~変動~6.2


 十二月、冬。山はすっかり雪化粧を済ませていて寒い。暑がりな私もさすがにコートを着なければ家から出られない。布団から出るのも難しい季節になった。

 この季節になると我が旅館もウィンタースポーツを目的とするお客様が押し寄せてくる。山を少し上がるとスキー場がありウィンタースポーツ用具レンタル店との提携もあるのでこの季節は忙しくなる。

 五十嵐さんは支配人代理の任を受け、吉井支配人との仕事が増えたので大抵旅館には来ない。実質責任者は私であるが周りのサポートを絶賛受けまくり中なのである。

 引き継ぎはしたものの初めての事ばかりで無我夢中に仕事をしている毎日だった。

 しかし心にはポッカリと穴が空いた感覚がなくならない。由比がいなくなってしまったのには吉井支配人の活を入れられて割りきったはずだった。はずだったがいなくなると考えてしまうのはもはや人間の性である。それほどまでに私は由比を気にしていたのだと実感する。寂しさを紛れさせる為にただがむしゃらに仕事をしていた。


「ねぇ光さん。最近頑張りすぎじゃない?ちゃんと休んでるの?」


 いつもの出勤風景。前で坂上さんと話していた斉藤が心配そうに振り向いて聞いてくる。そういえば最近常に出勤している気がする。そもそも私の要領が悪いので仕事がてんこ盛りな訳だが、かえってそれが私の気を紛れさせてくれていた。


「んーでも、一人前になるためには今は頑張らないと。」


 確かに身体は相当悲鳴をあげていた。家に帰っても仕事の確認と寝るだけで睡眠時間と言っても片手で数えられるだけだ。趣味のゲームもしばらくお預けで休みという休みはとっていない。


「それでも休息は必要よ。身体が壊れたら元も子もないわ。休める日作れないの?」


 坂上さんはしれっと言うが私と斉藤は坂上さんが長谷川さん以外を気にかけていることに驚く。


「何よその意外そうな顔は。私だって心配ぐらいするわよ。今彼が倒れたりでもしたら総崩れだもの。」


 少し顔を赤らめながらそっぽを向く。


「へー!メガネっちも光さんのこと頼りにしてるんだぁ。なんか意外だなぁ。」


「う、うるさいわね!責任者がいなくなったら困るって言ってるのよ!」


 坂上さんは早歩きで先に行ってしまう。それを斉藤が追いかけていく。私は一連の様子に口元が緩む。労ってもらうのはありがたいが心配してくれるみんなの為にも今は頑張らなければいけない。私は今日も五十嵐さんに近づくために頑張るのであった。







 仕事も終わりに近づき事務作業をしている。最近疲れからか少し頭痛がおきるようになった。私はこめかみを指で揉みながらパソコンと向き合う。


「ねぇ光ちゃん。最近疲れているようだけど大丈夫?」


 心配そうに顔を覗いてくるのはいつも優しい長谷川さんだ。


「はい。少し頭痛がしてるだけです。すぐ治りますから。」


「ごめんね。私たち光ちゃんに頼りっきりで。休む暇無いわよね。」


 もう長谷川さんの言葉を聞くと泣きそうになる。


「いえ!むしろ頼りっきりは俺の方です。五十嵐さんだったら皆さんにこんな手間とらせないのに。すみません。」


 長谷川さんは静かに私の後ろに周り肩を揉み始めた。


「なっ、平気ですよ!長谷川さんだって ... 」


「いいの。私がこうしたいと思ったからしてるだけ。それと光ちゃん ... 。無責任に聞こえるかもしれないけどあまり気負わないでね。五十嵐くんが来れなくなったけど、それでも光ちゃんはよくやってるわよ。入って半年でここまで出来る人はそういないわ。」


「ありがとうございます。でも、俺頑張ります!五十嵐さんがいなくても、この旅館を守れるようになりたいんです。」


「フフフ、吉井さんが聞いたら喜ぶわね。でも五十嵐くんが聞いたらどう思うかしら。」


「彼方のくせに~!とか言われるんでしょうね。」


「あらモノマネ上手いわね!そっくり。フフフ。」


「ハハハハ。」


 和やかな雰囲気に少し癒された。長谷川さんはみんなのメンタルメーカーなのが頷ける。


「おつかれさ .... まです。」


 そんな和やかなムードの中静川さんが事務所に入ってきた。まぁ端から見たらこの光景は不思議に思われるかもしれない。静川さんはそんな私たちをさておき私の向かい側の自分の席についてパソコンをいじる。


