第8話ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインは、勘違いするものである。

 日付は変わり、朝を迎える。郁人と美月は、げっそりとした顔で、学校に向かうために家から出てくる。二人して、昨日の出来事がショックすぎて、あまり眠れなかったのが原因である。


「美月…体調悪そうだけど大丈夫か?」

「郁人こそ…体調悪そうだけど、大丈夫?」


 二人して、相手が元気がないことに気がつき、お互い心配し合っている。お互いが、同じことで落ち込み、夜に悩みすぎて、あまり眠れなかったという事実を、二人は知らない。二人は、元気がないままに、学校まで向かって、歩き出すが二人の足取りは重かった。


(美月にとっては、二人でいることって、普通なんだよな。だから、一緒にいたいっていうのも、幼馴染としてってことだよな)

(郁人は、私といるのが普通なんだよね。一緒にいたいって、言ってくれたのも、普通に幼馴染としてってことなんだよね)


 二人して、勘違いのすれ違いをして、勝手に落ち込んでいる。そして、お互いを見て、ため息をつくのである。この二人は、鈍感キングとクイーンなのである。どう考えても、両想いであるのに、そこに全く気付かないポンコツである。


「美月…その、本当に大丈夫か?」

「郁人こそ、元気なさそうだけど…大丈夫なの?」


 ため息をついて、元気がないお互いを、お互いが心配しあう状況は、まさに負の連鎖である。しかし、落ち込んでばかりもいられない。郁人は意を決して、美月にアタックを仕掛けることにする。


「美月、昨日のことだけどな…あれは、本当に・・・・・・面白かった」

「え? 面白かった? え?」


 美月は、郁人の発言に混乱する。郁人は、昨日の出来事を思い出していた。幼馴染モノのラブコメを読んでいて、それを見た(見てない)美月が照れていたことを思い出したのである。遠回しに、幼馴染が大好きだと、伝えたいと思った結果がこの発言だった。


(あれって、なんだろう? あれ? まさか!? いつも通りの郁人の行動に照れまくっていた私が面白かったってこと?)


 美月は目と口をあけて、驚愕の表情で郁人を見る。そんな美月の表情を見て、郁人は、完璧に自分の意図が伝わったと思った。実際は全く伝わっていないのだが、郁人は小さくガッツポーズをしている。対して、美月は完全に落ち込んでいた。


(だめだよ! 完全に郁人に、私が郁人の事を好きだってことが伝わってないよ!!)


 愕然としている美月だったが、ふと昨日の出来事を思い出す。それは、美月が幼馴染モノのラブコメ漫画を読んでいたことである。そして、郁人はそのこと知っている(知らない)だから、美月は、幼馴染モノが大好きな私は、郁人のことが大好きだよ作戦を決行する。


「郁人…昨日のだけど、その…私は…面白かったよ」

「え? 昨日の? なんだ?」


 今度は、美月の発言に混乱する郁人は、昨日の出来事を思い出す。完全にいつも通り(郁人の中では)の美月に照れたり、取り乱したりしていた、みっともない自分の姿が浮かぶ。


(しまった。いつも通りの美月に、取り乱していた俺が、面白かったってことだよな)


 今度は、郁人が目を見開いて、絶望の表情で美月を見る。そんな、郁人の表情を見て、美月は、完璧に自分の意図は伝わったと、喜んでいる。実際には全く伝わっていないのに、美月は小さくガッツポーズをしている。


(いや、でも、少なくとも、俺の意図は伝わったはず、昨日の失態は、挽回できるはずだ)

(今ので、昨日の失態はチャラになったはずだよね。さすが私、完璧ね)


 もはや、全く意図が伝わってないのだが、お互いに今ので、自分の気持ちを伝えた気になっていた。美月に至っては、ドヤ顔である。


 そんなやり取りを、学校に向かって歩きながらしていると、女性の甲高い声が聞こえる。郁人は嫌な予感がする。なぜなら、自分の名前が聞こえるからである。


「郁人様~、探しましたよ~」


 ゆるふわ宏美が、ニコニコと横断歩道の向こうから手を振っている。美月が、疑問顔で郁人の方を見る。郁人は内心まずいと思った。そして、そんなことを思っていると、今度は男の叫びが聞こえる。美月は、いやな予感がした。なぜなら、自分の名前が聞こえるからである。


「美月ちゃん! マジで探してたぜ!」


 強面の浩二が、宏美と同じく、横断歩道の向こうから、叫んでいる。郁人が、疑問顔で美月の方を見る。美月は内心焦りまくっていた。お互い冷や汗をかきながら、やばい、やばいと顔が訴えている。


「わ、悪い美月、俺ちょっと、走って、遠回りしながら、学校に向かいたくなったから」

「あ…郁人…奇遇ね。私も、ちょっと走って、遠回りして、学校行こうかなって」


 二人は、そういうと、逃げるように走り出した。信号待ちで足止めをくらって、動けない宏美と浩二は叫んでいる。


「郁人様~! 逃がしませんよ~!!」

「美月ちゃん! 待ってくれよ!」


 二人とも、その声を無視して、走り去る。そして、二人の中に疑問が生まれる。そう、さっきの人物は、何者だという事である。


(さっき、確かに、美月は男に声をかけられていた。しかも、美月は焦っていた。ま、まさか…美月の彼氏とか? 俺に内緒で付き合っていて、俺にばれそうだから、逃げてきたとか?)

