~変化~2
ジリリリリリリリリ!
いつものようにやかましく目覚ましが鳴り響く。時間は五時三十分。
ここ最近私には色々な変化があった。もうこれ以上心を許す人なんていらないと思っていた。何より裏切られた時の痛みを知っているが故の保守的反射とも言える。
人のことを知るという行為はその分感情を沸き立てる。それは自然という人もいるが私は敢えてその行為を重視していて忌み嫌う。人が平静を保っていられなくなるのは、その個人の感情の許容を越えてしまうからであり、普通の人はそれに気づけてはいない。
私は自分の平静を保つものは他人との距離感であると考える。距離をとっている私は仲の良い人柄との関係以外は感情的にならないと決めていた。起こったことに対して全てのことにどうでもいいと踏ん切りをつけていたからだ。
しかし。そんな私も最近はそれすらも取り越し苦労なのではないかと思うようになっていた。確かに自分自身傷つくのは怖い。ただ人はそれぞれである。全員が全員裏切るとも限らない。むしろ裏切られてもただ私一人が夜空を見上げながらまた、人間とはちっぽけな存在でとても醜いものだ。なんて感傷に浸ればいい。ただそれだけなんだ。
南さんとの出会いからあの五十嵐さん達との食事の一件以来そんなことを思うようになった。
簡単なことのようだが私にとっては大きな変化だったのだ。
「光さんおはです!」
階段を降りたところで斎藤さんに会う。今日も斉藤さんの笑顔が眩しい。出勤早々この人に会うのはもはや確定事項なのだ。それにしても坂上さんの姿が見えない。寝坊か?
「おはよう!あれ?メガネさんは?」
「今日のシフト午後からだって昨日言ってたよ~。それより~、ンフフフ。」
腕を後ろに組みながら不適な笑みを浮かべる。
「な、なんだよ。なんかおかしいか?」
「ようやく砕けたなぁ光ちゃん♪私のパンチは破壊力が違うのだぁ!アハハハっ。」
拳を前に突き出すモーションをしている。明るいの域を越えて朝からこのテンションはちょっとうざい。
「光ちゃんはやめような。でも ... 確かに斉藤さんの影響も否めないね。ありがとう。」
斉藤さんは両手を口に当ててビックリしていた。
「真顔でそんなありがとうなんて言わないでよ。ちょっとドキッとしちゃったじゃん。でも光さんが自然体になってくれてよかった。自然が一番!今日もお仕事頑張ろー!」
「おー!!」
そんな意気揚々とした感じで今日も一日が始まるのであった。
最近は仕事ばかりであの場所にも行けていない。あれから一週間は経ってしまっただろうか。南さんは夕方帰ってしまうので仕事終わりに行ってもすれ違いかほんの少ししかお話しできない。
( 南さん元気かな~ )
時間があるとそのことで頭がいっぱいになってしまう。
「またボーっとしてる。最近変よ彼方くん。体調でも悪いの?」
用具室で干されたタオルを畳んでいた私の所に長谷川さんが様子を見に来た。
「すみません!急ぎます。」
手は動かしていたつもりだが実際あまり進んでいなかった。
「あぁそういうことじゃないの。その、彼方くんが心配で。」
「え!?」
顔を見上げた先には長谷川さんが心配そうな顔をして私を覗いている。長谷川さんのキレイな顔立ちにうっとりしていると数秒目が合ったまま固まってしまった。
「彼方くん。そんなに見つめられたら恥ずかしいわ。」
二人で顔を赤くして揃って顔を背ける。
「ああ!ごめんなさい!そ、その ... 」
「フフフ、こっち手伝うわね。」
長谷川さんの笑みは眩しくその後は顔を合わせれないまま仕事をした。
長谷川さんと行くはずが五十嵐さんたちも混ざってしまったご飯以来、長谷川さんが話の続きを、と言ってくることはなくなった。
私も何かとタイミングを図れずにいたので言う機会といったらここしかない。
「はい!おしまい。これ棚にしまって置いてくれる?私まだ他の仕事があるから行くね。」
「 ... あ、あの!」