「静香ちゃんお疲れ様。もうお仕事終わり?」


 静川さんはパソコンの上から少し顔を覗かせる。


「はい。夕食は父ちゃん達なんで後は在庫確認するくらいですね。」


「そう、じゃあ変わってもらおうかしら。私もうちょっとやらなきゃいけないことがあるから。」


 長谷川さんはそう言って私の頭を撫でる。


「えっ?いや悪いですよ!それともう大丈夫です。ありがとうございました。」


「あらそう?無理しちゃ駄目よ光ちゃん。」


 長谷川さんはそう言い残し事務所を去っていった。二人だけを残ししばし沈黙が続く。


「 .... 肩揉んでやろうか ... ?」


「え、いや大丈夫ですよ。」


「遠慮すんなよ。うちマッサージ上手いんだぞ。」


 またパソコンの上から顔を覗かせている。


「えー。静川さんにやられたら肩の骨が粉砕しかねないので遠慮しますよ。」


 私はパソコンを操作しながら笑って言う。


「なっ!うちをなんだと思ってんだよー!じゃあその言葉通り粉砕してやるよ!!ったく。」


 静川さんはプンプン怒ってドスンとイスに座る。


「ハハハハ!冗談ですよ!お気持ちだけいただいてまた今度お願いします。怒らないでくださいよ。」


「別に怒ってないけどさ。でも心配なんだよ最近のお前。ずっと出勤してるだろ?休まないとホントに倒れちまうぞ。」


 私はこの職場の暖かさに嬉しくなる。だから期待にも応えたくなるのだ。


「みんな心配してくれるんですね。嬉しいです。でも来週一回休みありますし、年末年始は連休もあるので今は頑張りますよ!」


「そうか?ならいいけど ... 無理すんなよな。後さ、ちょっと聞きたいことあるんだけど。」


 静川さんはまたパソコンの上から顔を覗かせる。ちなみに覗かせているというよりは静川さんの身長的にはこれが精一杯なのだろう。

 私は笑みを返す。


「なんですか?」


「お前年始とか予定あるか?ほら、地元に帰ったりあるだろ?」


 静川さんは何か聞きたそうにこちらを伺ってる。


「あーそうですね。休みの長さも微妙なんで今年は戻らないかもしれないですね。」


「じゃあさ!じゃあさ!初詣一緒に行こうぜ!少ないけど屋台なんかも出てて面白いんだ!」


「でも静川さんはご家族と一緒に行ったりしないんですか?」


 哲郎さんが同じ職場なので静川さんの地元がここと予想した。


「いいんだよ別に、昨年も一緒に行ったから。今年は一緒に行こうよ!」


「は、はい。いいですね!行きましょう。」


 静川さんの目がキラキラしていたから押されてしまった。まぁ断る理由もないしここでの初詣も一度は経験したかったから快く了承した。


「えっ?ホントか?よし!約束したからな!じゃ、じゃあな!」


 静川さんは逃げるように事務所を後にする。在庫確認と言ってここに入ってきたが確認したのだろうか。それだけが私の頭に残ってしまった。

 それからはやるべきことをやり、旅館内の設備の稼働把握。各部署とのコミュニケーションを取り、定時報告を済ませた後ナイトタイム、通称夜の管理人と引き継ぎをして帰り支度をする。

 今日も中々疲れた。いつもは私の帰る時間に五十嵐さんと一緒に帰ったりしていたが、私が五十嵐さんの変わりをすると大体夕方を過ぎてしまう。改めて五十嵐さんの要領の良さを羨む。ロッカーで着替えを済ませた後帰路につこうとした。すると駐車場に何人か人影がある。


