wonder 2 

僕たちの居住スペースから、少し離れた場所にある。竹がところどころに生えている、静かな竹林の中にある一本の道。


僕と音色さん、砕覇さんの三人で歩いていく。


「ねえ、砕覇。師範、今なにしてるかなあ」

「さあな、掴みどころのない人だから」


音色さんと砕覇さんは、道を歩きながら、とても楽しそうに、談笑している。

これから、逢うことになる人のことを話しているのだろう。


一聖は、改めて、施設の土地の広大さと潤沢な自然に、嬉しくなりながら、地面を踏みしめる。


景色を観察しながら、歩き進めていく。

湾曲した道と茂る竹で阻まれていた視界の先が開ける。

僕たちは、風通しが良く、自然の豊かな香りが広がる空間へと足を踏み入れる。


「師範の気配は、あっちだね」

「そうだな、師範は、まだ気付いていないだろう」


音色さんと砕覇さんは、目的の人物の場所が、わかるらしい。


どんどんと二人の歩くスピードが、速くなっていく。二人を追いかけるように、遅れないように、歩き進める。


次第に、とてもいい匂いがしてきて、その解像度が上がっていくようだ。


「ああっ!師範が、ご飯作ってるぞ!!」

「ラッキー!」


かやぶきの屋根の大きな家屋が、見えてくる。この美味しそうな匂いは、お米を炊く時に、吹き上がる蒸気の匂いだった。


「雷道から、連絡は来てるからな、たくさん炊いたぞ」


そう走り、駆けてくる僕たちに、優しく声を掛けてくれる。綺麗な長髪の黒髪が、風に靡く和装の女性。


とても着物が似合っている。


風鳴かざなり師範!新入りを連れてきたんだ」

「まずは、ご飯ですよね?」


二人の弾ける笑顔、この人を心から信頼していることをよく表している。僕もこの人に、師事を仰げるのだ。


「わしは、上は、風鳴。下は、季節だ、よろしくな」


ふと、真っ直ぐな眼差しを、風鳴さんから向けられて、何を想っているのだろうと勘ぐってしまう。


「君には、どんな刀が似合うようになるじゃろう」


「意外でしょ?今回、風鳴師範から教わるのは、物理的な戦闘の方法よ」

「Aliceについての知識とワンダーの使い方だとばかり思っていました」


そうすると、剣術の稽古をこの三人に、つけてもらえるというわけになる。一聖は、先日の敵罹患者との戦いから、肉弾戦に耐えうる最低限の身体が必要だと痛感していた。


それに、Aliceと一つの由来から、発現するワンダーという力に、まだ理解が追いついておらず、正直なところ、自分の潜在能力を掴めていないのも事実だ。


「明日の朝から、訓練を始める」

そう告げられると、音色さんと砕覇さんは、一瞬の間、表情を曇らせたように見えた。


「さあ、屋敷に入るといい、たんとお食べ」

食事を促され、客間へ通された。

すぐに、なぜ二人が、少し影のような暗い顔を浮かべていたのか気になってしまう。


ふかふかの布団にくるまれながら、うとうと。

夢の中に落ちていく。


翌日、設定したアラームが、まだ外が暗い時間帯に起こしてくれる。

身体を起こし、一聖は、用意されている訓練用の衣服に、袖を通した。

稽古場へ向かう。


「来たな、さあ、竹刀を取るのじゃ」


砕覇さんと音色さんは、竹刀を腰の辺りに構えた状態で、先に、蹲踞そんきょの姿勢を取っている。


壁に、数本立てかかっている内の一振りを、手に取る。


その刹那、風鳴師範が、音速で、一聖との距離を縮め、竹刀で横方向へ薙ぐ。


刀身は、まず一聖の腹に、深く入り、その後さらに斜め上へ抉り込み、あばら骨までも、打撃する。


「はあっ、ア、ア、ア」

打撃された骨は、呆気なく砕けた。打たれた近辺の皮膚は、多量の内出血を起こし、濁った紫色に変色している。

数秒の間、息を吸えない吐けない。動揺する、切り替える。


「ハイドッ!」

咄嗟に、イメージを具現化、条件反射的に、ハイドを呼び出す。


「それが、君のAliceじゃな」


