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シャケのペンダント見えなくなったら少し落ち着いた気がして。


「コレもオマエにやるよ」


ただグルグル巻きにしてた蒼い千鳥格子のマフラーををまた乱暴に取り払うように一旦外して。


縦半分に折って、小野の首に一回りさせるように巻いてから、前で交差させてひとつ緩く結ぶ。


「――」


小野は黙ってうつむいたままその場に突っ立ってる。


結び目を後ろに回して、肩や襟元を形よくボリュームが出るように整えてやって。


「バック巻きだ。基本の巻き方だから憶えておけ」


ぽんぽん、とマフラーの襟元に手を乗せてから。


「――またな?」


見送り此処でいいから、ってそのまま階段を降り始めたら。


「たけにー!!」


階段を駆け下りてきた小野に、後ろから右の袖を掴まれた。


「オイ小野、あぶないだろ…――っ!?」


70段以上階段墜ちなんてしたら流石に生きてねえだろ、ってコトばっかり考えて、狭い幅の階段でバランスとるのに必死で全然それ以外の事ノーマークだった。


怖がる俺に構わずぎゅ、と飛びつくように首に抱きついてきた小野に。


「Je pense a toi…」


意味は解らないけれど、どうもフランス語らしい響きの言葉が吐息とともに囁かれた。


台詞の後は右の耳に温んで潤ったものが押し付けられて。


またエライ勢いで飛び退るように離れた小野は、俺のこと置き去りにして振り返らず階段を駆け上がって行った。


「じゅ…ぽんす…あ、とわ?」


わかんねーな。アイツフランス語なんか話せんのか…。




『あー。わざわざアリガトね?竹兄』


駅までの道を歩きながら、シャケに『プレゼント渡しといたぞ』ってケータイに連絡入れた。


「小野も、早速喜んで着けてたぞ」


『ホントに?良かった~』


「なぁシャケ――御前どうしてアレ選んだんだ?」


『あれ?竹兄も欲しくなっちゃった?――ゴメンね、あれアンティークの一点モノだったから同じのは無理だよ?』


「俺は別に道に迷ってねェからコンパスなんて要らねぇよ」


『――何だ、俺に聞かなくても解ってるじゃん』


嵌められたと思った俺は電話越しに舌打ちを返す。


『もー。嫉妬深いよ竹兄。別に他意はないよ?俺は友達としてサトリ君の事心配してるだけだからね』


「何だ『他意』って。俺だってただ兄として心配してるだけだ」


『――そう。じゃあお互い良かったね。というわけで…』


話を畳んで終わらせようとするシャケを呼び止める。


「待てよシャケ。オマエ確か大学で第二外国語フランス語専攻してるって言ったよな?」


『Salut,Quoi de neuf?』


フランス語で返されてちょっとイラッとするけど、確かめたいコトがあるから我慢する。


「…解ったよ。で?何だって?」


『『よぉ!最近どうよ?』って意味』


「じゃあ、「ジュ ポンス ア トア」ってなんて意味だ?」


え?って一瞬電話の向こうで聞こえてから。


『『Je pense a toi?』竹兄フランス語圏の女子とお付き合いしてるの?』


「まあな。羨ましいだろ」


『別に羨ましくないけど…。それは「貴方の事想ってる」って意味だよ?Je t’aime.程ダイレクトな告白じゃあないけど、大事な人に思いを伝える言葉としては、心に秘めてる感じが俺も好きかなぁ』


「――そうか…」


一体何処で小野はそんな言葉を覚えてきたのか。


『まぁ、『Jamais sans toi』くらいの事言ってあげたらその子も喜ぶんじゃない?』


ってシャケが唆してくるから、


「ジャメサントワ?――参考に聴くけど、何て意味だ?」


『『君無しじゃ居られないよ』って意味。じゃあね竹兄!今度そのパリジェンヌ紹介してね~!ボンソワー!』


「紹介できませんよ。幾ら金髪で可愛くたってパリどころか東京23区外にお住まいの高3男子ですから」


って、既に切れてるケータイに向かって告白したって仕方ない。


Je pense a toiって小野が言ったときに耳に感じた温かさは、押し付けられた唇だったのかと今更気付く。


「男まで惚れさせちゃう俺って罪作りだね…」


一緒に旅行に出かけたあの夏の日、小野からそんなコトされてたらもしかして、って思うけど。


今の俺はもう、抱きつかれたってキスされたって押し倒されたって応える気は全然ない。


小野が悩んだ時寄り添ってもらえる素敵な女子が見つかるようにと神頼みしたいくらいだ。


「ウチの神さんは縁結びって聴いた事ねぇけどなぁ…」


八幡様ってもともと武芸の神さんだって親父殿が言ってたような言わなかったような…。


小野と神社の階段で別れて30分程歩いてようやく最寄駅のM駅に着く頃には午前0時を回ってた。


さて…一体どれくらいかかって、フィルムを一杯にして持ってくるか。


次に研究室に着替えを届けに来る日か。流石に卒業まではかかんねぇだろうな。なんて思いながら。


最終電車に乗って帰った。

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