第3話オルフェウスー嘆きの音色ー


それは-

まだ、神々と人が、とても近しく暮らしていた頃のこと


空が白みはじめはた頃、

起き出した小鳥たちのお喋りが辺りに響き出した。

小鳥たちは道沿いの大木を巣にしていた。

その大木の根元には、ひとりの若者が座り込んでいた。


若者はあけゆく空に目を向けてはいたが、

その実、何も見てはいなかった。

若者の目に映っているのは、そこにはいない妻の姿だった。


「エウリディケ・・・」

若者は妻の名を呼ぶと、持っていた竪琴を奏で出した。

いつもならその音色を聴きつけた妻は、若者の傍らに来るのだが、

どんなに奏でても妻が来ることはない。

若者のそばには、お喋りをやめた小鳥たちがいるだけだった。



若者の名を、オルフェウスと言う。


太陽と音楽の神アポロンと芸術の女神(ミューズ)のひとり、カリオペとの

間に産まれた子供だった。


父アポロンからは竪琴を受け継ぎ、母カリオペからは美しい声を受け継いだオルフェウス。

ひとたび竪琴を奏で歌い出したなら、神々や人々はもちろん、動物や植物までもが

オルフェウスの奏でる音楽に魅せられてしまうのだった。


そんなオルフェウスにはエウリディケと言う名の妻がいた。

妻のエウリディケは美しい妖精だった。

オルフェウスが草原で竪琴を奏で歌い出すと、エウリディケは軽やかに舞いながら

オルフェウスに微笑み、その傍らに座りうっとりと夫の顔を見つめるのだった。


ある日、妻のエウリディケは仲間の妖精と川べりを歩いていた。

その時―

草むらに潜んでいた毒蛇にエウリディケは足を噛まれてしまったのだ。

蛇の毒はあっと言う間に全身を巡り、エウリディケは息絶えてしまった。


知らせを聞き駆けつけたオルフェウスが目にしたのは、草むらに横たわる妻の姿だった。


「エウリディケ!!」

オルフェウスは妻の名を呼び、体をゆすったが、

エウリディケは目を覚まさない。

代わりに、その体はどんどん冷たくなっていくのだった・・・




エウリディケを失ったオルフェウスはすっかり生きる気力を無くしていた。

竪琴を弾く気にもならず、心はエウリディケを追い求めていた。


「会いたい・・・」


その想いは強くなるばかり。

オルフェウスは意を決して立ち上がった。

竪琴を手に取ると、エウリディケを生き返らせるために冥府へと旅に出るのだった。


夜になると木の根元で休み、夜があけると歩き出す。

そうやって歩き続け、やっと冥府へと続く洞窟の前に着くことができた。


暗い、暗い洞窟の中を一歩ずつ進んでいくと、黒い河が目の前に現れた。

オルフェウスが河に入ろうとすると、

「生あるものは、ここより先には行けぬ!」

と、小舟に乗った《冥府の河の渡し守》に呼び止められてしまった。


そこでオルフェウスは、手に持っていた竪琴を奏でた。

その音色を聴いた渡し守は黙って小舟に乗せ河を渡らせてあげた。


オルフェウスは行く先々で竪琴を奏で、ようやく冥府の王ハデスのもとへと辿り着くことができたのだった。

オルフェウスは妻をを生き返らせてくれるように、冥府の王ハデスに頼み込んだ。


だがハデスは冥府の掟を変えることは出来ぬと、頼みを聞き入れはしなかった。


オルフェウスは竪琴を奏で出した。

妻を失った悲しみを歌にした。

彼の嘆きはハデスの横に座っていた妃のペルセフォネの胸を打った。

ペルセフォネの目からは大粒の涙がこぼれ落ちていく。

ハデスもまた、冥府の掟と妻を失う悲しみに心が揺れ動いた。


「ハデス・・・」

「私からもお願いします。どうぞエウリディケを生き返らせてあげて。」

ペルセフォネは涙に濡れる瞳で懇願した。

ハデスとて最愛の妃ペルセフォネを失ったときのことを考えると他人事ではなかった。


「オルフェウスよ、ひとつ条件がある。エウリディケはお前の後をついて歩いていくが、

地上に出るまで決して後ろを振り向くな。」

「いいな。決して振り返ってエウリディケを見るんじゃないぞ。」


ハデスはそう言い渡しました。


オルフェウスは飛び上がらんばかりに喜び、

「決して振り返りません。」

と誓った。


そしてもと来た道を歩き出した。

後ろにエウリディケがいる!

そう思うと険しい道も疲れも吹き飛んでしまうようだった。

会えるんだ!

またエウリディケと暮らせる!

喜びに胸を躍らせ歩き続けたオルフェウスの目の前に小さな光が見えた。


もう少しだ!


駈け出さんばかりの勢いで光を目指した。

そして洞窟の出口に辿り着いたとき、

急に不安が押し寄せてきた。

あまりにも妻の気配がしなかったからだ。


本当にエウリディケは後ろにいるのか?

もしやどこかではぐれてしまったのでは?

次から次へと不安が押し寄せてくる。

エウリディケがいなまま、私は地上に戻ってもいいのか?


とうとう我慢ができなくなったオルフェウスは、ゆっくりと後ろを振り返ってしまった。


そこには―


大きく目を見開いたエウリディケがいた!


オルフェウスは喜んでエウリディケの方に一歩踏み出した。


その瞬間!


悲鳴とともにエウリディケは何かに吸い込まれるように、洞窟の奥へと連れ去られてしまった。


オルフェウスは慌てて追いかけたが、

どんなに竪琴を奏でても、どんなに妻を想い歌っても、二度と冥府へと辿り着くことができなかった。


ひとり地上へと戻ったオルフェウスだったが、自分の愚かさに耐えきれず、

嘆き続けた末に息絶えてしまった。


哀れに思ったアポロンは

オルフェウスの形見の竪琴を天へとあげ、

星にしたのだった。











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星語り 月乃ゆみ @tukino3

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