15

「…行ってきます」


靴に爪先を引っかけながらずるずると歩いて玄関を出ようとしてた成瀬を呼び止めた。


「待てよ成瀬。――俺も直ぐ行くから」


「…――」


明らかに避けられてるのに。空気を読まない俺は何時もと同じように、徒歩で通学する成瀬の横で自転車に乗ってゆっくりと漕ぎだす。


 「成瀬。オマエの事情も考えずに昨日は言いたい放題しすぎた。謝るから」


悪かった、って頭を下げたら。


「――別に怒ってないし」


という成瀬は声が不機嫌だ。


「そうか。御前は――竹丘領になるのか?」


「決めてない」


「――なあ。苗字変えて、看板だけ人の借りて書き換えるのは簡単だ。今まで御前が看板何回そうしてきたのか知らねえけど。お前の看板くらい、お前が決めて書け。本当に御前は『タケオカ』になりたいのか?」


なんてまた言いたい放題したことに、全部言ってから気づいたけどもう遅い。


「…」


朝っぱらからこんなコト急に尋ねられたって成瀬が応えられる訳がないだろう。


「まあ、親父殿も母ちゃんも、オマエがウチの子になるのは大歓迎だってさ」


敢えて俺がどう思ってるかって処は話さなかったのに。


成瀬は今日初めて、俺と目を合わせて言葉を投げかけてきた。


「――竹丘さんは…俺が弟に成ったらどうする?」


「そんなのは…成ってみないと解んねえよ。俺18年間一人っ子だったからな」


「そっか…」


ふい、と俺から顔を背けるから、まただんまりで気まずい感じに戻りそうだったけど。


「たーけにぃ~!!!」


変な抑揚をつけた叫び声が背後から徐々に大きくなって近づいてくる。


振り返ると、凄い速さでダッシュしたシャケがこっちに向かって来た。


「りょーくんもオハヨー!」


素晴らしいタイミングでこの状況をぶっ壊してくれたシャケに『でかしたぞ』って心の中で感謝するけど。


元気のいいシャケの挨拶に対して、成瀬はあくまで低いテンションでしか応じない。


「はよーす」


「おー。今日も無駄に元気だなーシャケは~。頼むから有り余る元気を成瀬に分けてやってくれ」


「いいよ~?」


じゃあ走って行こっか、りょーくん!と、有無を言わさず成瀬の手首をつかむと。ぐいぐいと引っ張り始めるから。


「ヤメロよ!走らねぇぞ俺は!」


竹丘さんもコイツやめさせてくれよ!


今朝一番の大きな声で成瀬が抵抗しながらも、結局はずるずるとシャケに引っ張られていくのを、


「じゃあ二人で仲良くガッコに行って来い!」


聴かなかったフリして自転車に跨ると、じゃあな、って二人に手を振ってペダルを漕ぎだした。





 卒業まであと数週間になった俺は、殆どの授業が自習になっててヒマで仕方なかったから、毎日最後のコマのチャイムが鳴り終ると同時に下校して、寄り道もせず家に帰った。


その日の帰りは4時過ぎには神社のある丘の麓に着いて、自転車担いで階段昇ってたら。


「竹丘さん!」


階段の中ほど、40段ぐらいまで上がってきた頃に下から声を掛けられたから振り返ると。


成瀬が階段ダッシュよろしく凄い勢いで駆け上がってくるのが見えた。


「おー。元気だな御前は」


よし来い!なんて声を掛けたら。


息を切らして俺の居る数段下まで辿り着いた成瀬は。俺のコト見上げて。


「俺…今日…一日、――考えて、たんだ」


息継ぎの合間に必死に言葉を紡いでくる。


「おいおい…授業中は考え事なんかしないでちゃんとセンセーの話を聞いとけ」


「茶化さ…ないで、聞いてくれ、よっ!」


まだ足りない酸素を求めて口をぱくぱくと開いてる。


授業中に先生の話を聞けという諫言の何処が茶化してるコトになるのか良く解んねえけど。


とにかく成瀬が真剣なんだってコトは伝わるから。


「悪かったよ成瀬。ちゃんと聞いてやりたいから、こんなチャリ担いだままじゃなくて、上に着いてからでもイイか?」


って出来るだけ優しく聴こえるように声かけてやったら。


上がった息を整えながら頷いた成瀬は、大人しく俺の後ろについて階段を昇ってきた。


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