第11話ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインは、一緒にお昼ご飯を食べたい。

 本日から、早々に授業が行われ、休み時間のたびに、宏美と梨緒や、ほかの女子生徒たちに話しかけられて、結局、昼休みまで、美月に会うことができなかった郁人は、疲れ切っている。この状況を美月に見られてないことだけが救いだった。


 そして、あっという間に昼休みになった。本日の郁人の昼食は、美月お手製の手作り弁当である。高校の昼ご飯は、美月と郁人の交替で弁当を用意しようということになっていた。初日は、ジャンケンで勝った方が作ることになっていたため、負けた郁人は、次の日となった。


(初日の弁当は、俺が作ってやりたかった。そして、美月に褒められたかったな)


 郁人は、そんなことを考えながら、美月にスマホで連絡しようとする。一緒に昼ご飯を食べようと誘いの連絡をいれようと思ったのである。結局、休み時間に、会って話す約束をしていたが、その約束を結果的に破ってしまったため、郁人的にはかなり心にダメージを受けていた。


 しかし、やはりここで、郁人の本日の強敵であり、宿敵の二人が現れる。


「郁人君…その、お昼一緒に食べない?」

「郁人様~、本日は、抽選で選ばれた、生徒たちと一緒にお昼ご飯ですよ~」

「あ…すまない…俺には先約がいるんだが」


 二人は、満面な笑みを浮かべている。郁人も、その場を離れようとすると、宏美に腕をつかまれる。


「どこに行くんですか~? 郁人様、逃がしませんよ~」

「郁人君…私、一緒にお昼食べたいなぁ」


 梨緒は、完全にヤンデレモードに入っていた。宏美も、ものすごい力で郁人の腕を離さない。このゆるふわは、細いくせに意外と力が強いのであった。


「…よし、わかった…お前らが、そう来るなら、俺にも考えがある」


 郁人は、とりあえず、宏美から、腕を放してもらって、弁当を持ち、梨緒と宏美を交互に見る。そして、全力で、走り出した。もはや、逃げるしかないと思った郁人は、二人から逃げ出すことにしたのである。突然の出来事に、呆気にとられる二人だが、すぐさま郁人が逃げたことを理解する。


「郁人様!! 今度は絶対に逃がしませんよ~!!」

「郁人君? どこに行くの? お昼ご飯一緒に食べようよぉ!」


 宏美と、梨緒は、廊下を全総疾走して、逃げる郁人を、全力で追いかけるのであった。






 美月は、ため息をつきながら、自分で作った弁当を取り出し、スマホで郁人に、お昼一緒に食べようよと連絡をいれようとしていた。美月は、本日、休み時間のたびに、郁人に会いに行こうとしたものの、政宗や、浩二や、その他男子生徒に邪魔されて、全く身動きが取れなかった。


(ああ~、郁人に会いたいよ。今日…頑張って、お弁当作ったんだから、郁人に褒められたいよ。そ…それに、郁人が私を好きって…言ってくれたし…た、食べさせてあげたりとか…そ、それに…膝枕してあげたりとか…それに、それに)


 美月はスマホを、眺めながら顔を真っ赤にして、一人妄想している。もはや、休み時間に郁人に会えなかったことと、男子生徒たちの相手で、美月はストレスが溜まりすぎおかしくなっている。


「美月、お昼は、一緒に学食でも行かないか?」

「美月ちゃん、お昼は、抽選で選ばれた人たちと、一緒に食べることになったぜ」


 美月は、幸せ気分の妄想から、絶望の現実に引き戻される。目を見開いて、絶望の表情で、爽やか、イケメンスマイル政宗と、強面でも、優しいですよスマイルの浩二を睨みつける。そして、素早く立ち上がり、弁当を持ち、二人を交互に見て、美月は、素早く走り出す。


 美月は学んだのである。こいつらは話が通じないと、つまり逃げるしかないと、素早く、教室から出て、このイケメン二人を撒くために、全力疾走する美月を、二人は走って追いかける。


「美月? どうしたんだい? そんなに急いで」

「美月ちゃん、待ってくれって! マジで、みんな待ってるから!!」


 そんなことを言いながら、追ってくる二人を、美月は、全力で撒きにかかる。もはや、美月にとっては、死の鬼ごっこの始まりである。そう、捕まったら、郁人との、楽しいお昼ご飯タイムが迎えられないのである。


(今日、郁人と一緒に食べて、郁人に褒めてもらって、絶対にいい子いい子してもらうんだからね。絶対邪魔はさせないんだからね!)


