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「――ご注文は如何いたしますか?」
小野が銀のトレーに水と御絞りを乗せて来て。俺の前にセットしながらお澄まし顔で訊ねてくるけど。
何だか不機嫌なのは俺にも解る。
「何時ものお願いします」
「はい」
カウンターに戻った小野の「エスプレッソドッピオお願いします」とオーダーを伝えてる声を背中に聞きながら。
「シャケおまえ…。本当に空気が読めないにも程があるぞ?」
熱い御絞り広げて手を拭いながら苦笑いするしかない。
「何で?――サトリ君の誕生日俺がお祝いしちゃいけないの?」
確かに、俺だけしか小野のお祝いできないんだぞ、って言うのはおかしい話だ。
「うるせーうるせー。とにかくオマエはプリン喰ったら直ぐ帰れ。どーせ仕事中の小野の邪魔してるだけなんだろ」
「あ…。――そうか。だからサトリ君全然俺の話に乗って来てくれなかったのか。久々に延々適当な返事されてびっくりしたもん」
暢気なシャケが漸くその事に気づいて。
「俺は此処に来た時は単に客としてコーヒー飲んで帰るだけだぞ」
って念を押したら。
「ホントに!?――やー。それなら悪いコトしちゃったなぁ」
柄の長いデザートスプーンでホイップクリームを掬い上げて口に含んだシャケは。
「しょーがない。じゃあ竹兄に…」
スプーンを置いて、脇に置いてたバッグから小さな箱を取り出した。
手のひらに乗るくらいで、爽やかな水色の包装紙に青いリボンが飾られてる。
「俺からだって後で渡しておいて?」
「――今渡せばいいだろ」
「仕事の邪魔になるんでしょ?――それに…」
もう一度スプーンを抓み上げると、今度は驚く程の速さでガツガツとプリンアラモードを喰って、コーヒーをごくごくと喉鳴らして飲んだら。
「サトリ君も一番お祝いして欲しい人が来たからね。俺は居なくても大丈夫でしょ」
バッグから取り出した財布から2,000円出した。
「御馳走様でした~」
御代此処においておきまーす!おつり要らないでーす!なんて。あっという間に店を出て行く。
「あ!シャケ!」
もしかして俺が来るの知らなかったから、純粋に小野の事祝ってやろうと思ってたのかと気が付いたら。
悪いコトしたなあ、って少し凹んだ。
「――お待たせしました、エスプレッソドッピオです…」
って。小野が銀のトレイ抱えて戻ってきたから。
「俺もオマエも、シャケに謝らないとな」
シャケが置いてった2,000円の横に、俺に託された小さな水色の箱を置いた。
「俺――建君に気を遣わせてたんだ」
流石にプレゼント貰ったら小野もバツが悪くなったみたいだ。
「後でお礼言って、謝るよ」
「まぁ…そうしろ。アイツ初めて来たのか?」
「うん。バイト先は教えてたんだけど、来たのは初めて」
「そうか――。ところでオマエ、今日も5時で上がりか?」
頷く小野に。
「俺も今日は終わったら家に一緒に帰るから」
親父殿に、小野のお祝いするなら俺も行くからとさっき連絡しておいた。
「泊まって行くの?」
「いや、夜には学校に戻る」
「――そっか…」
シャケの居た席のコーヒーカップやグラスを銀のトレイに載せて片付けた小野は。貰ったプレゼントの小さな水色の箱をソムリエエプロンのポケットに入れて指先でそっと押しこんだ。
11月下旬の5時過ぎというと、時間帯は夕方でも空はすっかり暗くなっていて夜と変わらない。
駅前から神社までは歩いて20分程度の道のりを、小野と並んでゆっくり歩いた。
「さっきシャケから貰ったプレゼント見てみたか?」
「んーん。まだ見てない」
小野はダッフルコートのポケットから小さな箱を取り出して、裏返しにすると。包装紙を止めてあるテープを剥がし始めた。
「おい、良いのかこんなトコで開けて」
「うん」
包装紙を丁寧に取り去った箱の中から出てきたのは、少し厚みを帯びた500円玉くらいの大きさのペンダントロケットとプラチナのチェーン。
「何だろう…。ロケットペンダント?」
小野がチェーンの輪を指先に掛けて夜空に翳してゆらゆらと左右に揺らす。
丁度街灯の下に来たからもう少し詳細が解った。
どうやら大きさの割にリリーとヴァインの模様が細かく入ってるアンティークの一点モノのようだ。
「アハハ。ロケットにシャケの写真とか入ってたら大笑いだな」
「建くんやりかねないから怖いよ…」
なんて言いながら、小野が縁についてた小さなボタンを押したら、ばね仕掛けの蓋が二枚貝のように開いた。
中身を確かめた小野は。
「あ…。写真じゃない。何だろうコレ…時計?…でもない」
また暗がりで首を捻って正体を測りかねてるから。
「何だ小野。貸してみろ」
手のひらに載せて貰って、次に辿り着いた街灯の下に翳したら。
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