのかよ!」

「わかるわけないでしょ!! 怪しさしかないよ!!」


 美月は走って校門に向かう。そして、校門が見えると、大勢の男子生徒達が一斉に、美月を見つける。そして、一斉に美月の方に向かって走って来る。美月からしたら恐怖しか感じられない。


「な…なに? 何? なんなのよ?」


 混乱する美月は、180度回転して、その男子生徒達から逃げる。美月は走って逃げる。追われる美月を浩二がわき道から、こっちだと誘導する。美月はとりあえず、浩二のいる方に逃げて、隠れるのである。


 なんとか、男子生徒達を撒いた美月は、浩二に怒りの疑問をぶつける。


「ちょっと…どういうことよ?」

「だから、言ったじゃねーか……校門に行ったら危ないってさぁ」

「……」


 確かに、浩二の警告を無視したのは美月なので、何も言えなくなってしまう美月である。


「とりあえず、さっきも言ったけどさぁ、安全に校内に入れるルートがあるから、そこから、お忍びで美月ちゃんは登校した方がいいぜ」

「……」


 まだ、納得のいかない美月は、ムスッとした表情を浮かべるが、再度校門に突入して、男子生徒達の防衛網を突破する勇気は美月にはなかった。


 美月はため息をつきながら、浩二の誘導に従って、グラウンド脇のフェンスの穴から学校に入ることになったのである。


(私何でこんなところから、学校に入らないといけないのよ)


 ハイハイして、フェンスの穴を抜ける美月は、死んだ表情を浮かべている。先にフェンスの穴を抜けていた浩二は強面スマイルで美月に手を差し伸べる。


美月は、その手を睨んで、一人で立ち上がる。スカートをはたいて埃を落とす美月は、誇りまで落としてしまった気がするのである。


「あ……あと、美月ちゃん、昨日言っていたプレゼントボックスも設置しといたから、後で回収しにいかないとだぜ」


 強面スマイルでそう言い放つ浩二に、目を見開いて、こいつ本当に何言ってるのと固まる美月なのであった。

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