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駐車場に車を止めた途端。


俺がエンジン切る前にシートベルト外した小野は、待ちきれなかったのか開いたドアから降り立つと凄い勢いでバンっ、って音立てて閉めて駆け出した。


「おい小野!!ちゃんと周り見ろ!」


解ってるのか後姿のまま右手を大きく振った小野は。目的の白い建物に向かって一目散に走って行く。


「コドモは元気だねぇ…」


所謂『お盆』と言われてる時期に海に行く奴は少ないだろうから、未だ夏だけど観音崎灯台の駐車場のひとつは三分の一も車は埋まってなかった。


俺もハリアーの後部座席に置いてたカメラとか財布の入ったバックパックを取り出して、ハットを被る。


車にロックを掛けてからようやく小野を追いかけて歩き始めた。


行く手には青空に映える白い灯台。


何となくバックパックから一眼レフのカメラ取り出して一枚押さえる。


『――俺此処に行ってみたい』


昨日の朝バイト前に早速野が俺の部屋に持ってきて見せたのは。


市立図書館から借りてきた『日本の灯台100選』という、何が面白いのか灯台ばっかり色々載ってる写真集だった。


そのうちの1ページに付箋が栞代わりに貼ってあって。開いてみたら『観音崎灯台』の写真や説明書きがあった。


『此処で良いのか』


うん。と頷く小野に。


『解った。他に行きたいトコロはあるか?』


『他は別にイイや。何があるか良く解らないし』


『じゃあ観音崎灯台以外の処は俺に任せるってコトで良いか?』


『うん』


観音崎灯台があるのは横須賀市だから、その近辺で何か適当に見繕うことにした。


『よしよし、じゃあ明日は9時頃出かけるか…』


車で1時間半もあれば…という訳で、今日は高速使わずに下道だけで11時過ぎに一応目的地の観音崎灯台に着いた。


三浦半島の一番東の端に立つ、大正時代に建てられたの白亜の八角形灯台。


灯台自体の高さは20メートルも無いけど、海面から灯台の天辺までの高さは56メートルあって。


世界でも最も海上交通過密地帯と言われる東京湾の入り口で大海からの船を迎え入れる要だ。


小野がこの灯台の事どれだけ知ってるのか解らないけれど。


「――?」


曲がりくねった階段をどんどん昇って行って、3~4往復したら少し開けたところにある海上交通センター前を通りぬけて、また両脇に植え込みがある細い道を通り抜けたらようやく。


視界が開けると同時に、近くで見ると意外にも高さを感じる灯台が見えた。

俺も折角来たから灯台に昇ってみるか、って思ってたけど。


「?」


小野が灯台じゃなくて海の方向に佇んでるのが見えたから。


「おい。どうした小野。昇らないのか?」


隣に立ってみたら。小野が見ていたのは背の高さより少し低いくらいの石碑だった。


「何書いてあるんだ?『雨なんとか…いかに…くとも。山何とか強くとも…。ナニ子?』女子か?」


海風に晒されて黄色く変色したような岩板に彫り込まれた文字は草書な上、白く

着色した部分も掠れてとても俺には判別できなかったけど。


「竹兄これはね?――『霧いかに 深くとも 嵐 強くとも  虚子』って書いてあるんだ。――高浜虚子が昭和23年此処に来て読んだ句を石碑にしたものだよ?」


さっき此処の灯台めがけて嬉しそうに子供みたいに駆け出したヤツと本当に同一人物なのかと訝しむ程、穏やかに賢そうに石碑を見つめたまま説明する小野に。


「そうか。――灯台守って言ったら…24時間365日雨の日も風の日も休めない、昔は命懸けの職業だったって言うからなぁ。その事を歌った訳か」


小野はやっとこっち向いて。笑顔は無かったけど頷いた。


「この句が書いてある石碑が。どんな処に建ってるのか知りたかったんだ」


「――そうか」


たとえ行く手が霞む程濃い霧だったとしても。たとえ行く手を阻む程荒れる嵐だったとしても決して怯まない。


強い意志を持つ灯台守へのオマージュ的な句なのか。


きっと行先を捜してる舟みたいな小野のココロに、響くモノがあったんだろう。


「ソイツと写真撮ってやろうか」


首から提げてた一眼レフを持ち上げたら。


「え?いいよ俺は…。句碑だけ撮ってよ」


恥ずかしい、なんて言う小野に。


「折角の旅行に来て有りえねェコト言うな!イイからホラ、並べ!!」


って俺が句碑の右の辺りを指差して指示する。


「だーいじょうぶ。最近俺イイカメラ新調したんだから」


手の中のシグマSA-7を構えて小野にレンズを向けると。


小野は渋々虚子の句碑の横に突っ立った。


「笑って笑って~!!ハイ!チーズ!」


ファインダーの向こうで全く笑ってない顔の小野の姿を切り取った。




 「20メートル昇っただけでこんなに風が強いのか」


灯台の上の展望台まで階段で登って辿りついたら。ドアを出た途端に吹きすさぶ風に晒されて飛ばされそうなハットを慌てて手で押さえた。


「スゲー。沢山船が通ってるなぁ」


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