38
その夜はやけに蒸し暑くて、寝苦しさで中々寝付けなかった。
薄い闇の中で部屋を眺めながら、また溜息をつきながら寝返りを打つ。
バラバラと窓を叩く雨音が五月蝿いのも、眠りの妨げになってる。
何度も浅い眠りに嵌りかけながら、俺は途切れ途切れに夢を見てた。
窓を閉めないといけない状態のこんな時に限ってエアコンの調子が悪くて。
湿気を含んだ肌に纏わりつくような不快な空気のお蔭で、内容すら思い出せないのに、ただ最悪な事だけは解るような夢を見せられる。
びくりと身体を震わせながら目覚めた時には。汗びっしょりの状態だった。
『――っ…』
額を撫でるだけで手のひらが濡れるのが解る。
夢の余韻だけで、心臓の鼓動が波打つように大きくなる。
やけに不安になって、ベッドから身体を起こす。
机の上の目覚まし時計を掴んで闇の中で目を凝らしたら、3時過ぎ。
お子様な小野はきっとぐっすり眠っている頃だ。
俺もそうなりたいと、もう一度ベッドに倒れてうつらうつらとまた眠りに落ちかけた時、突然響き渡った地響きのような轟音に、今度こそはっきり目覚めさせられた。
窓の外の一瞬の光が部屋の中を照らしだして、雷鳴と気づかされる。
寝入り端を脅かすように叩き起こされて、俺の心臓はまたエラい勢いで高鳴ってる。
雷は好きじゃない。
やたら大きな音だし、当たれば人が死ぬ程の巨大なエネルギーが空から降ってくるなんて、理屈が解ってたって未だに信じられない。
またゴゴ…と不気味な音を立てて、雷鳴が轟いたのと同時に。
ノックなしで、乱暴に部屋のドアが開かれた。
起き上がった視線の先に見えた黒い影が、バタバタと足音諸共近づいてきて縋るように抱きついてきた。
「――たけにい…っ」
抱きとめられずにベッドに倒れてから。
「――おい…大丈夫か?」
ようやく落ち着いて、黒い影の正体の背中を宥めるように叩く。
「俺雷キライなんだ…」
今更ながら、俺の所に逃げてきたのが恥ずかしくなったのか、抱きついてきた俺の耳元で小野は囁く声で言い訳する。
「俺もキライだ」
笑ってタオルケットを捲って。
「ほら、来いよ」
小野は小さく頷いて俺から離れたら、改めて隣に滑り込んでくる。
「竹兄の傍にいるとほっとする」
雷鳴は続いていたけれど小野はすっかり安心して、俺の隣で息を吐いた。
「たけにー」
小さな声で呟く小野に。
「まだ怖いのか」
少し汗で湿ってる小野の髪を撫でる。
「…もう大丈夫」
窓の外で遠ざかっていく雨と雷の気配。
暗がりの中、目の前の切ない眼差しにぶつかった。
『フツー其処はちゅーだよ。ちゅー(゚・^*)』
こんな時にシャケの言葉を思い出すなんて面白くない。
「――できるかそんなコト」
「?」
多分俺が今奪うように唇や肌に触れたら。小野は拒まないだろう。
――だけど俺には無理だ。
コイツが未成年で戸籍上家族で男だからっていう理由じゃ無くて。
本当に大事だからこそこれ以上は何もしないって、今決めた。
「どうしたの?」
「何でもない」
小野は俺が何に逡巡してるのか解らないまま少し困ったように眉を寄せた後。溜息をついた。
「ねー竹兄。此処で眠っていい?」
「エアコン壊れてるから寝苦しいぞ。良いのか?」
「ん。いいよそんなの。――おやすみ…」
小野はぎゅっと俺に抱きついてくる。
「ああ。おやすみ」
蒸し暑かった筈の部屋が。
小野の体温に触れてたら全然気にならなくなって。
俺もすんなりと眠りに落ちた。
朝10時過ぎ、喉と唇ががカラカラに渇いているのに気付いてようやく目が醒めて。
汗で重く濡れたTシャツ脱ぎながら階段降りて風呂場に向かってたら。
「マサヒコ」
白い単衣に紫の袴穿いて、居間の神棚の神酒を取り換えてた親父殿が声かけてきた。
「オハヨー親父殿。風呂入ったら学校に戻るから。――次帰る頃はもう涼しくなってるかな…」
なんて、別れ際の挨拶をしたつもりだったのに。
「御前はサトリ君に何をしたんですか」
久々に聴く、親父の静かだけど激怒を含んでる声に。
びく、と肩を揺らして、金縛りのように立ち止まるしかない。
恐る恐る親父殿の方向に顔を向けながら。
「…何って…何だよ?――何にもしてねえよ!!」
こんな応答じゃあマジで俺が何かしたみたいじゃねえか(≡д≡)!!
「サトリ君は起きてからずっとうわの空で。私や母さんの問いかけにも生返事のまま、バイトに行きましたよ」
「ただ寝惚けてただけだろ」
「オマエの名前を出した時急に『竹兄とは何でもないです!!』と言いましたよ?」
アイツ…。俺がベッドで迷ってるの解ってたな。って笑ったら。
「あー。はいはい。小野君とは何でもないデス」
開き直ったら親父殿も全く怖くなくなった。
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