少し間を開けて顔をあげたときには長谷川さんはすでにいなかった。代わりに通りすがった五十嵐さんがそこにいた。
「やーい!振られてやんの!」
「う、うるさいっすよ!」
舌ベロを出してバカにしてくる五十嵐さんに苛立ちつつも呼び止めた。
「あ!五十嵐さん!この後予定なければ一緒にご飯どうですか?」
すると五十嵐さんは私が誘ったことに驚いた。
「デートに誘う相手間違えてんじゃないか?ハハハ、なーんてな。いいぜ!お前から誘ってくるとかこりゃ、天変地異だな明日は。」
こいつ意味わかって言ってるのか?と思いつつ苦笑いした。
「じゃあまたあとでなー。サボるのもいいけどあんま周りに迷惑かけんなよ~。」
「すみません。」
手をひらひらとしてその場を立ち去る。すでに五十嵐さんも私の上の空はお見通しか。
あの人は普段はヘラヘラしているが周りが見えていて人望も厚く的確なことを言ってくる。実際には助けられてばかりで私は五十嵐さんに頭が上がらないのだ。ここ最近では五十嵐さんの人柄も良く思い親しくさせてもらってる。面と向かっては言えないが尊敬の意を持つようになった。
それはまた別の話。いつの間にか周りに迷惑をかけてしまっていたのだからこれは良くないことだ。顔をバシっと叩き気合いを入れ直す。 あの場所のことは仕事中には考えないようにしよう。と封をした。
仕事も終わりに近づき確認作業に入った。
「光さーん!お疲れさまだよー。一緒に帰ろ~。」
すでに私服に着替えた斉藤さんが私を迎えにきた。
「ごめん斉藤さん。今日これから五十嵐さんの手伝いすることになってるんだ。今日は先に帰ってて。」
「えー。わかったよー。最近つれないぞ!光ちゃん!」
「光ちゃんはやめようなー。」
目が笑ってないことを察したのか斉藤さんは大人しく帰っていった。
「お!意外だな。女の子相手なら行っちまうのかと思ったぜ。」
いつの間にか私の後ろで五十嵐さんは腕を組んで立っていた。
「なんですかそれ?今日は俺から誘ったんじゃないですか!そんな失礼はしませんよ。」
つーんとした態度をしてみせる。
「ハハハ。お前が周りから可愛いなんて言われるのがわかる気がするぜ。ほら行くぞ!」
「もー!ちゃかさないでください。」
その後の作業は五十嵐さんの指揮のもと手際よく行われ早く終わった。
「よーし!飯だ飯!今日はお前がいたおかげで早く終わったわ!お礼に奢ってやるよ!」
やっぱり五十嵐さんはすごい人だ。私は五十嵐さんの言うことをやっていただけでそんなに手伝った気はしなかった。まさに適材適所の采配だ。
「いえ、あまり力になれてませんでしたよ。今日は割勘でいいです。」
「バーカ!お前はんなこと気にしなくていいんだよ!お前だって後輩ができたら奢るようになるんだからそれまで取っとけ。」
( なんかかっこいい。 )
私はこの人の力になれるように一秒でも早く他の仕事を覚えて楽をさせてあげるんだ、と言う向上心が芽生えた。
「ほら行こうぜ!お前も腹減ってんだろ?」
「はい!五十嵐さんに奢られたくてうずうずしてます!!」
ニコニコしながら元気よく返してやった。
「ったくお調子者が!んじゃ腹一杯になるまで奢ってやるよ!」
私は五十嵐さんの後に続いて旅館を後にした。
着いたのは山を下りて市街地を車でしばらく走らせた後、大通りに位置する風情がある料亭。街の中にあるとは思えないほどの和の佇まいである。
「あら誠ちゃん久しぶりだわぁ!元気にしとるのかい?」
「ご無沙汰しておりますー!元気ですよ!奥の個室って空いてます?」
入るや否やフランクなお出迎えだ。どうやら五十嵐さんはこのお店と顔見知りらしい。
「どうぞどうぞ!あら!この子は誰?」
「旅館の後輩ですよ。ここ一度はこさせたかったんで連れてきました。」
私は自己紹介をして会釈をした。
「あんら可愛い子だね。ペコって挨拶して。おばちゃん好みだわぁ。」
五十嵐さんは笑いながら奥の部屋へと進んだのでもう一度会釈をして後を追いかけた。
「遠慮しないでごゆっくりねぇ!」