「あ!光さーん!お疲れ様だよー。」


 そこにいたのは斉藤、坂上さん、長谷川さんだ。


「皆さんお疲れ様です。誰か待っているんですか?」


 私は辺りを見回す。


「全くこっちは待ちぼうけだわ、すっとんきょうな顔をして。あなたを待ってたのよ。」


 坂上さんがそっぽを向いて答える。


「翼ちゃん、そんな言い方は可哀想よ。光ちゃん最近働きづめで大変そうだから気分転換に街にお出掛けなんてどうかな~と思って。ね?」


 坂上さんは少し反省したように下を見ている。正直嬉しすぎて疲れがぶっ飛んだ。これは二つ返事で申し出を受ける。


「ありがとうございます!是非ともご一緒させてください。」


「おっけーい!それじゃあレッツゴー!!」


「美味しいもの食べに行きましょうねー。」


 みんな和気あいあいと車に乗り込む。いつも通り長谷川さんが運転で助手席は坂上さん。後部座席は斉藤と私だ。


「ねぇねぇ光さん。実は光さんの為に今日予定たてたのはメガネっちなんだよ。」


 坂上さんは顔を真っ赤にしながら振り向き斉藤の頭に軽くげんこつを落とした。


「余計なこと言わないでいいわよ!」


 まぁ口が軽い斉藤のことなのでこのやり取りは今さらだがまさか坂上さんが私の為に気分転換を予定してくれるなんて、驚きだ。


「なんだよ~。叩くことないじゃんか。メガネっちったら照れ屋さんなんだからぁ。」


 坂上さんは斉藤をキッと睨んだ。続いて私と目が合ったかと思うと反らす。


「勘違いしないで。今朝言った通り根詰めて倒れられたら困るからよ。少しは息抜きも必要でしょ。」


(この人ツンデレだ。)

 長谷川さんは坂上さんを見て微笑み頭を撫でている。私も坂上さんの不器用な思いやりに頭を撫でたかったが今手がなくなったら困るので撫でるのはやめておこう。


「坂上さん。ありがとう。」


 坂上さんはコクっと頷く。私たちはこれでいいのだ。気持ちが通じていればそれで。






「今日は本当にありがとうございました。明日からまた頑張れます。」


 車が社員寮に着きみんながバラバラになる前に感謝を述べた。


「よかったぁ。元気になってくれて。ね?翼ちゃん。」


「 ... はい。よかったです。」


「じゃあ私は帰るから。また明日ね。」


 長谷川さんは車に乗り込みそのまま帰っていった。


「う~眠いよ~。光さんおんぶー。」


 斉藤は私にまとわりついてくる。こりゃまた部屋まで連れていかなきゃダメか。斉藤の手を引き階段に向かって歩く。


「ねぇ。」


 坂上さんが後ろから私を呼び止める。


「あなたは何か勘違いをしているわ。一人でなんでもできると思ったら大間違いよ。五十嵐さんだってちゃんとみんなに仕事を振っていた。あなたは全部自分でやろうとしているもの。 ... 少しは、あたしたちを信用してくれてもいいと思う。」


 唐突な坂上さんの発言に私は驚きを隠せない。仕事に関してあまりこだわりがないと勝手に思っていたが坂上さんには全体が見えていたようだ。

 それもそのはず私がくる前と後を知っている。それをここ何ヵ月かの間で分析していたのだろう。

 私は信用していないわけではなかったが周りから見ればそう見えていたようだ。事実仕事を早くできるようになるためがむしゃらに全てを覚えようと努力していた。努力していた方向が違っていて、チームワークを必要とする旅館の協調性を私が遮ってしまっていたのだ。


「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです。」


 私は本当にそんなつもりはなかった。


「あなたが頑張っているのはよくわかってる。置かれた立場が私たちと違うこともね。でもあなたは五十嵐さんとは違う、いい意味でも悪い意味でも。あなたは意見をちゃんと聞いてくれるもの、だから私もあなたにならこういうこと話せるの。」


 坂上さんは照れ隠しなのか少し俯いて手をモジモジさせている。発言の堂々しさとは対照的だ。


「ありがとうございます。坂上さんがそう思ってくれてるなんてちょっと嬉しいです。俺は視野が狭すぎますね。目の前のことしか見えていないなんて恥ずかしいです。」


 坂上さんは首を横に振る。


「恥ずかしく思う必要なんてないわ。あなたはそういうことに気づけるもの。私に欠けているものを持っている。その潔さ羨ましいわ。」


 私は坂上さんの意外な一面を見れて嬉しくなり口元が緩む。


「今度から俺のそういうところ見つけたら構わず言ってください。坂上さんも仕事で何か思うところがあったら言ってくださいね。俺でよければいつでも聞くんで。」


 坂上さんもつられて笑う。笑うところを見られるのはめずらしいが無邪気に笑う人だ。


「フフフ、そうね。あなたになら色々話せそうだわ。よかった今日言いたいこと言えて。あっ。」


 坂上さんは私の腕にまとわりついたまま寝ている斉藤に気づいた。私も忘れていたが気づいた時には遅かったようだ。


「あーぁ。そうなったら私にはどうしようもないわ。その子をよろしくね。」


 坂上さんはニヤっと笑い、後ろで腕を組みながら自分の部屋に向かって歩いていく。

(また部屋まで連れていくのか。)

