~狭間~9


「みなさんどうかお元気で!」


 私は大きな荷物を持ちみんなのお見送りに答える。旅館の駐車場に集まってくれたのはみんなお世話になった人ばかりだ。五十嵐さん、長谷川さん、香、翼、飯波さん、哲郎さん。そして従業員の方々。


「なんだよそれ。これじゃまるでお別れみたいじゃねーか。」


 五十嵐さんは呆れたような顔で言う。


「そうよ。私たちは家族なんだから。どこにいても一緒よ。」


 長谷川さんは頬に手を当てにこやかだ。


「ん~!私も早くそっちに行けるようにみんなバシバシ鍛えとくから!それまで待っててね!」


 香は元気一杯だなぁ。


「まぁくれぐれも無理はしないことね。今度は一人で空回りしても助けられないわよ。」


 全く最後まで素直じゃないんだから~翼ちゃんは。


「どうかお元気で。私もそちらにお邪魔するのでまた今度、と言った方がいいかな。」


 飯波さんは設備責任者なので会う機会もあるだろう。


「娘をよろしくな!しっかり面倒見てくれよ!」


 んーそれじゃあ語弊の塊ですよ哲郎さん。


「光には私がついているから安心しろ。後のことはみんなに任せたぞ。」


 隣にいる吉井支配人が腰に手を当て私の肩を抱くように寄りかかる。


「ちょっと!置いていくなよ!」


 従業員口から荷物を持った静川さんが足早に駆けてくる。

 あれから一年の月日が経過した。噂の店舗拡大の話は現実になり、突貫工事でもう一店舗が完成。新潟県にある斉藤宅のすぐそばの立地に建つこととなった。

 斉藤家は今の家業の旗を下ろし、正式に大西社長の旅館業の傘下に入った。メンバーは斉藤宅のお手伝いさんや大西社長の知り合い、少数の募集、そして各担当の責任者は本館の経験者で賄うことで営業を開始する。厨房は静川さん。そして統括は私が務める。

 あのあと由比が目覚めることはなく今も意識不明の状態が続いている。現在大西社長宅で休養をとっていて、いつ目覚めるかもわからない。

 待っているというのは側にいることではない。お互いを想い合う気持ちに距離は関係なく想いの強さであることに気づいた。

 私は自分の夢を全うする。きっと由比もそれを望んでいるし私もそれを望みたい。

 誰かを理由にすることは納得ではなく挫折だ。そこに一番必要なのは惰性よりも覚悟だと思えるようになった。

 この先に何があるかわからない。しかしそれを恐れて尻込みするのはもうできない、したくない。

 私は自ら新店舗の移動に志願した。この一年で色々な苦悩を経験した末に結論した。そこに未練や後悔は一切感じていない。私はまた、旅立つ必要があったからだ。

 そして由比が目覚めるのを私は待っている。 もう一度。私が由比の道しるべになるために今は出来ることをする。それが私の出した答えなのだ。


「また難しい顔してるぞ。今は笑えよ。」


 私の顔を覗き込むように静川さんが言う。顔を上げた先にはみんなにこやかな顔つきだ。気づけば私は笑っていた。頬を伝うものには気づかずに。


「行ってきます!」


 振り向いた時には大泣きしていた。感情が抑えきれず肩を揺らす。

 隣にいた吉井支配人は私の頭をグシグシ撫で小声で行くぞっと言ってくれる。

 これで終わりではない。

 これからが私の本当の始まりなんだ。

 これまで起こったこと。想ったこと。感じたこと。そしてこれからのこと。

 人は常に過去と未来の狭間に生きている。過去は経験とし、未来に希望を抱いて、私は今日も狭間を生きている。

 どうにもならない過去を持ち、先に何が起こるかわからないこの不条理な世界で。

 

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