第5話ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインはアピールに失敗している。
最悪の高校初日となった郁人は、ホームルームを終え、速攻で教室から、脱兎のごとく逃げ去る。宏美や美緒や女子生徒の声が聞こえるが完全無視である。とにかく、素早く下駄箱に向かう。
(美月には、後で連絡して、外で合流するとしよう)
素早く靴を履き替えながら、そんなことを考えていた郁人だが、後ろ方からバタバタと、走ってくる足音が聞こえてきたため、まずいと思った郁人は素早く逃げようとする。
「ちょっと、郁人待って」
「美月か? すまない。すぐに外に出ないとまずいんだ」
「え? そうなの? ごめん。私もなの」
バタバタと階段を急いで降りてくる美月は、郁人のいる下駄箱に走って来る。美月も素早く靴を履き替える。そんな美月を、郁人は仕方なく待っている。
「すまない。美月、俺はすぐにここから、離れないといけないんだ」
「私も、すぐにここから離れたいから、大丈夫だよ」
そんな会話をしていると、バタバタと階段から、足音が複数聞こえてくる。郁人と美月は、その足跡にビクッと身体が反応する。
「郁人様、逃がしませんよ~!」
「美月ちゃん、マジ少しでいいから残ってくれー!」
そんな声が聞こえてくる。郁人と美月は、内心やばいと思った。二人は同時に走って逃亡する。もの凄い速さで、校門をくぐって、二人はしばらく並んで走るのであった。
ある程度、高校から距離が離れたところで、足を止める。二人で、ぜぇぜぇ、言いながら息を整える。
「さすがにもう大丈夫だろう・・・・・・美月、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、だ…大丈夫…」
美月は胸に手を当てながら、肩で息をしている。郁人は、美月の肩に手を添えて、心配そうに支える。
「郁人、ごめん・・・・・・ありがとう」
「ごめんな。もう少し速度落とせばよかったな」
「ううん、大丈夫、郁人が私に気を遣って走ってくれてたのは、わかってるから」
美月は、郁人が全力で走ったら、自分では、追いつけないことを知っている。だから、自分に合わせて走ってくれていたんだと理解している。
「それにしても、美月はどうして、そんなに焦っていたんだ?」
「ふぅ、ふぅ、郁人こそどうしたの?」
お互いが疑問をぶつけ合うと、お互いなんとも言えない表情をする。
(いや、言える訳ないだろ・・・・・・女子生徒に追われたから逃げてきたなんて、しかも、謎の握手会をさせられそうになったなんて)
(言える訳ないよね。男子生徒から逃げてきたなんて、しかも、謎のお話し会をさせられそうになったなんて)
郁人と美月は、お互い同じタイミングでため息をつく。美月も息を整え終わったのか、郁人から離れようとする。そして、思い出す。二人の距離を、お互いの目が合うと、二人で顔を赤くする。
「美月・・・・・・わるい」
「ううん。大丈夫だよ。その、ありがとう郁人」
そして、なんとも言えない距離感が二人の間にできる。郁人は頬を掻き、美月はモジモジしている。二人して照れているのである。
「あ・・・・・・そういえば、美月、誰かに呼ばれてなかったか?」
郁人のその発言に、美月の身体がビックっとなる。美月の表情がみるみる、青くなる。
「それは・・・・・・なんでもなくって、うん。なんでもないの、なんでも」
「そ・・・・・・そうか」
あからさまに、挙動不審になる美月に対して、これ以上は詮索しないでおこうと、郁人は思った。
「そ、そういえば、郁人も誰かに呼ばれてなかった?」
美月も、思い出したようにそんなことを言うと、今度は、郁人の顔がみるみる青くなる。
「いや、あれは・・・・・・とくになんでもないんだ。うん、なんでもな」
「え・・・・・・そうなんだ」
今度は、郁人が挙動不審になる。美月も、これ以上の詮索はしないでおこうと思った。そして、お互いの目があうと、二人は悟ったのである。これは深く追求してはいけないであろうと、二人の間に沈黙が訪れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「と、とりあえず、家に帰るか」
「う、うん、そうだね。今日は疲れたしね」
「そうだな。俺も疲れたよ」
「そうなの? ふふ、一緒だね」
そんな会話をすると、いつの間にか二人で笑顔になる。ひとまず、学校での出来事は忘れて、二人は自分達の家に向かって歩き出すのであった。
そして、お互いの家につく。郁人と美月の家は、一軒家の隣同士である。二人は、お互いの家の前で、足を止める。
「じゃあ、後でそっち行くね」
「ああ、わかった。また後でな」
そう言って、お互い手を振って別れる。美月は自分の家に入ると上機嫌になった。それはなぜか? 簡単である。朝の郁人の可愛い発言を思い出し、上機嫌になったのである。そんな姿を、リビングにいた妹に見られる。
「お姉ちゃん上機嫌だね。お兄ちゃんと同じクラスになれたんだ?」