 今からため息が出てしまう。


「彼方さん!明日からまたよろしく。」


 坂上さんは笑顔で振り向き私に手を振る。なんだか友達が出来たように嬉しくなり私も手を振り返した。


「はい!また明日。」


 なんて斉藤を片手に坂上さんと別れた。これからがしんどい。斉藤は身体の力が完全に抜けている。斉藤を介抱するように抱え部屋に向かう。


「おーい斉藤!部屋に着いたぞー。」


 斉藤はむにゃむにゃ言いながらポケットを指差す。この光景は完全にデジャブだ。

 鍵が入ってるであろうポケットに手をいれ鍵を取り出す。するとポケットから封筒が一枚落ちた。差出人は書いておらず封は開いている。なぜかそれに興味が湧いた。人のプライバシーに関わることなのでいけないこととは理解しているが、正直斉藤にされたことを思い返すと五分五分だろ!なんて思ってしまう。その封筒を拾い部屋に入って斉藤をベッドに寝かした。恐る恐る興味の対象である封筒の中身を確認する。


「発見。家にもどれ。   父」


 とだけ書かれた紙が入っていた。

 内容はよくわからないが斉藤が何かしらの用事で実家にもどることだけはわかった。


「光 ... さん ... ? ... おはよー。」


 げっ!

 後ろを振り返ると目を擦り起き上がった斉藤がいた。私の手には手紙が握られている。それに気づいた斉藤は少し真剣な眼差しを向けてきた。


「みた ... の?そっか。」


 斉藤は何かを思ってるのか布団をモジモジ触りながら考えている。


「ご、ごめん!言い訳はしないよ。盗み見して悪かった。それで ... この手紙って?」


 触っていた布団を置き何も喋らずにキッチンの方まで歩いていく。私は普段とは違う斉藤の態度に戸惑いつつ鎮座していた。

 するとしばらくたってお茶を入れたコップを二つ持って現れる。ようするに話を聞いてほしいということか。 盗み見してしまった以上私も断るわけにはいかず、手紙のことも少し気になるので黙ってコップを受け取った。 しばらくして斉藤が口を開く。


「私ね、お兄ちゃんがいるんだけど、少し前から行方不明なの。」


 いきなり凄いことを言い出す。しかしベッドの脇にある写真と言い寝言と言い少し予測はできていたので形には現さず冷静にお茶を飲む。


「それでね、見つかるまでは私が家にいると邪魔だからおじいちゃんのところで預かってもらってたのね。私の家は新潟県で鍛冶屋をやっててお兄ちゃんが継ぐはずだったんだけど ... 一年くらい前にいなくなっちゃったの。」


 私は邪魔という言葉に嫌悪感を抱いた。家族で邪魔なんてそんなことあっていいはずがない。そして実家が鍛冶屋ということに驚く。地方では珍しくないことなのだろうか。


「私小さいときはお兄ちゃんっ子ですごく可愛がってもらってたんだけど、私にも黙っていなくなったの。そのとき私は心が壊れそうなほど悲しかった。けどそんな私を見ておじいちゃんがこっちに来いって言ってくれたの。それでこのお仕事をやらしてもらってるんだ。」


 こいつも置き去りにされた...。

 おじいちゃんとは飯波さんのことだ。なんだか先が読めてきたが、見つかったから帰ってこいというのは向こうの都合がよすぎる気がする。


「それでね!私はじめて自分のやりたいことわかったの。仲居さんのお仕事大好きだもん!でもお父さんが帰ってこいって。私帰らなきゃいけないみたい ... 。」


 少し汐らしくなる斉藤を見て私は決心した。


「帰るって言うなら止めないよ。家のことだしそれは斉藤自身が決めることだから俺は何も言えないな。」


 斉藤は悲しい顔をして俯く。普段ならここまでしか言わないが今の私は昔とは違う。家族を助けるためならいくらでも立ち上がろう。


「でも。斉藤はどうしたいの?家に帰ることが斉藤の為になるんなら俺はそっちを推すよ。けど今の話を聞いてるとそうじゃないように聞こえるね。」


 少し泣きそうな斉藤に笑みをおくる。


「私は ... 私はやめたくない!大好きなみんなとここにいたい。辛いこともあるけどここが好きなの。仲居さんを続けたいよ。」


 そう訴える斉藤の目には涙とは違う輝きがあった。本心からでる目力だろう。


「よし!わかった!ここは俺が一肌脱ごう。飯波さんはこの事情を知っているよね?」


「うん。まだこの手紙のことは話してないけど知ってるよ。」


「了解した!でも帰りたくないってことは斉藤が自分で父親に言うんだ。そのバックアップは俺に任しとけ!」


 私はなぜか自信に満ち溢れていた。まだ深い訳も知らない。しかし親の一存で子の一生が決められていいはずがない。

 お家柄なんて知ったことか!現に目の前にいる斉藤の意思は固まっているのだ。飯波さんも理解してくれるに違いない。

 私は算段を立て斉藤が自立できる道を必死で模索した。きっとこの話のキーマンはお兄さんだろう。親に話しに行く前に斉藤のお兄さんとコンタクトをとる必要がある。まずは飯波さんに事情を聞くのが先決と判断した。


「うん!光さんが味方についてくれれば百人力だよ!」


「それで斉藤。いつ帰らなきゃいけないんだ?」


「んーこの手紙が来たってことは直ぐにってことなんだろうけど、私がおじいちゃんのところで仕事してるって知ってるから多分一週間ぐらいだと思う。」


「一週間 ... うん。なんとかなるかも!まずはお兄さんを探さなきゃ。今どこにいるかわかるかい?」


「それがね、私はわからないの。群馬にいるって情報はあって私も休みの日を使って探してたんだけど。先にお父さんに見つかっちゃったみたい。」


 群馬、見つけた、お父さん。お兄さんはまだ群馬県にいるだろう、所在がわかっているが刺激しないように今は放置しているはずだ。連れ戻そうとするならそうしているはず。最悪の場合はコンタクトをとらずに斉藤家に乗り込むしかない。そのこともきっと飯波さんが何か知っているだろう。明日にでも聞き出すとしようか。


「ここのどっかにいるかもな ... わかった。明日飯波さんに聞いてみる。」


「うん。でも光さん。一つお願いしてもいいかな?」


「ん?どうしたの。」


「私のこの状況を誰にも話してほしくないの。私はまたここに帰ってきたい!だから帰ってきたときみんなには自然でいてほしいから。ダメかな?」


「斉藤がそう望むならそうするよ。我が旅館の隠密諜報機関は伊達じゃないんだろ?俺も一応被害者だしな。」


 私は笑いながらついこの間のことを思い出して言う。


「あれ、そのこと知ってたんだ。完璧にやったつもりだったんだけどなー。知ってたなら言うけどお父さんは今もこの道に精通してるから侮れないよ。きっとこのことも知ってるし。ちなみに鍛冶屋は表の顔ね。」


 なんだそりゃ。話がいきなり大きくなった。とまぁ驚いた手前そんなことだろうとは思っていたが。 これは大変なことになりそうだ。


「やめろ。勝てる気がしなくなる。じゃあ向こうに行くまでできるだけ斉藤はいつもと変わらない様子で頼むよ。」


 これは誰かに助けを求めないと駄目かも知れない。 そんななかふと坂上さんが頭を過った。きっと斉藤とも仲がいい坂上さんなら協力してくれるに違いない。明日は忙しくなりそうだ。


「うん。どこにお父さんの目が光ってるかわからないから気をつけてね。」


 そう言われると安易に飯波さんとも会う訳にもいかないか ... これは困った。


「ま、まぁどうにかするさ!じゃあ俺はこれで。」


 私は立ち上がり帰り支度をする。


「光さん! ... 本当にありがとう。結果がどうあれ悔いはないよ。」


 玄関に向かう私の後ろで斉藤が悲しみにも諦めにも似た表情を見せる きっと本心はこっちなんだろう。いつも無理に笑顔を作って明るく振る舞っている斉藤の表情は心を写さない。しかし今不安さえ表情に出てしまっている。余裕がない証拠だろう。

 その気持ちは私もわかる。


「なんとかなるって。」


 私は笑顔を作り斉藤の頭にポンと手を置く。斉藤は笑った。その目に光るものを見せて。

 ガチャ。

 私は部屋の外に出て立ち止まる。


「なんとか、してみせる。」


 拳を強く握りしめ家族を守ると誓った。私を受け入れてくれた家族を救うと。


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