wonder 3

家族が死ぬのは、もう嫌なんだ。


「蹴散らすの、ノイズ全てを」

「ディーヴァ、いいのかい?」


「ええ」

「わかった、力を貸そう」


この闇の集合は、都合が良いわ。師範に気付かれず、助け舟を出せる。

一聖くんは、絶対に失ってはいけない人材。


私のワンダーで風鳴師範の風に干渉し、太刀筋を鈍らせる。


「さあ行って」

ヴォイスの発現する音楽記号が、静かに季節の腕へ到達し、能力を作用させる。


一聖の命火の残り時間から焦りを隠せないハイドが、力任せに、季節へ攻撃を再度試みている。


音色とヴォイスの発現するワンダーによって、風の発生が僅かに遅れる。

ハイドの腕が季節に届き、竹刀を半分ほど折ることに成功した。


「いけるぞ、一聖」


すかさず一聖は、死角から飛び出し、竹刀を振るべく構えつつ前へ出る。

季節の体躯めがけ、刀身を振り抜く。


「来たか」

季節は一聖の気配を感じ取る。と同時、自身の背後から武者の甲冑の姿をしたAliceを呼び出す。

武者のAliceは、一聖の竹刀の刀身を掴み、静止させる。


戦いの振動で傷口が開いてしまう、重傷の重さに耐えている一聖の身体が、大きく吐血する。


「ディーヴァ、このままじゃ!」

「わかってるって!彼には時間が無いこと!」


「蹴散らすの、ノイズ全てを」

「聴き入れろ、僕らの存在を」


優しい感触がした。

ふわりと、一聖の周りを音楽記号が満たし、痛覚を麻痺させ一時的に身体の負担を和らげる。


「一聖ッ!」

声を掛けられ正気に戻る。

ハイドが一聖の背にポジションを取り、竹刀を共に握る。


口から血が漏れ出ている。

無我夢中で、痛みをこらえながら、竹刀を振り切った。


ハイドは竹刀を握っていない左の手で、敵Aliceの武者の甲冑に掴みかかる。

敵Aliceとハイドは、互いの動きを封じ合う。


動きの鈍い季節は、一聖の竹刀に、刀身を合わせられない。

一聖の竹刀は、季節へ届き弱い打撃をひとつ与えるに至る。


季節はすぐに呆れたような表情を浮かべ、仕方がなさそうに、砕覇を呼ぶ。


「治療を頼むよ、砕覇」


「グラディエント、丁重にいくのだ」

「はい、砕覇」


「ひどく打たれたな、一聖くん」

季節へ一太刀入れた後から、一聖は地面にへたり、ぐったりとしている。


砕覇は愛用の筆をすぐさま発現した後、空中へ筆先を動かす。すると、空中へ包帯が描き出される。

発現した包帯たちは、対象へ包み込むように巻き付き、一聖の負った傷を癒し始める。


「安静にしているのだぞ」

砕覇の言葉に、一聖はゆっくり頷いた。


「さて、音色や」

「いやあ、なんでしょうか、師範」


季節は唐突に音色へ近づき、裏拳でぶった。


「強く殴りすぎです」

すぐさま、砕覇が割り入るように止めに入る。


「わしの鍛錬方法に疑問があったのか」

「ええ、大いに」


「彼は、もう貴重な仲間です」

「弱い半端者はどうなるか知っておろう」


「そんなことはどうでもいいんです」

「僕たちは、早くパッチワークを殺したいだけだ」


惨殺された音色の両親の仇の名。


「彼の成熟を待たずに出ます」

「あやつの居場所を補足したのじゃな」


パッチワークを屠るのは自分の宿命なのだと、音色は言う。


幾度か交戦した経験のある季節は、何度殺しても、意志の持たない死体が沸いてくる終わりの無い戦いを思い出す。

あの存在を殺すのは無理なのではないか、そう思えてならなかった。


「わしにお前を止めることは出来ん、しかしな」


「一聖くんのワンダーを見て、勝算が見えました」

音色は、季節の言葉を聞かず遮り、自分の言葉を続けていく。


「本体を引き摺り出せると?」

「はい」


「まだ賛同できないな」

砕覇は、冷静さを失っている音色を気にかけるように、言葉をかける。


「次の機会がいつ訪れるか分からないじゃん」

音色は殺人衝動を隠せずにいた。両親の仇の場所を知ってからパッチワークへの殺意が、湧き出て止まらない。あいつがまた姿をくらましてしまう前に動かねばならない。


「未熟者は、無駄に命を散らし、手駒にされるのじゃ」

「そうですか」

音色は、一瞬反論するかに見えたが、諦め、足早に季節の道場から退室していった。


「仕方のない子じゃ」

季節は、少し悲しげに音色との過去を回想する。


はじめて会った時の音色は、両親を失い、孤児となった絶望から完全に心を閉ざしていた。絵心創羽とその娘の幼き砕覇が描く絵画だけが、当時の音色のささやかな楽しみだった。


10代になり音色にも、Aliceの才覚があると分かった途端、様々なAliceを有する罹患者との戦いに卓越した季節と雷道に師事を仰ぐようになった。


音色は、どんな過酷な訓練も耐え抜き、短期間で飛躍的なAliceの成長を遂げるほどに努力した。


雷道と季節は、そんな音色の姿勢を尊敬するが、単身でなかなか戦場へと送り出せなかった。弟子が傷つき、死体となる姿を見たくなかったから。


「もう自由にさせる時なのじゃろう、砕覇はついてゆくか?」

「そうですね、親友ですので」


雷道が掴んでいた情報により、パッチワークが潜伏しているであろうラボへの襲撃に、一聖は未熟ながらも参加することとなった。実戦は何よりもの経験になるということだった。


「一聖くん、なに、心配しなくていい。私と季節が居るからな」


「さてあちら側に接触する前に、パッチワークのAliceの特性について伝えておく」


普通Aliceの能力の行使には、精神的なリソース。行使できる心の力の量には限界がある。

そのリミッターを無くすためにパッチワークは、Aliceの才覚を秘めた人間を捕獲し、保管している。

保管した人間をなんらかの形でエネルギー化して、心の力を補給しているのは確かだ。


今回出向くのはその保存がされているらしい研究所だ。

様々な人間が登場するだろうが、全て殺せ。


「自由に君の判断で戦い、生き延びろ」


「今回は、音色とヴォイスのペアが一番前を走る」

「もし、パッチワーク本体への手がかりを発見したら共有してほしい」


着いた建物は、東京の街並みに堂々と位置していた。


「この扉の先からは、パッチワークの精神世界の中だ」


「はぐれないでね、誰かと手を繋ぐかな?」


「そうですね、僕は・・・誰と居るのが正解・・・?」


雷道博士についていくのが、一番経験値を積めるはずだと直感が働いた。

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