「切り裂けよ、矛盾を。」

風鳴師範の背後の空気が、歪む。完全に、視認出来ないが、Aliceを呼び出したようだ。


「わしは、剣術の指南と言っておったはずじゃがな」

風鳴師範は、少し呆れたような、視線を僕に送りつつ、何かを思い出している様子だ。


「まあ、いい。死を近くに感じなければ上達はない。」

「このままでは、30分だ、君の命が続くのは。」


死のカウントダウンを、宣告された。


待っていたのは、生ぬるい鍛錬ではなかった。命の重さが、急に軽くなっていく。殺し合い、一聖は、すぐに先日の血と腐臭の匂いを、思い出さざるを得なかった。


「悠長なのは、嫌いでな、弱いならここで摘もう」

吐血しながらも、竹刀で打たれた時、落としてしまった竹刀を構える。


「全力でこい、わしに一太刀入れたところで、治療する」


「わかりました」

誰に教わったことの無い竹刀を構える。


「上段構え?舐められたものじゃな」

「打ってくれと言っておるのじゃぁなあ!」


速すぎる剣戟に、畏怖しながら、拙い動作で、風鳴師範の竹刀と、自身が構える竹刀の刀身を交える。


風鳴師範の連続の斬撃を、なんとか防御する。先ほど、打たれた箇所の痛みが、さらに刻々と酷くなり、死への恐怖が、静かに現れる。


「しっかり握れ、もう一度身体に一撃貰ったら、絶命するぞ」

震える剣先が、ピタリと静止する。ハイドが、左手を竹刀の持ち手に、添えてくれる。


「どうやって、太刀を浴びせる?」

「そんなのわかるかよ!」


「激痛だろうが、冷静になれ」


僕が、選んだ道だ。ハイドは、農耕で、生きてもいいと打診していた。まだ生きてみたいな。


「相手も、Aliceを発現している、注意しろよ」

「わかったよ」


思考を振り絞る、とにかく時間が無い。

「正攻法で、戦っても死ぬだけだ」


なら、視界だ。


先日の戦法で、上手くいった部分を取り入れるしかない。

後ろもしくは、横を取り、斬撃する。


「現せ...!僕の影響を。」

「ああ」


ハイドが、右手を振り上げて、空気を切る。


僕のイメージが、上手く具現化され、道場の空気を黒い闇で満たし、光の無い空間を展開出来た。


「ほう、完全ではないが、精神世界を展開したな」

「切り裂けよ、矛盾を。」


風鳴師範は、一聖が展開した闇の空間を、少しずつAliceの異能力で、消し始めた。


「ハイド、闇に紛れ、二手に分かれよう」

「俺は、囮役だな」


チャンスは、きっと一度だ。

「急がないと」

何分経過したのかが、やけに気になって、戦闘への集中が削がれる。


ハイドの姿も、風鳴師範の姿も、闇で当然見えなくなる。しかし、自身のAliceだからなのか、おおよそのハイドの位置は、手に取るようにわかった。


やはり、風鳴師範も精神世界を展開している。しかしAliceによって、その範囲は、異なるようだ。

風鳴師範のAliceの由来は、風だろうか。強大さを感じるけれど、少し弱い風に思える。


微風が吹いてくる方向に、風鳴師範が位置しているはず。

一撃を叩き込むために、迂回と前進のステップを、ゆっくりと刻む、刻む。


距離を詰めていくほど、風が強いものになるのを感じる。

つまり、風鳴師範のAliceは、近距離型である可能性が高い。


「竹刀がもうすぐ届く距離だ」


「ハイド、頼むよ」

「わかってる、敵Aliceの気配がないのが、不気味だがな」


タイミングを計り、ハイドが風鳴師範へ攻撃を加えるべく踏み込む。


待月たいげつ

「はい、姫よ」


ハイドは、拘束を試みるが、強い風によって、腕が弾かれてしまった。

後退し、再び闇に紛れる。


「一聖、時間がない」


何分経過したんだ。次第に、広がる痛みが、自分の命火の残りが少ないことを身体に、教えてくれる。








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