30
「お待たせしました。エスプレッソです…」
ギョサンをぺたぺたと鳴らしながらトレイを運んできた小野は、手つきだけは丁寧に俺の前にソーサーとカップをサーブする。
「はいどーも」
つづいてココアのカップをを自分の席に置いてから、トレイをカウンターに返して戻ってきた。
何時ものように指先で大きなマシュマロを抓んでカップめがけて落とすと、ソーサーの上のスプーンを持って無心でつつき始めた。
俺も何時ものように、ソーサーに乗ったハイクラウンのパッケージ開くと銀紙を捲って。
ミルクチョコをひと齧りしてからエスプレッソを口に含む。
チョコレートが熱いエスプレッソに触れた途端。一気に蕩けて口の中一杯に広がる。
後から押し寄せるエスプレッソの苦味で、甘味は徐々に消えて行く。
甘さで一気に眩暈を覚えて、苦味でゆっくりと覚醒する。
一杯飲む間に、一回恋愛を経験したような気がするから、やっぱり此処のエスプレッソが一番美味い。
「――…」
小野が俺のコトじっと見ながら、マシュマロをつつき終わったカップを両手で持ち上げた。
「何だよ小野」
「竹にいニヤニヤしてる」
「そうか?」
「してる」
「そう言うオマエは、ココア飲む時だけはカップをコドモみたいに両手で持ってる」
小野は声には出さなかったけど指摘されて初めて自分の癖に気づいたんだろう。
『マジか(゚ロ゚;)!!』って狼狽えた顔で、両手で持ってたマグカップから左手を外して誤魔化した。
「ついでに言うと。スゲー大事そうに女子みたいにちびちび飲むよな。まー嬉しそうにニコニコ可愛い顔して。そんな顔目の前で見せられたらそりゃー俺だってニヤニヤせざるを得ないだろ。オマエ可愛いんだから」
「な…っ(*ノДノ)…!!!!」
トドメを刺してやったら、小野はどうやってココアを飲んだらいいのか解らなくなったんだろう。
今度は明らかに顔を真っ赤にして、逃げ場がない椅子の上で俯いたから。
小野も随分ひねくれちゃったけど、まだこんなトコ残ってて良かった…。なんて安堵する。
「ジョーダンだよ。俺がニヤニヤしてたのはコイツがどうしようもなく美味いからだ。オマエの顔が可愛かろうが不細工だろうがキョーミなんかねぇ」
それにお互い美味いモノ飲んでるのに難しい顔する必要あるのか?俺は別にニヤニヤしてるの見られても何とも思わねェよ。
むしろこんな美味いモノ知らない奴の方が気の毒だと思う。
「たけにーいっつもソレ飲んでるけど、そんなに美味いの?」
「あぁ美味いね。一杯飲むとひとつ恋を終えた気分に成れる。だから俺もうスゲー恋愛経験豊富だと思う」
「何それ…」
苦笑いする小野に。半分残ってたハイクラウンの銀紙捲って差し出した。
「コレを一口齧ってから、エスプレッソ飲んでみろ」
小野は半信半疑で俺からチョコを受け取ると歯先で齧り取って、俺のデミタスカップを抓み上げたらひとくち口に含んだ。
「――…」
暫く俺から視線を外して一点を見つめてた小野は。
口の中で転がすようにした後でエスプレッソを飲みこんでから。唇の端で少し笑ったように見えた。
「甘くて…苦い。――ってコト?」
「そういう事。甘さばっかり欲しがるオマエとは、違うんだよ」
8月半ばで18時過ぎたら、もう日の入り間近でお互いの顔の表情も解らない。
帰り道、自転車押しながら小野と並んでゆっくり歩く。
「たけにー」
「んー?」
自転車のリム軸が、歩く俺達に合わせてカラカラと軽い音を立てる。
「暫く家に居るの?」
「まぁなー。1週間くらい久々にダラダラするかな…」
「ふーん…」
興味があるのか無いのか、鼻を鳴らして返事をする小野に。
「――小野は毎日バイトで忙しいんだろ?」
「火曜日以外は9時から5時まで店に居るよ?――ああでも、お盆の3日間は臨時休業する、ってマスター言ってたから、明後日の土曜日から…4日間俺も休みだ」
火曜日は喫茶店の定休日だ。
「オマエバイト代溜めて何に使うんだ?」
「決めてない」
「車借りるから泊りがけで一緒に出かけるか」
「え?」
「旅行だよ旅行。俺も此の休み終わったら卒業までと言わず…ずっと先まで纏まった時間が取れるか解らないからな。どうだ?」
隣の小野に目をやったら。
「――…」
こっち見上げてるのは解ったけど、やっぱり表情は薄い闇の向こうで解らなくて。黙ってるのは「行きたくない」って事だと思った俺は、
「折角の休みだもんな、外出たくないなら家でダラダラするか」
「え!?」
小野が突然大声上げて立ち止まる。俺もカラカラ言わせながら引いてた自転車止めたら。
「――行きたい!!」
俺旅行したことないから、行ってみたい、って今度は素直に言う。
「じゃあ、何処がいいんだ?」
「――…」
今度は行きたい処に悩んでる沈黙だってのは解るから。
「じゃあ今日明日くらいで考えておけよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます