2
受験生でとっくに部活も引退して、放課後直ぐに下校する俺は。5時前には家に帰って受験勉強らしきことをしてた。
その日も黄昏時に神社の敷地内にある自宅に戻ってきて。
宮司家として我が家がお祀りしている武蔵八幡神社の参道わきの石灯籠に火を入れて回る神職姿の親父殿を見つけた。
「お帰りマサヒコ」
「――タダイマ。なぁ――成瀬は帰ってるか?」
全部で4~50はあろうかという石灯籠のひとつひとつに親父殿が火を灯すのを、俺は手伝いもしないでじっとついて回って観てるだけだけど。
そう言えば生まれて此の方。神社の事で『手伝え』って言われたコトは一度も無かったなんてふと思う。
「いいえ。領君はまだ戻ってないですねぇ」
「なぁ…親父」
「何ですか」
「アイツすげー暗いしあんなカッコしてるけど…悪い奴に見えないよな」
「――領君が悪い子に見えるとしたら。その人の心が悪いコトを考えているからですよ」
言いながら振り返った親父殿は手燭の火を俺との間に掲げて。穏やかに笑って見せた。
「やはり領君はウチに連れて来て正解でした」
「何で?」
「あの子の事を、きちんと理解できる人間が身近に居ることは良い事だ。マサヒコはその一人になれる素質がありそうだと解ったからです」
「『理解できる』って。そんな大層なコト考えちゃいないよ。何となくそう思っただけだ」
「今はそれで十分です」
「まーこれから先もこれ以上理解できるとは思えねえけど…」
「マサヒコが急に干渉しても領君が驚きますから、今のままでいいですよ」
「ハイハイ。じゃー今迄通り適当に弄ってやるから」
「お願いします…――あ。噂をすれば。どうやら領君が帰ってきたようですよ」
俺はまったく解らなかったけれど。親父殿はこういう勘は鋭いようで。
程無く薄暗い境内の灯篭の灯に照らされて成瀬が現れた。
「お帰りなさい、領君」
足元が少しふらついているのか、
「――…た…だいま…」
息も絶え絶えな成瀬は、やっとの事で親父殿に返事をしてる。
「おー、成瀬。どうした御前。まさかその若さで階段昇ったぐらいで息切れしてんのか?なさけねーなぁ」
うちの神社は小さな山まるまる敷地として持って居て。麓から上に辿り着くまで90段の階段を昇る必要がある。
俺は毎日学校に通うのに上り下りしてたから今じゃ殆ど息切れも無く休まず昇ることができた。
「――…」
違う…と言いたげだったけど。結局その言葉は飲みこんだままで。ふい、と俺と絡んだ視線を背けて応えようとしない。
「マサヒコ」
親父殿が俺を窘めるように声を掛けてきたけど、『適当に弄れ』って親父殿が言ったんだしこれくらい、って思って。
「御前何か中学で部活にでも入ったのか?」
「――?」
再び俺に合わせてきた視線は明らかに『コイツ何言ってるんだ』って顔だったから。
「厨二なんて精々3時半にはガッコ終わるだろ。此処からダラダラ歩いても30分かかんねえのに。1時間半も学校に残る理由はねぇだろ?」
ウチ田舎だから駅前出たって一人でロクに遊べねえし。友達出来たならむしろもっと遅く帰って来るんじゃねえの?って立て続けに聞いたら。
成瀬は薄闇の中でも直ぐに解るくらい、は、っと顔を蒼褪めさせた。
親父殿が苦笑いして俺にブレイクを宣告する。
「止めなさいマサヒコ。――領君。行っていいですよ」
「――はい」
親父殿には従順な成瀬は。頭をひとつ下げると、境内の裏手にあるウチの屋敷に走って消えて行った。
「アイツ明らかに変だったよな」
腕組みをしてさもありなん、とばかりに頷いてやったら。
「マサヒコ御前という子は…『適当に弄る』という先ほどの言葉はどうしたんです」
「あ…忘れてた。って言うかコレも含めて俺の『適当』だから」
「本当に御前は悪い意味で適当ですね」
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