(え? あの子誰だろう? 郁人のことを呼んでたよね? ま、まさか、郁人の彼女とか? だって、郁人、ものすごく焦ってたよね? 私に隠して付き合っているとか? う、嘘だよね。だから、ばれたくなくて逃げたのかな?)


 ある程度、距離を稼いだ後に、二人の足が、同時に止まり、お互い、泣きそうな顔で見つめ合う。内心は超ショックである。お互いに気まずい空気が流れる。


「あ…美月…さっきの男だけど」

「あの…郁人…あの女の子って」


 お互い同時に、疑問をぶつける。お互いそれを聞いて、焦りだす。そして、その行動が、お互いの不安を募らせる。負のスパイラルである。


「美月あのさ、あの男とどういう関係なんだ?」

「郁人こそ、さっきの女の子とは、どういう関係なのよ?」


 お互い、落ち込んでいたが、次第に、嫉妬心から、怒りがこみあげてきて、強い口調での追求となる。そして、二人で怒った顔で見つめ合う。そして、二人はしばらく、見つめ合うと、ハッと衝撃的な事実に気がつく。


(まさか、美月に、あの、ゆるふわと付き合ってると思われてるんじゃ?)

(もしかして、郁人に勘違いされたんじゃ…あの強面と付き合ってると思われてる?)


 お互い、これはまずいと思った。普段は、鈍くて、勘違いの多い二人の考えが、見事真実にたどりついた瞬間である。


「あの…美月、さっきの子は、クラスメイトなんだが…ちょっと、苦手な子で…その、あんまり関わりたくないから、逃げてしまったんだ」


 郁人は、かなり濁しながら、美月に必死に弁明する。そんな郁人の弁明を受けて、美月は少し安堵するのだった。


「あの…私も、その、さっきの人のこと、その苦手で、あまり関わりたくなくて…逃げたの」


 今度は、美月が必死に弁明する。やはり、内容はかなり濁している。そんな美月の弁明を受けて、郁人も少し安心する。しかし、美月がまだ疑惑の表情で、郁人の方を見ていることに、気がついた郁人は、気持ちを伝えるしかないと決意した。


「美月…俺は、美月のことが好きだから、信じてくれ」


 郁人は、勢いに任せて、衝撃的な発言をする。美月は顔を真っ赤にする。そして、顔を真っ赤にして、俯くと、美月もさらに顔を赤くして、気持ちを伝えるしかないと郁人の顔をまっすぐ見つめる。


「わ、私も…郁人のこと大好きだからね。その信じてほしいの」


 今度は、その発言に郁人が顔を赤く染める。お互い、サッと顔を背ける。そして、お互い、これは完全に両想いと確信した。二人して、ガッツポーズで勝利宣言している。今度は、最高に上機嫌になって、二人して、いつの間にか学校に向けて歩き出すのであった。






 学校に着いた二人だったが、先ほどのことで、お互いを意識しあっていた。お互いが、お互いの顔をうかがっては、視線が合うと逸らすということを何度も繰り返している。


 しかし、校門を抜けると、やたら、生徒の視線を感じる郁人と美月である。二人で居心地が悪くなる。


「その、なんか見られてないか? 俺達」

「そ、そうだね」


 二人で、いやな予感がする。昨日の出来事を思い出したからである。


(まさか、昨日のせいで、注目されてるのか? 悪い意味で目立ってしまってる。これは完全に美月に迷惑かけてるな)

(これって、あれだよね。昨日の出来事のせいで、私が悪目立ちしてるのかも、郁人に迷惑かけちゃってるよ)


 お互い、早足になって、下駄箱に向かう。めちゃくちゃ注目されてる二人は、お互いが、自分が原因と思い込み、申し訳なくなる。そして、二人して、怒りがこみあげてくる。


(あの、ゆるふわ、マジで許さないからな)

(あの、強面男子、絶対許さないだからね…覚悟してなさいよ)


 そんなことを考えながら、下駄箱につくと、お互い靴を履き替えようとする。そして、バサバサと複数の紙が、雪崩のごとく床に落ちる音がした。郁人と美月は、何が起こったのか理解できなかった。そして、お互いの方を向くと、ラブレターが大量に、靴箱から、雪崩のごとくあふれて、呆然としている姿がお互いの瞳に映る。


(美月…やっぱり、モテるんだな。やはり、全力でアタックしていかないとまずいな。しかし、あの、ゆるふわ…マジでいたずらにしては、やりすぎだろ。この量は)

(郁人…やっぱり、超モテてるよ! まずい、まずいよ。本気でアタックしていかないと、郁人は絶対渡さないんだから、しかし、あの強面野郎、本当に悪戯にしては、やりすぎでしょ、加減を知らないやつね)


 二人は、急いで、悪戯と思い込んでるラブレターをカバンに突っ込んで隠す。そして、二人で互いを見て、苦笑いを浮かべる。そして、内心超焦っている二人は、お互いの顔色を窺いながら、教室に向かうのであった。

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