第6話 エンさんのこと

ナリくんよりも新月よりも古い付き合いのエンさんと出会ったのは、エンさんがまだメガネをかける前だったから、幼稚園入園前だったと思う。

あおちゃんのいつも隣にいる不思議な存在だねと形容される、エンさんは今の私から過去を拾い上げられないような、そんな過去を知る唯一の存在だ。


エンさんが隣を歩くと、あおのまわりにはだれも近寄ってこない。やくざな雰囲気じゃなくて、本物の殺し屋の雰囲気をまとった人だ。

エンさんとあおはいっしょに暮らしている。

「あおはさ、俺だから。別の人間じゃないから、離れて暮らすとかありえないんだよ」

あおはその気持ちがなんとなくわかる。エンさんが少しでも離れていると、あおは不安になる。急に右目が見えなくなるような、急に右半身の能力が奪われるような、そんな感覚になる。

ふたりとも面倒くさがり屋だから、昨年の春に結婚した。この法治国家で生きている以上、便利に生きたいから。


苦しくなって自傷行為をしたあおの傷跡を、エンさんはテレビを見ながら、まるで食後のアイスクリームかのように飽きもせず舐めている。そんな日常をエンさんもあおも疑うことはなかった。


ナリくんは頭が悪いし、新月は頭がよすぎる。でもエンさんは何かが欠如しているから、そのどちらにも振り切れないすごみがある。


この間、あおの入れ墨を見たとき、エンさんは嬉しそうに笑いながら言った。

「ねえ、ここも今度から舐めていい?入れ墨ってある意味傷でしょう?」


新月は臭いにも敏感だからやめてほしいなあとあおは思った。

エンさんはたぶんその表情に気づいている。だからこういったんだと思う。

「あお、自分と他人とどっちが大切?」


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