 美月は必死であった。郁人に褒めてもらうためだけに、廊下を全力疾走するのだった。






 郁人は、走っていた。かなり目立ってしまったが、とりあえず、人気のない所に向かうために、非常階段を下りていた。さすがに、ここなら、気づかれないだろうと、思った郁人は、階段の踊り場で、足を止める。しかし、バタバタと足音が聞こえる。まずいと思った郁人だったが、階段を慌てて降りてきてるのは美月だった。


「あ…郁人……キャ!」


 郁人を、見つけて喜んだ美月は、足をもつれさせる。美月の身体が宙を舞う。郁人は、すかさず、落ちてくる美月を抱きかかえる。


「美月! 大丈夫か!? 怪我はないか?」


 美月は、郁人の胸の中にダイブしていた。そして、何を思ったのか美月は、郁人に抱き着いてしまった。完全に郁人の背中に手をまわして、抱き着く美月は、必死に深呼吸する。


(郁人だぁ! 郁人…ああ、いい匂いがする。郁人の匂いだよ)


「おい、美月…大丈夫か?」


 そう心配そうに声をかける郁人に、ハッと気がつく美月は、我に返った。そう、彼女は正気を取り戻したのである。とりあえず、美月は郁人の胸に顔を埋める。


(わ、わ、わ、私何やってるのよ! あわあわ、ど、どうしよう、抱き着いっちゃたよ。あ、あ、ど、どうしよ…と、とりあえず、誤魔化さないと…あ、でもいい匂いがするよ)


 めちゃくちゃ、テンパる美月だが、実際には、郁人も超テンパっている。


「お…おい…美月? だ、大丈夫なのか?」


 冷静になってくると、美月に抱き着かれているこの状況は、郁人的にかなり、まずい状況である。それなりにある美月の胸が、完全に郁人に押し付けられている。もはや、顔は真っ赤である。


(い、いかん。美月が危険な目にあったのに、ラ、ラッキースケベって本当にあるんだなんて、考えるな! 考えるな俺、純粋に、美月は怖がってるんだ! 静まれ、俺の邪念!!)


 美月は、恥ずかしさから身体がフルフル震える。どうしたらいいのか、わからずにテンパてる。しかし、まわした腕は、そのまま郁人を完全にホールドしていた。その行動に、郁人は純粋に美月が怖がっていると思い込んでいる。 


 美月が、抱き着いて、郁人の匂いをクンカクンカして、郁人成分を補給中ということなど、郁人には思いつきもしない。郁人は、優しく美月の頭をなでる。


「み、美月は俺が守るからな。あ、安心しろ」


 照れながらそういう郁人に、美月は超うれしくなって、郁人の顔を見ると、美月は、ハッとなって、正気に戻る。みるみる、顔が赤くなって、ついに美月も恥ずかしさが天元突破し、郁人から慌てて、離れる。


「ご…ごめんね。郁人!!」


 その行動に、郁人は衝撃を受ける。美月は、そんなに俺とくっついていたのが嫌だったのかと思ってしまったのである。


「あ…み、美月すまない。さっきのは、その美月を受け止めるため、しかたなくだな」


 郁人は、必死に弁明をする。その必死な弁明に美月は、衝撃を受ける。今の自分の行動を思い出し、まさか、郁人は、私に抱き着かれるのが嫌だったんじゃないかと思ったのである。


「あ…ほんと、ご、ごめんね。郁人……」


 二人の間に、沈黙が訪れるが、二人は当初の目的を思い出す。そう、この二人は、一緒に昼ご飯を食べるために、必死にここまで逃げてきたのである。


「あ…美月、その、なんだ、い、一緒にご飯食べないか?」

「う、うん。もちろん、いいよ! 今日のお弁当は結構自信作なんだよ」


 お互い、そう言いながら、見つめ合う。そして、場所を移動しようと、非常階段から、降りて、中庭にでる。二人は、ご飯を食べられるところを探していた。


 しかし、二人は一緒に、お昼ご飯を食べられることに、舞い上がって、重要なことを忘れていた。


「郁人様、探しましたよ~!!」

「美月ちゃん!! 探したぜ!!」


 そんな、男女の声が、二人に聞こえる。ゆるふわ宏美が後方から、強面浩二が、前方から、走ってきていた。郁人と美月は絶望の表情を浮かべ、しかし、ここで、捕まるわけにはいかなかった。お互いが、お互いに迷惑をかけると思ったからだ。


「す、すまない! 美月、ちょっと、俺、走って来る!!」

「え? 郁人、ちょっと、どこ行くの? って、まずい、私も逃げないと」


 郁人は、浩二が向かってくる方に、美月は、宏美が向かってくる方に、逃げ出した。しかし、この後、郁人は宏美に、美月は浩二に、捕まってしまうのだった。

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