35
このホテルは海岸線に沿った部屋の並びで全室から海が見えるというのがウリだ。
海を間近で見たり触れたりするのが初めてだという小野には相当響いたようで。
チェックインして部屋に入って荷物を置くのもそこそこにふらふらと窓際の明るい方へ近づいて行ったと思ったら。
壁一面の大きな窓に張り付いた小野は、溜息のような声を漏らした。
「夕日キレイだ…」
窓の外に広がる海に沈んでいく太陽を、じっと見つめてる。
「小野、外出られるぞ」
ガラスの両開きのドアを押し開いて、夕方になってもまだ熱さを孕んでる空気が部屋に流れ込んでくるのを感じながらテラスに出ると。
後ろからついてきた小野が隣でバルコニーの手すりに両肘ついて腕を組んだ。
「どーだ。気に入ったか?」
尋ねながら、オレンジ色の光が海に融けて行くのを眺める。
「うん。昼間の蒼い海も、こんなオレンジ色の海も俺好き」
至近距離で俺のコト見つめる瞳が、夕日の光でキラキラしてる。
疚しい気持ちがまた頭を
「そうか」
「夜の海はどんな風に見えるのかな」
「どうだろうな…今の時期は月齢28とかもう細い月だろうから、夜は殆ど真っ暗なんじゃねえか?」
「――そうなんだ…」
少し残念そうに言う小野に。
「ホテルが持ってるビーチがあるから、夜其処に降りてみたらどうだ」
「うん、行ってみる。――ねーたけにー?」
「何だ?」
「こーいうトコ良く来るの?」
「まぁなぁ…」
女子となら来るって正直に言えばいいのに、小野に対して多少後ろ暗いコト考えてる俺は言葉を濁すしかない。
「さくらしょーこちゃんじゃなくてごめんね?」
「は?」
何故そこで懐かしのグラビアアイドルの名前が来る?
「だって竹兄だって可愛い子と来て並んでた方が楽しいよね?」
「あー。懐かしいなぁ。もう今しょーこちゃんグラビアやってないし。そういや最近の子は名前が全く解んねえな…て言うか俺だって女子と行く処と男のダチと行く処はTPO使い分けてるぞ」
何か言った後で自分が自爆したことに気付く。
『全室オーシャンビュー最高』『プライベートビーチあります』なんて部屋の選び方は、どう考えたって男同士で行く旅行の宿泊先じゃあない。
「――お盆の時期に直前で部屋が空いてるの此処しか無かったんだよ」
我ながら苦し過ぎる言い訳だ。
「じゃあ、ここ以外の選択肢があったら、たけにいは俺をどんなところに連れてってくれてたの?」
元々は、お洒落なレストランが運営してるオーベルジュに泊まるか、コンドミニアムが空いてれば一緒に食事作って過ごすつもりだったなんて、やっぱりどう考えても相手が女子の選択肢しか考えてなかったから。
『相手によってTPO使い分ける』なんて言ってた手前とてもじゃないけど小野には明かせない。
「そうだな…疲れてるから温泉に浸かってぼーっとしたかったかな…」
そんな選択肢全く考えてなかったのに口から出まかせを言う俺の隣で。
「あ、俺温泉も行った事無いから、それでも良かったなぁ」
小野はまたベランダの手すりに両肘載せて、頬杖を衝いた。
「そうか――まぁ、何時になるかわかんねェけど。今度纏まって時間が出来たら、連れてってやるよ」
「――」
小野から返事が帰って来ないから。
「どうした?」
「…うん。竹兄はこれからどんどん忙しくなって、空いてる時間なんか取れなくなってくよね?――でも俺はこれから高校卒業してもする事解んないくらい時間あるから、どうするのかなぁって、思っただけ」
「『どうするのかなァ』って…オマエまるで他人事みたいに言うな。大学行かないで『本当にやりたいコト』探すんだろ?」
「――わかんない…高校卒業したらもう学生じゃないし、取り敢えず竹丘の家にお世話になる訳に行かないよね」
「オマエなァ」
自分の名前を『オノサトリ』に決めた時のように、今回はズバッと『こうしたい』っていうビジョンが無いのか。
「もう俺は『大学行け』ってアレだけ忠告したんだから、それ以外の選択肢を選ぶなら自分で考えろ…って言いたいけど。今時高校卒業したばかりの未成年のフリーターに部屋貸すトコなんか無ぇぞ?親父殿に頭下げて、取り敢えず喰えるようになるまでは家に置いてもらえ」
俺も親父殿に口きいてやるから。と中途半端な励ましを送るしかない。
「何時か竹兄が『自分の将来について周りに流されないでちゃんと悩んでるなら、遠回りしてもいい』って言ってくれたのに結局こんなコトになっちゃって…ゴメンなさい」
「小野。自分で決めたコトなら簡単に折れるな。――最後に勝つ奴ってのは、結局のところ最後まで折れない奴ってコトなんだから。俺もこれからが正念場だ」
「正念場?」
「俺がこれから進もうとしてる分野は、日本に研究者が居ないからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます