14
「5年…」
茫然と呟く成瀬に、親父殿は優しく声を掛ける。
「どうでしょう領君。通称を希望するなら、変えるタイミングは中学校卒業した後の来年4月以降と言うコトにしませんか?」
成瀬は激しく首を振った。
「通称でも何でも変えられるなら今すぐ変えたいです。今までだって別に…、苗字変わっても気にした事はないから」
「――そうですか。では君が希望する通りにしましょう」
俺を置いてどんどん話が進んでいくけど。
「成瀬。――オマエ名前変えるのか?」
うん。と頷く成瀬に。
「何回目だ?」
って聞いたら。
「今度変えたら…4回目」
「今まで何時も自分から変えたいって言ったのか?」
成瀬の代わりに親父殿が応える。
「領君はこれまで引き取り先の家の氏を名乗ってきましたから」
「――何だオマエ。名前を変えて今までの事全部捨てて再出発だなんて都合がいい事考えてるのか?」
「そうだよ…悪い?――もう俺の過去なんか全部、消してやるんだ」
開き直って答えてくるからむかっ腹が立って思わず隣から成瀬のTシャツの肩口を掴んでこっちに向き直らせる。
「止めなさい!マサヒコ」
親父殿が割って入って来て諌めるよう声を強くするけれど、俺は怯まずに掴んだシャツを引っ張って目の前に成瀬の顔を持ってきた。
「ガキの頃どんだけ盥回しにされたか知らねえけど。それでグレた挙句、此処に来たからこそ親父殿にも俺にも会えたんだぞ?――どんなに酷い過去があったとしてもそれがオマエの人生なんだ。とりあえず忘れてもいい。ただ、無かったことにするのはナシだからな?」
解ったか!って言いながら襟ぐりが完全に伸びきったシャツを突き放すようにして成瀬を解放した。
「――…」
完全に放心した成瀬の腕に手を添えた親父殿が。
「もうそれくらいで良いでしょうマサヒコ。オマエは部屋に戻りなさい」
「解ったよ」
言いたいコト言ったし。もうイイや。ってひとりスッキリした気分になったけど。
項垂れた成瀬の姿を見た途端。
俺は突然の罪悪感に襲われた。
「っ…」
逃げるように成瀬の部屋を出て、俺の部屋に戻る。
明かりも着けないままベッドに飛び込んでドアに背を向けた。
ノックに気が付いた俺は、いつの間にかベッドで眠っていたらしい。
起き上がりながら、
「入ってます…」
何時もの通り答えたら。
「だから…入室許可なのかどうかわからない返事は止めなさい、マサヒコ」
暗くしたままだった俺の部屋の明かりをつけて入って来た親父殿は。
「――合格したと領君に聞きましたよ」
「あ、そういや報告忘れてた。俺が落ちる筈無いけど。俺4月からカギ大行くから」
起き直ってベッドに座って。親父殿に報告したら。
「おめでとう。母さんも喜んでいたよ?後で直接報告しなさい」
「はい。――成瀬は?」
「気疲れしたんでしょう。もう休みましたよ?」
「え?もうそんな時間か?」
此処に横たわってそんなに経っていたつもりはなかったのに。
「21時を回りましたからね。御前ももう受験勉強は終わりでも高校は卒業までまだあるんですから、規則正しい生活をしなさい」
「なぁ――俺アイツに。酷い事言ったよな?」
「そう思うなら領君に謝ればいいですし。御前が正しい事を言ったという信念があるなら、それを貫けばいい。――御前の思うとおりにしなさい、マサヒコ」
「――親父殿は何時もそうだよな…」
「何ですか」
「俺には絶対、答を教えてくれない」
「――御前が自分で考えて選び取った答えで、間違ったり後悔したことがありますか?」
問われて考えるけど。
「多分、無い」
「ほら。――私が御前に答えを授けるまでもないでしょう。御前にはきちんと考える力があるのだから。――ただ、先ほどマサヒコが領君を詰る姿を見て。少なからず後悔しましたよ」
「どうして」
「『己で考える事』を教える姿を見て、昔の私とマサヒコを思い起こしましたからね。――私と御前はやっぱり親子なんですねぇ」
「――なあ、成瀬は俺の弟になるのか?」
「領君がそう望めば、私は竹丘家に迎え入れようと思います。御前はどうですか?」
「俺も別に…どっちだっていい」
「では、領君が決めた結論をお互い尊重しましょう」
解ったと頷いたら。
「――マサヒコ、お腹が空いているでしょう。母さんが御前の分を今準備しなおしてくれているから、行きましょうか」
「はい」
空腹を思い出すのは、緊張から解放されたり、問題が解決したからなんだろうって思いながら、親父殿の背中を追いかけて部屋を出た。
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