第5話 新月のこと
新月は不思議な子だった。
そして、新月は私に「あの子」と言われることを嫌がるプライドの高い子だった。
新月の異常な魅力にあてられない女の子はいない。
新月が登場すれば、女の子たちは臭いを察知するように新月に注目する。女の子たちはあえて自分たちの汚い部分を利用して新月の気を引こうとしていた。新月はふわふわしているようで、鋭敏で感受性が強く表面的には平和主義者だから、謙虚で優しくスマートな対応をして、またさらに人気者になっていく。
あおにだけは新月は違った。
あおが他の男の子と話していたり、あおが他の男の子をほめているとムキになって相手を否定したり武勇伝を語ったりして途端に格好悪いかわいい男の子になる。だからあおはそのことを揶揄するように、新月を「あの子」と呼んであえて無視してあえて朗らかにいた。その他大勢以下とでもいわん態度にあの子は苦しみぬいている。あおはわかって新月に意地悪をし続けていた。
でもあおと新月は、私と新月はいつのころからか互いの気持ちを察することができるようになっていた。
あの夜、ひとりで寝ていたあの夜、月経が終わって数日後の私が女として一番盛っていた夜、偶然にも新月のコラムを見つけてしまった。
新月はほとんど発信をしない。いつも聞き役で人を癒すようなタイプで、身体全体で「大丈夫だよ」と相手を包み込むような人だから、本人も自分にとって言葉がさほど意味がないことを良く知っていた。
新月のコラムは私への怒りと愛と執着と独占と嫉妬と、真っ赤な様相だった。どのページのどの文字も赤くて、時々、黒よりも深い暗闇の色をしていた。ペンネームを使っていたけれど、これは新月の文字だと、新月が紡ぐ文字だと思った。新月の語彙圏は海外暮らしの長さからどこか英文を感じさせる。
そして、一文字一文字を新月の言葉として追っていたら、私は逝ってしまった。彼の言葉が私を絶頂に達せさせた。ひどく赤いあの文字のひとつひとつが、普段しゃべらない新月の本心だと思ったら私はたまらなかった。私が避けていた理由も、新月が避けていた理由も、互いに灼熱の情動をもって希求するように欲していたことも、互いが見せないようにしていた傷もクリアに見えていたことも、そこですべてがわかった。
新月をはじめて見た日の私の衝動を、新月は見事に感じ取っていたし、新月自身も怖くて怖くて私に触れないようにしていたこともわかった。
新月はコラムの中でこう言っていた。
「俺は、君に一瞬でも触れたらリミッターが外れて犯罪者になるところだった」と。
そんな新月の思いが私は嬉しかった。
その日から数日後、私たちは再会して今に至る。
新月は私にGPSをつけている。私の左内ももに「SLAVE」と入れ墨を入れさせた。
毎回、新月はその入れ墨を丁寧になめる。
「君は俺の奴隷だ。君が抗っても君の身体を操縦できるのは俺だけだ」
どんなに嫌だと思っても、身体がついていかないと訴えても、新月が言うように私の身体を操縦できるのは私ではなく新月だった。その証拠に新月に逝かされた夜の空は漆黒の闇ではなく群青色だったから。
新月は私に死を迫るように愛している。
「だって早く死ねば俺たちひとつになれると思うから」
ねえ、新月?私たちは死ねない。だって私たちは四方の大将だから。
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