個室もキレイなもので有名人が好みそうな静かな部屋だ。
「お前やっぱ女受けいいな!また可愛いとか言われてやんの。」
「はぁ、どうにかならないですかね。あんまりそう言われるの好きじゃないんですよ。」
私は肩を落としながら腰も落とした。なぜか女性から可愛いなんて言われるが正直嬉しくない。
「まぁ好印象ってことで悪いことじゃないだろ。聞き流せよ、彼方ちゃん。」
「もぉーまたそういう意地悪言って!やめてくださいよ!」
私はつーんとしてそっぽを向いた。
「お前天然だな。そういうとこだよ。んで、なんか俺に話があるんだろ?お前から誘うなんてそうないことだもんな。」
急に本題に入ってきたので五十嵐さんに向き直った。
「べ、別に用がなくたって誘いますよ。今日は聞きたいことがありますけど。」
「ホントかな。」
「ホントですよ!でも俺はまだ車持ってないんで誘っても結局先輩にお世話になってしまうしお手数かなと思って。」
「先輩思いだこと。そんで?俺に聞きたいことって?」
五十嵐さんはメニューを見ながらあしらってくる。私はムスーとしながら続けた。
「それよりちょっと気になったんですけどここにはよく来るんですか?ほら、お店の方と親しそうでしたし。」
「あぁ。俺昔ここで働いてたからなぁ、それでだよ。」
「へー。五十嵐さんってここに住んで長いんですか?」
「まぁ俺はここの出身だからな。生まれも育ちもってやつだ。」
なんと!これは今日聞きたいことを五十嵐さんに聞こうとして正解だった。
「本当ですか!?なら幽霊山って知ってますか?」
一瞬五十嵐さんの表情が煙たくなった気がした。
「あ、あぁもちろん知ってるぜ。詳しくは知らんけど、まぁ噂程度にはな。」
言い回しに少し引っ掛かったが今は幽霊山の情報を聞き出すのが先だ。
「あそこってなんで幽霊山って言われてるんですか?俺山の中に行ったけど幽霊なんか出ませんでしたよ?」
すると五十嵐さんは机をバンと叩いて前のめりになった。
「お前山に入ったのか?バカかお前は!あそこはな!禁足地って言われてるぐらい危ない場所なんだぞ!神隠しやらなんやらがあって、ここじゃ知ってるものは誰も寄り付かねぇ!」
いきなりの圧力を受けて呆気にとられた。すると個室の襖が開き先程のおばさんが入ってきた。
「なんだい?大きな声だして。若いもんは元気だねぇ。」
すると五十嵐さんは途端に冷静に戻ったのか頭をかきながら座り直し注文をし始める
「じゃあいつものよろしくお願いします~。」
とおばさんに手を振る。戸が閉まると私に向き直り咳払いをしたあと続けた。
「いきなり大声だして悪かった。ただあそこにはもう行かないほうがいい。上の方なんて大分人の手が入ってないらしいから、普通にケガしちまうぞ。」
上の方?南さんと会ったあの場所のことだろうか?ここの地元の人は幽霊山に近づきたがらないというのはわかった。そうなると南さんはそのことを知らないのかもしれない。が、言う必要もないと思った。幽霊なんて根拠のないものに左右されたくないのと、私はあの場所を自分と南さんの物にしたいという衝動にかられたのだ。これ以上聞くと怪しまれるので幽霊山の話題は追求しなかった。
その後は出てきた美味しい料理を堪能し、おばさんにお礼を言い五十嵐さんに車で送ってもらった。
「おい彼方!」
車から離れようとする私に五十嵐さんが声をかける。
「お前、幽霊山にはもう行くなよ。あそこには二十代ぐらいの若い女の霊が出るらしいんだ。神隠しに会いたくなかったら忘れるんだな!」
「はーい!今日はごちそうさまでした!」
そう言って五十嵐さんと別れた。
二十代ぐらいの女の霊?長谷川さんは少女の霊と言っていた気がするが複数いるから幽霊山なのか?そんな間抜けなことを考えながらも五十嵐さんの態度に少し違和感を覚えた。勘だが五十嵐さんは何か事情を知っているような、そんな気がした。