美月の妹の美悠は、リビングのソファーに、寝転がって、棒アイスを食べながら何気なく言うと、美月の表情がみるみる絶望へと染まる。口を開き、目を見開いて、美月は美悠を見つめる。
「え? 何お姉ちゃん? どうしたの? 怖いよ」
「…郁人とは、別のクラスになったのよね」
「え? じゃあ、なんで、そんなに機嫌よかったの?」
美悠は、寝転がっていたソファーから起き上がり、美月の方に向き直って、そう尋ねると、美月は思い出したように上機嫌に戻る。完全に情緒不安定であった。
「だって、朝ね。郁人が私のこと可愛いって言ってくれたのよ!」
「あ・・・・・・うん。そうなんだね。よかったね」
美悠は一気に話題への興味をなくして、ソファーに寝転がりなおす。完全にどうでもいいですモードに入ってテレビを眺める。
「ちょっとは、興味持って、後、美悠は制服のまま、ソファーで寝転がらないのよ」
「はぁ~、お姉ちゃんは相変わらずうるさいな~。あと、その話題は、興味ない」
「なんでよ! 郁人が私に可愛いって、言ってくれたのよ。そして私は、郁人にカッコイイって言い返したの・・・・・・これって、完全に愛の告白だよね? そうだよね?」
美月は美悠に詰め寄って、そうまくし立てる。美悠は、心底どうでもいいという表情をして、完全に呆れモードに入っている。
「はぁ、お姉ちゃん。よく思い出してみて、お兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと、しょっちゅう、可愛いって言ってるし、お姉ちゃんも、しょっちゅう、お兄ちゃんのことカッコいいって言ってるでしょ」
美悠は呆れながらそう言い放つ。美月はよく思い出す。そして、心当たりがあった。確かに、今日から、郁人にアピールすることばかり考えていたが、よく思い出せば、お互いしょっちゅう、そんなことを言い合っていた気がするのである。
「え? じゃあ、あれは別に郁人的には、普通通りってことで、私の発言も、郁人的には普段通りの発言ってこと?」
「よくわかんないけど、そうなんじゃない?」
完全に、その話題の興味を失った美悠は、詰め寄ってきた、美月を払いのけて、再度寝転がって、テレビを眺めだす。そして、美月は呆然と立ち尽くす。
(嘘でしょ? じゃあ、今日って完全に悪夢の一日だっただけじゃない!)
美月は、衝撃的な事実を目の当たりにして呆然とするのだった。
「はぁ~、あ、美悠、今日これから、郁人の家に行ってくるね。夕ご飯の準備までには帰ってくるね」
「今日って、今日もでしょ・・・・・・お姉ちゃん、お兄ちゃんの家に行かないことの方が珍しいでしょ」
「え? そうだっけ?」
美月はそんな事を言い残し、リビングを後にして自分の部屋に向かうのだった。
そのころ、郁人もまた、家に入り、リビングの床に制服のまま寝転がって、ゲームをしている弟の雅人を見つける。
「雅人、とりあえず、着替えろよ。あと、美月が今日来るからな」
「今日来るっていうか、毎日来てるだろ姉貴」
郁人のその発言に、突っ込みを入れる雅人だったが、そうだったか? と疑問を浮かべている郁人だった。
「とりあえず、着替えてこい雅人」
「別にいいだろ、姉貴どうせ、すぐ兄貴の部屋行くんだし」
「そういう問題じゃないだろ」
「・・・・・・兄貴そういえば、姉貴と同じクラスになれたのか?」
郁人の注意から、話題をそらすための雅人の発言を受けて、みるみると郁人の表情が険しくなる。その表情を見て、全てを悟った雅人は、ゲームを一時中断する。
「まぁ、美月とは違うクラスになってしまったが、まぁ、でも、今日は美月に可愛いって、伝えられたしな。美月も、俺が美月に好意を持ってると感じてくれただろう」
「兄貴、急に何の話かわかんねーけど、それ意味ないだろ?」
「なんでだ?」
「だって、兄貴、姉貴にしょっちゅう可愛いって言ってるだろ?」
「なん……だと!?」
驚愕の表情を浮かべる郁人に、雅人は呆れた表情を浮かべる。雅人はすでに、ゲームを再開し始める。
「待て、雅人、でも、美月も俺の事を、カッコイイと言ってくれたんだ! これは、美月も、俺の事を意識してくれたんじゃないのか?」
「いや、姉貴も、いつも兄貴の事カッコイイって、言ってるだろ・・・・・・呆れるくらい」
郁人は、思い出す。よく思い出すと、言っていた気もする。確かに、高校に入って、美月にアピールすることばかり考えていたが、確かに、よく美月には可愛いと言っていた気がするし、美月も、俺の事をカッコイイと言ってくれていた気がする。
「そうか・・・・・・つまり、今日の一日は無意味だったということか」
「よくわかんねーけど、そうなんじゃねーの」
完全にこの話題の興味を失った雅人は、ゲームに集中して、適当に返事をかえしている。
「・・・・・・俺は、部屋に行くからな。雅人、ちゃんと着替えろよ」
「へいへい」
郁人は、落ち込みながら、自分の部屋に向かう。そんな郁人を完全に無視してゲームに没頭する雅人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます