18

4月。


 俺はカギ大の自然科学科の1年生になった。


 そして厨2から中三になった成瀬は「成瀬領」改め、通称「小野サトリ」こと「竹丘領」になった。


初め親父殿から説明をされた時には、


「何だそれ。意味が解らない。結局アイツの事なんて呼んだらいいんだよ」


「ですから呼ぶのは通称の「小野サトリ」君でいいんですよ」


ただ、行政や身分証明が必要な場では「竹丘領」の名前を暫く使ってもらうコトになります。と淡々と言う親父殿に。


「アイツ竹丘の家の戸籍に入ったのか?」


「ええ。未成年ですから、サトリ君がそうしたくてもひとりで戸籍を分離独立させることがまだ出来ないんです。小野家にもいずれ戸籍分離することを条件に戸籍に一旦入れさせて欲しいと掛け合ってみましたが…」


「なんだ。入れてくれなかったってコトか?」


困ったような顔で曖昧に笑う親父殿は、本当の親からまた拒まれたアイツのために「そうです」と言うことすらしたくないのだろう。


「っ…ざけんなよ」


会った事が無いのに一瞬でアイツの本当の両親だって小野家の奴等がキライになった。


「既に両親は離婚されて、どちらも別のご家庭を築かれていますからね…仕方ないでしょう」


「じゃあ成瀬のままでも良かったんじゃないのか?」


「実はそれも、こちらにサトリ君を引き取る際に成瀬の家から「そちらで養子縁組をしてほしい」という話があったんです。領君の意向を聞くまでは保留、と言うコトで折り合いがついていたのですが、『通称を使うなら早く縁組解消させてくれ』と先方から強く希望されたんですよ」


会った事が無いのにこれも一瞬で、アイツの養親だったって成瀬家の奴等がキライになった。


「もうイイだろ、通称なんか止めて『竹丘領』で通せば。俺の弟にすればいいじゃねぇか」


「それが…サトリ君がそれは困る、と固辞するんですよ」





「おい小野!御前俺の弟になるのが困るってどーいう事だ!!」


居間から2階に上がって、ノックもせずに小野の部屋に殴り込みをかけた。


「何だよたけにー!!急に入ってくるなよ!」


ベッドに寝転んでまたつまんない景色の写真集を拡げてた小野に。


「御前通称なんか止めて「竹丘領」になれ!」


「え?何で!?たけにーも前相談した時『オノサトリは良い名前だ』って褒めてくれたじゃん!」


驚いた小野は凄い勢いで起き上がった。


ベッドサイドに立ちはだかって、腕を組んで小野を見下ろしながら。


「オマエ、竹丘姓に不満があるのか?」


もう一度尋ねたら。困ったように俺を見上げてきた小野は。


「不満なんかないよ?」


「じゃあ何で竹丘姓になったらオマエが困るんだ」


今度はまた何時かのように一瞬の内に頬っぺた真っ赤にしながら目を逸らされた。


「え?…いや。だからソレは…」


「何だ。言うまで俺は出て行かないぞ?」


って腕組みしたまま益々床を踏みしめてやったら。


「だって俺が同じ竹丘になっちゃったら、竹丘さんの事『たけにー』って呼べなくなるから」


余りにも子供じみた理由で一気に気勢が萎えた。


「――そんな理由なのか?」


「『そんな』って、言うなっ!!」


「『お兄ちゃん』とか『兄貴』じゃダメなのか」


こんな事イチイチ確かめる俺も大概にイタイ人だと解ってるけど。もう口から出たものは仕方ない。


「それなら別に、俺が竹丘にならなくたって呼べるだろ?――この間『好きに呼べ』って竹兄言ってたのに…」


やっぱり俺にお兄ちゃん、って呼んで欲しいの?なんて幼い困り顔で見上げられた。


「そうじゃねえよ」


これじゃあ我儘言ってるの俺の方みたいじゃねえか。


「竹兄…。座ってくれる?」


ふた月前俺が神社の階段でしたのと同じように、小野が腰かけてるベッドのとなりをぽんぽん。と手のひらで叩くから。


仕方なく座ってやったら。


「――俺ね?」


今情動のまま支離滅裂な話をしてる俺よりずっと理性的に説明を始めた。


「新しい家に行く度に、面倒臭いからその家にくっついてた名前をただ名乗ってたけど。竹兄に『御前の看板はオマエが決めろ』って言われて初めて。「自分で考えてもいいんだ」って。気づかせて貰えたんだ」


だから…、俺は、自分で決めた名前でこれから生きるって決めたんだ。


「――」


両親が初めて子供に渡す贈り物が『名前』だなんて臆面もなく誇れる奴等は。コイツから見たら恵まれた環境に居る人間なんだろう。


自分で自分に「迷いを失くして真実を求めろ」と戒めて名付けた『サトリ』は。


俺なんかよりずっと覚悟が出来ている、強いヤツだと思った。


「オノサトリ――良い名前なんだな…」


事ある毎に撫でるようになった小野の金髪ドレッドの頭に手を乗せたら。


面映ゆそうににこにこと幼い顔で笑いながら。


「有難う。竹兄にそう思ってもらえるなら。俺嬉しいよ」

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