第4話 峠の山賊

 宿屋の娘の歩いた後は、倒れた草木で分かった。

 それを通ればどこかに出られるはずだ。キティとミアはそこを進む。と、ひらけた場所に出てきた。恐らく元の街道だろうか。


 それに……。


「――例の山賊か?」


 ミアが目にしたのは、開けた街道に座り込んでいる男たちだった。

 五人の男は、ふたりが獣道から出るところを待ちかねていたようだ。先に行ったはずの宿屋の娘は……今のところ見当たらない。

 男達は腰を上げ、ふたりの前に立ちはだかるように展開した。手には粗末な作りの剣や槍など……その刃先がふたりに向けられる。

 普通だったら……いや、大人の男でも、脅えて当然な状態のはずだ。だが、そんな中で、後方にいたキティが前に出て声を張り上げた。


「問おう! 貴様らが山賊か!」

「だったら何だ! 金目のものを置いていけ、女も置いていけ!

 俺達の慰みものにしてやる。もっとも、お前ら男か女か判らないがなッ!」


 と、中央の男が高笑いをはじめた。


 その途端、


「――ぐっきゃぁッ!」


 悲鳴なのか、よく解らない声を上げてその男が倒れ込んだ。

 そして先程まで男がいたところに、金髪碧眼の美女が立っている。剣の柄頭を突き出して……。


「ミアを気持ち悪い目で見るなッ!」


 金髪碧眼の美女……フードの取れたキティが叫んだ。

 その瞬間に背負っていた荷物を放り出すと、剣に手をかけて突っ込んできた。そして、男の鼻先目がけて柄頭を叩きつけたのだ。

 男は鼻先を砕かれ、悶絶して倒れ込む。その場に残ったのはキティだけ。

 続けて彼女は、右の男を睨み付ける。


「ひっ!」


 その形相に男はひるむ。次は自分ではないかと……。

 しかし、キティの抜いた剣先はその男の鼻先をかすめると、反対の左側で状況を飲み込めないで唖然としている男の右頬に、剣のブレードを叩きつけた。刃の立っているところではない。フラーの部分だ。とはいっても鉄板が不意に叩きつけられたのだ。脳しんとうを起こして左側の男は倒れた。

 彼女はくるりと体をねじり、続けて目を付けていた男の前に一歩踏み込んだ。

 返す剣を叩きつけるかと思った……男もそう思ったのだろう。しかし、男は手にした剣を身構えたが、キティは止まった。

 にやりと不敵に彼女が笑う。

 何をするかと思ったら左手が飛んできた。こぶしが喉仏に叩き込まれる。呼吸困難に陥り、こちらも倒れ込んだ。

 残りはふたりだ。

 並んだときの右端と左端……両方とも槍を装備していた。

 先程倒した隣の男――右端が先に動いた。

 槍を突き出した。だが、キティが腰をねじり、さらりと槍先を避け、を左手で捕まえた。男は彼女から槍を取り戻そうとするが、ビクともしない。そのまま彼女は槍の柄を叩き切った。しかし、剣が勢い余ってか、地面に突き刺さってしまった。隙ができたと、男は槍を捨てて彼女を押さえ込もうとする。

 まだ油断があったのかもしれない。女だから力任せに押さえ込めると。しかし、キティは左足を軸に右足で回転蹴りを食らわせた。

 彼女のかかとがみぞおちに入り込み、吹っ飛ばされて男はそれで終わった。


「うっ、動くなッ!」

「キャーっ!」


 最後に残った男の声が聞こえてきた。それに女性の悲鳴が続く。

 キティがそちらを見ると……消えた宿屋の娘が男に捕まっているではないか。喉元にナイフを突きつけられて。


「動くな。この女の命が惜しければ……おい、動くなって言っているだろ!」


 男の言い分では、宿屋の娘は人質に取られているように見える。しかし、キティは無視する。剣を地面から引き抜くと、ゆっくりと歩み近づいていく。

 剣を持ち替え直し、剣先を突き出した。

 そのまま突っ込む気なのか。人質ごと貫くつもりだろうか。


「オレの爺様グランパは言った。

 攻撃は最大の防御なり。自分の命を護らずは、まず敵をたたきのめすべし。

 自分の命を守れないものは我が……」

「なっ……うきゃー」


 キティが突っ込もうとしたとき、その前に男から悲鳴が上がった。

 男は肩を押さえながら倒れた。その肩には短い矢が刺さっている。

 どこから飛んできたのであろうか。そういえば、先程からもうひとり……短髪の女性、ミアの姿が見えない。


「――お前の家訓を人に押し付けるな」


 倒れた男の後ろの藪にミアの姿があった。

 その手には短弓ショート・ボウが握り締められている。マントの下に隠し持っていたのであろう。いつの間にか藪の中に入り込み、男達の後ろに回り込んでいたようだ。

 残されたのは宿屋の娘のみ。山賊の男達は悶絶しているか、負傷して動けない。


「えっ……あっ、ありがとうございます!」


 娘は倒れた男達を見回すと、慌てて頭を下げた。


「そんなことで騙されると思うか!」


 キティが声を上げた。ミアが続ける。


「さっきまで隠れていただろ? 

 山賊のほうが不利になってから人質のようなフリをしていたが、仲間と見て間違いない」


 ミアはキティの援護を、と男達の後ろに回ったときに、偶然にも宿屋の娘の行動を見ていたのであろう。


「なっ、何のことですか?」


 それでも宿屋の娘はシラを切るようだが、キティが剣を握り直して近づいてくる。


「ミア。オレ達は山賊に襲われたよなぁ」

「ああ……」

「これは正当防衛だよなぁ」

「ああ……」

「たまたま巻き込まれた、案内役はかわいそうだよなぁ」

「ああ……」


 キティはどんどん近づいていく。剣を振り上げながら……。


「えっ、あ……ちょっと、待ってください!」

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