17

うん、と頷いた成瀬は。


「『オノサトリ』にする」


「オノ…サトリ?」


「小野は…俺のホントの親の姓で。サトリは…辞書をペラペラ捲ってる時に見つけて。――意味が凄く…印象的で覚えてた」


ペッタンコだった鞄のファスナーを開いて。俺のと違って箱までキレイなままの国語辞典を取り出すと。付箋で栞をしてたページを開いて俺に見せた。


「ほら、此処…」





さと-り【悟り/覚り】


1 知らなかった事を知ること。物事の真の意味を知ること。理解すること。気がついたり感づくこと。察知。「―が遅い」


2 仏語。迷妄を払って永遠の真理を会得すること。「―を開く」





夕焼け空の下。鮮やかなオレンジ色の光の中で見た辞書の文面だけで。コイツが『こうありたい』って願ってるんだってコトが伝わってきた。


「御前。元々の名前は『小野領』だったのか?」


「――そうだよ?」


今度は手にしてた辞書で「領」の欄を調べてみる。


「えーと。何ナニ?

りょう【領】

1 首筋。うなじ。

2 着物のえり。

3 重要な部分。

4 中心になって取り仕切ること。またその人物。

5 先頭に立って率いる…

――だってさ」


今度は成瀬に辞書を手渡して読ませる。


「御前は『領』の意味は知ってたか?」


「知らない」


「御前が自分の名前を決めるのに意味を重視したように。『領』にも、もしかしたら意味があったんじゃねえか?って思っただけ。まあ、うなぢとか襟とかはアレだけど。きっと最初は、オマエの父ちゃんも母ちゃんも。御前に『人を導ける人になって欲しい』って願ってたんだろうな…」


「――」


「というのは置いておいて。良いんじゃねぇか?『オノサトリ』。御前の覚悟と願いが込められてる、良い名前だ」


思いの外考えることが大人びている奴だと感心しながら、すっかり見慣れたドレッドの頭に手を乗せてなでてやる。


「ありがとう」


「4月からはオマエの事「小野」って呼ぶようになるのか」


暫く間違えそうだなぁ、なんて黒いシルエットの富士山眺めながら話してたら、


「あの…ひとつ竹丘さんにお願いがあって…」


また恥ずかしそうに目を伏せて。


「何だ?」


「俺も社家さんみたいに、竹丘さんの事「たけにー」って呼んでもいい?」


そんな俯いた所から伺うように見上げて来るとイヤだって言えないだろ。


「可愛い顔してると得だよなぁ」


「(・・?」


「コッチの話だ――呼び方くらい好きにしろ」

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