22

ここまで全く血にも土にも塗れずに綺麗な白いシャツのままだった小野が、今更になってこんな恥ずかしいコケひとつで土埃まみれになった。


「――…ううっ…」


涙と鼻水と土埃で顔をぐしゃぐしゃに汚した挙句起き上がると。


手の甲で乱暴に顔を拭いながら俺の傍までとぼとぼと歩いて来る。


俺はグラウンドの上に仰向けになって。大きな声上げて笑った。


「あっはははは…!!もーオマエ…――完勝の癖に泣いてんじゃないよ!!…って言うか…痛ってぇ…!!」


笑ったり大きく息を吸うと胸が痛いから。コイツはヘタすると肋骨がヤラれてるかもしれない。


熱いグラウンドの土の上で。背中を丸めるようにして横向きになる。


「竹兄!!」


慌てて駆け寄ってくる小野が、俺の傍に膝ついて。


「大丈夫!?」


差し伸べてくる小さな手を掴んで。起き上がるけど。


「イテテテ…大丈夫に見えるかコレが…。――何だ昨今のコーコーセーは、群れないとケンカもできねーのか」


「――ゴメン…」


「ナニ謝ってんだ」


「竹兄と約束したのに…守れなかった」


「約束?」


「『知らない奴に会ったら、全速力で逃げろ』って」


「馬鹿だなオマエ…」


痛む腕上げて、無理矢理小野の頭に手を乗せたらぐりぐり撫でてやる。


中三に成ってから金髪ドレッドやめて、一旦バッサリと五分刈りにしてた髪も、三か月も経てば大分伸びてナチュラルなツーブロックショートになってた。


「だいたい約束なんてもんはな…破る為にあるんだよ」


「え(≡д≡;)!!?」


相変わらず頭をぐりぐりし続ける俺の手首を両手を挙げて掴んだ小野が、汚れた顔のままびっくりして目を見開くから。


「――オマエが約束破って此処来て暴れてくれなかったら、俺は此処で放って置かれて熱中症で死んでたかもしれないだろ?――だから『約束破ってくれて。有難う』だ。スゲー感謝してる」


「――…」


今度は小野は頭を撫で続ける俺の手を降ろして、両手で握手したまま困り顔で俺のコト見つめてくる。


「竹兄俺のコト…。怖くない?」


「は?――怖い?」


「俺って…フツーじゃないって皆から言われるから」


多分今まで暮らしてきた処でも。程度はどうあれ、こういう類の事が起きては、小野が異類な存在として持て余されて来たんだろう。


「――ああ。御前は強いけど。全然怖くない」


「何で?」


「オマエは自分の為に強さを誇示して使う奴じゃないって知ってるから、怖くない。そもそもそんな可愛い顔して何処が怖いんだ」


怖くないって言ってやってるのに。小野はまた、さっきより情けない顔して今にも泣き出しそうだ。


「人の為に力を使えるのが、本当に『強い』ヤツだ。御前はそう言う奴だ。此処に転がってる奴等は、そう言う意味で全員御前よりずっと弱い」


いいじゃねぇか。『フツーじゃねぇ』ってのは人と違うってコトだから俺は大好きな褒め言葉だ。


胸張ってその二つ名背負えばいいんだよ、って言ってやったら。


「――っ(;д;) !!」


堤防が決壊したみたいに。小野の両方の瞳から涙が溢れた。


「泣くな。泣くのだって、自分の為じゃなくて人のためにしてやるもんだと俺は思うぞ」


って言ったら。手の甲で乱暴に涙を拭った小野は。ぎゅ、って唇噛んで無理矢理涙を止めた。


「よしよし――だからコレくらいで、コイツ等も勘弁してやろうな?」


うん、と素直に頷く小野に。


「じゃあ…手ぇ貸してくれ」


体中痛いまま、小野の肩借りてようやく熱い地面から立ち上がる。


「とりあえず…俺のケータイ取り返してから、此処に救急車両呼ぶぞ」


どうしてそんな必要があるんだと不満そうな顔する小野に。


「炎天下のなか長時間放って置いたらコイツラ全員死ぬぞ…。俺もオマエが来なかったら死んでたかもしれないからな」


取り敢えず此処から出たら。自販機かコンビニで水分取らないともう喉がカラカラだ。


「――解った」

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