28
3年後。
日本カギ大生4年になった俺は。
将来の研究職への第一歩となる博士前期課程に進むために、この夏の間中師事する教授の研究室で論文の準備をしていた。
5月以降着替えを取りに来る以外殆ど家に帰って来てなかったけど。
8月の所謂お盆期間は完全に大学が閉鎖されることになって、仕方なく1週間息抜きのつもりで家に戻ってきてた。
小野の部屋が空だったのを確かめてから境内に出て。
「小野は夏季授業に行ってるのか?」
暑い中竹箒で境内を掃除している親父殿に尋ねた。
「夏季授業?いいえ。一コマも取っていないようですよ?」
進学校の某都立高校は。希望すれば夏休みの間も各学科の先生がコマを持ってしっかり受験対策の授業をしてくれる。俺も高3の夏休みの殆どをその授業で費やして殆ど『夏休み』にはなっていなかった。
「一コマも取ってない!?あいつ受験勉強どうすんだ?」
「知らなかったんですかマサヒコ。サトリ君は夏休みの間ほぼ毎日アルバイトに出かけていますよ?」
「アルバイト!?――何で?アイツ大学受験しないのか?」
「大学に行きたいとは…聴いていませんね。オマエに何か相談していたんじゃないんですか?」
マサヒコにも相談していないとなるといよいよ…。大学受験はしないつもりなんでしょうねぇ…。
サトリ君が行きたいと言えば、送り出す準備はしているつもりなんですが…。
相変わらずのらりくらりとして小野にアドバイスをするつもりが無い親父殿にイライラして。
「何処でバイトしてるんだ」
「駅前の」
「――ぁんの…バカが!!」
居場所が解ったからには連れ戻して説教だ。
チャリを飛ばして駅前まで来て、周辺のコンビニ全部を覗いたのに小野は居なかった。
「何で居ないんだ?」
高校生だから深夜のシフトは入らない筈だし、休憩時間が必要な程長時間やるとも思えない。
小野は昔『最終的に何になるか決められなかったらコンビニバイト』って言ってたから、いよいよソレかと思って回ってみたのに。
そう言えば親父殿が『駅前の』って言った後に何か続けようとしたのを聞かずに俺が走り出したんだったと、自分に苦笑いする。
良く考えろ。駅前って言ったら、小野も俺も入り浸ってる店があっただろ。
チャリのスタンドを外して跨ったら。今居る駅東口から地下道通って西口に抜けてから。細い路地に向かって走り出した。
チャリを喫茶店の前に停めて。
久々だけど何時ものように取っ手掴んで扉を引いたら、ドアについたベルがカラン、と鳴った。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは何時ものマスターの渋い声じゃあなくて。
声変わりしてもまだ少し幼さが残ってる、通りのいいその声。
「――おひとり様ですか?」
学生服とは違う仕立ての白いシャツに黒いソムリエエプロン巻いた小野は、最近伸ばして肩にかからないボブぐらいの金髪をきっちりと後ろで纏めて革紐で縛ってる。
俺の前に立って、まるで初めて会う人のようにとり澄まして接客を始めたから。
「あはい、ひとりです…」
思わず巻き込まれるままに応えて。
「こちらにどうぞ」
なんて導かれるまま俺が何時も座ってる指定席に腰掛けて。
「?…??」
後姿を見送りながらよもやコレは小野のそっくりさんで別人じゃあないか、なんて思い始めた頃に。銀のトレイに水の入ったコップと御絞り乗せたイケメン男子が戻ってきた。
「お決まりでしたらお伺いします」
コップと御絞りを俺の前にセットしてからトレイを脇に抱えて、相変わらずの「お澄まし顔」で注文票とペンを持って俺がオーダーするのを待ってるから。
「じゃあ…何時もの」
「ハイ」
注文票に何やら書いてから、カウンターのマスターに「エスプレッソドッピオお願いします」って声を掛けてる。
俺が何時も座る席を知ってて、『何時もの』で注文が通るのはマスターとコイツくらいだ。
「――…」
席から見上げる俺の視線に気づいた小野が何も言わずにカウンターにもどろうとするから慌てて。
「おい待て」
「――はい」
「此処で何してるんだよ」
また振り返って戻ってきた小野は。
「何って…アルバイト」
お父さんにはちゃんと許可取ってるよ?なんて言う小野に。
「そんなのは見りゃ解る。受験勉強はどうした」
「受験勉強?――しないよ。俺大学には行かないし。俺赤点ないしフツーに高校卒業できるくらいの成績は取れてるから」
それならもう所謂中堅以上の大学は目を瞑ってても受かるのに。
「どうして!?」
「2年ちょっと高校に通ったけど。やっぱり俺、やりたいコトが見つからなかったんだ」
潰しが利くからって何となく選んだ大学に行くのは嫌だ、なんて言い始める。
「考え直せ」
「行きたいって思ったら、その時考えるよ」
「現役の方が有利だぞ」
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