第2話 豊穣の女神と冬

その地は緑あふれ光り輝いていました。

作物は豊かに実り、花々は咲き乱れ、

甘い香りを放つ果実を、小鳥たちがついばんでいます。

口いっぱいに木の実を詰め込んだリスは、

巣穴へと入って行く。


ここは豊穣の女神デメテルが、娘のペルセポネと住う土地。

ペルセポネは全知全能で最高神であるゼウスとの間に産まれたひとり娘。

デメテルの愛情を一身に受けて育てられたペルセポネは、美しい娘へと成長していったのです。


ある日、ペルセポネは妖精たちと一緒に、

花を摘みに野原に行きました。

持ってきた籠の中に花を摘んでは入れていく。

すると、離れたところで何かが光っていることに気がつきました。


妖精たちに声をかけようと振り返ったのですが、みんな夢中で花の蜜を飲んでいます。


そこでペルセポネは、ひとりでその光に近づいていきました。

近づくにつれ、甘い香りがしてきます。

それは1本の光り輝く水仙だったのです。


「まぁ!なんて綺麗なの!」

ペルセポネは母デメテルにプレゼントしようと、その水仙を手折りました。


その瞬間ー


大地が裂け、黒い馬が引く馬車が現れたのです。

乗っていたのは冥界の王ハデス。

ハデスは、目を見開いたまま動けずにいるペルセポネを片手で抱き上げたのです。


「きゃーーーーー!」

ペルセポネは悲鳴を上げました。


その声が聞こえた妖精たちは、ビックリして声がしたほうを見たのですが、そこには誰もいません。


慌ててペルセポネを探しますが、

彼女の持っていた籠が落ちているだけ。

どこに行ってしまったのか、分からなかったのです。


それもそのはず、ハデスに地の底へ連れ去られた後だったのです。

ハデスは美しい娘に成長したペルセポネを、ずっと狙っていました。

彼女がひとりになるよう仕向け、連れ去ったのです。


ペルセポネの悲鳴は遠くにいた母、デメテルの耳にも届きました。

慌てて駆けつけたデメテルが、妖精たちに事情を聞いたのですが、何も分からないまま。


デメテルは必死にペルセポネを探しました。

9日間もの間、何も飲まず、何も食べず、

娘を探し回ったのです。

でも誰も娘がどこへ行ったのか知る者はいませんでした。


「どこにいるの?ペルセポネ・・・」

呟きながら天を仰ぎ見たデメテルの目に

太陽の光が飛び込んできました。


「そうだ!太陽神アポロンなら何か知っているかもしれない。」

地上を照らす太陽はあの日も頭上にあったのだから。


デメテルは大急ぎでアポロンに会いに行きました。


アポロンはデメテルにことの真相を語りました。

ハデスがペルセポネを見染めたこと。

ペルセポネの父であるゼウスに、結婚の許可を得て冥界へと連れ去ったことを。


デメテルは大切な娘がゼウスの許可で、冥界に連れて行かれたことを知り、身体中の力が抜けていくようでした。


娘を救い出したい!


ですが、冥界は死の国。

デメテルには冥界に行く術がありません。


あまりのショックと怒りに、デメテルは神殿の奥深くに身を隠してしまいました。


そうなると焦ったのはゼウスです。

デメテルは豊穣の女神。

神殿から出てこなくなったために、あらゆる作物は枯れ、花は散り、木の実は落ち、

芽を出さなくなったのです。


生き生きとエネルギーに溢れていた大地は、不毛の大地へと変わってしまいました。

動物も人間もどんどん痩せ細り、息絶えていく。

食べるものがないのは神々も同じです。


ゼウスは冥界への使者を立てることにしました。

ペルセポネをデメテルのもとに返すために、伝令の神ヘルメスを呼んだのです。

伝令の神なので、どんなところへも行けたのです。


ヘルメスは早速、ハデスに会いに冥界に行きました。

ハデスはヘルメスからゼウスの命令を聞き、

また地上の混乱ぶりを、知り心が乱れます。


返すべきなのは分かっているのですが、離れたくはなかったのです。

彼はペルセポネを心から愛していました。

そんなハデスにペルセポネは言いました。


「ハデスさま。どうか私を地上に返してください。」

「私もまた母と同じく豊穣の女神にして春の女神。」

「私のせいで生きとし生けるものが死んでいくなんて・・・

私は生きてはいられません。」

ペルセポネは涙をながしながら訴えました。


ハデスはポロポロと涙をこぼすペルセポネにそっと近づきました。

そしてペルセポネの頬にふれ涙を拭いながら

言いました。


「あなたと別れるのはつらい。

それでも、返さなければならないのだろね。」

「ペルセポネ、私の願いを聞いてほしい。

あそこのザクロの実を食べてくれ。」

そう言って近くに成っていたザクロの実をもぎ、ペルセポネの手の上に置いたのです。

ペルセポネは一口ザクロの実を口にしました。


そしてヘルメスに案内されながら、地上へと、母のいる神殿へと急ぎました。


「お母さま!お母さま!」


神殿へと入って行ったペルセポネは

デメテルを呼び続けました。


その声が聞こえたデメテルは

神殿の奥から姿を現しました。


「お母さまー!」

ペルセポネは走り寄って母に抱きつきました。

デメテルもしっかりと娘を抱きしめます。

「もう二度とあなたを離さないわ。」

デメテルは言いました。

そしてペルセポネと一緒に、神殿の外へと出たのです。


その途端、大地は息を吹き返したのです!

芽が出るなりどんどん大きくなり、

あっと言う間に豊穣の女神の恩恵を受ける

大地の姿に戻ったのです。


「これからはずっと、ここで暮しましょうね。」

デメテルの言葉を聞きペルセポネの顔が少し曇りました。

「お母さま、私・・・

ハデスさまに渡された冥界のザクロを、一口食べましたの。」

「なんですって!」

デメテルは悲鳴のような声をあげてしまいました。

それもそのはず、冥界の食べ物を口にすると

地上では暮らせなくなるからです。


デメテルは身体中が震えました。

大切な娘がまた冥界へ行ってしまう!


娘と別れたくないデメテルは、ゼウスの元に行きました。

なんとか取り成してもらおうと思ったのです。


ゼウスはデメテルが神殿にこもってしまうことを恐れたのですが、冥界の掟を変えることはできません。


そこでゼウスはハデスと相談し、

一年を四つにわけ、三ヶ月は冥界で暮らすが、残りは地上で暮らすことをデメテルに約束したのです。


デメテルは三ヶ月も娘と離れるなんて納得できません。


ですがその時ペルセポネが言いました。


「お母さま、私はハデスさまの元へ行きます。

ハデスさまは、私を心から愛してくれています。心配なさらないで。」

「地上にいる間はお母さまとずっと一緒にいますわ。」


娘に説得されたデメテルは、しぶしぶこの約束を受け入れたのです。


こうしてペルセポネは一年のうち三ヶ月を冥界の王妃として暮らすことになったのです。


デメテルは約束を受け入れたものの、やはり娘がいないことに耐えられず、ペルセポネが冥界にいる間は神殿の中に籠っていました。

これが冬のはじまりとなったのです。


乙女座はこのデメテルともペルセポネとも言われています。

左手に持つ麦の穂が豊穣を現しているのです。


娘をなによりも愛する豊穣の女神のお話しでした。























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