ゆっくりと目を開ける。日の出の時間が遅くなったのか辺りはまだ暗い。久々の休日だというのに目覚ましより早く起きてしまった。しかし寝起きはよく心は踊っていた。
あの場所へ行こう。
昨日は五十嵐さんにしつこいほど止められたが早い時間に行けば誰も気づかないだろう。私は早めの朝御飯をとり、昼食用にいつしかの残り物をお弁当に詰め。本をいくつか用意し出来上がったコーヒーを水筒に入れ家を出た。
朝の山は気温がかなり低く日も上りきっていない為か霧が出ている。 しかし私の足取りは軽くあっという間に目的の場所に着いた。
白いベンチの周りにも誰もいない。
( さすがに早く来すぎたか。 )
朝のその場所はより神秘的で、朝靄が地面に厚くかかっていて雲の絨毯のようだった。その上を歩いてベンチに腰かける。そこから見た景色は不思議なもので、退屈という感覚はなくいくらでも見続けていられるほど魅力的なものだった。
いつの間にか辺りは明るくなっていて気づいたときには正午に近づいていた。
( 今日はもう南さん来ないのかな。 )
そんなことを思っていた矢先、広場の入口から南さんがやってくるのが見えた。動きは鈍くよたよたと歩いている。
「南さーん!こんにちはー!!」
「こんにちわぁ。」
割りと遠めから声をかけたがか細い声で返事が返ってきた。 すると南さんは小走りを始めた。
「ちょっ!危ないですよ!慌てなくていいん ... あ、」
南さんの小さな身体は盛大にずっこけた。それも目が見えていないなら当たり前である。私は急いで駆けつけた。
「言わんこっちゃない。走ったら危ないですよ。あー!鼻血出てますよ。ティッシュティッシュ。」
「ごめんなさいー。エヘヘ。」
鼻血を垂らしながら笑う南さんがなぜか愛くるしく見えた。
服についた泥をはらい、鼻血をティッシュで丁寧に拭いてあげる。終始恥ずかしそうな南さんに私も恥ずかしくなってしまった。
「じゃあベンチまで行きますか!」
「...はい。」
すると南さんは私の服の裾を手探りでつまみ後をついてきた。その仕草がとてつもなく可愛く見えてドキドキしてしまう。
ベンチに着くと南さんを先に座らせて私も席に着いた。
「鼻血大丈夫ですか?あんなに急ぐからですよ。ゆっくりでいいのに。」
「すみません。彼方さんの声が聞こえたから早く行かなきゃって思っちゃって。よく転ぶのに私なにしてんだろ。」
鼻にティッシュを当てながら恥ずかしそうに笑う。
やはり南さんは可愛い。外見のこともあるが何より私は内面に惹かれつつあるのかもしれない。
「それこそゆっくりでいいですよ。今日は何も予定がないのでゆっくりできますし。」
「久しぶりに会えたのでどうかしてたんだと思います。あれから一週間も来てもらえなかったんでもう嫌になっちゃったんじゃないかってちょっと心配しちゃって、それで ... 。」
「それについてはごめんなさい!仕事が立て込んでしまって忙しかったんです。でも俺もここのことで頭が一杯になっちゃって、仕事中上の空で周りの人にたくさん迷惑かけてしまいました。お恥ずかしい。」
「 ... もしかして私の事とか考えてくれてました?」
「え!?」
突然のことに私はビックリした。南さんは恥ずかしそうに俯いている。
「ももももちろんですよ!今日も南さんいるのかなぁとか、早くあの場所で南さんとお話したいなぁとか ... 。」
「 ... 嬉しいです。」
しばらくの沈黙が続く。
「 ... あ!あの!コーヒー入れてきたんで飲みますか?もしかしてコーヒー飲めなかったりしますか?」
私はこの恥ずかしい空気に耐えきれず話題を変えようと必死になった。
「え?あぁ!飲めると思います。苦いものでなければ!私も紅茶持ってきているのでよければ交換ひまし、しましょう!」
我に返ったのか南さんも慌てていた。二人して顔を真っ赤にしながら飲み物を互いに交換した。
「え!美味しい!これ何て言う紅茶ですか?」
「えっと、確かダージリン?っていうやつだったと思います。いつも吉井さんって方が入れてくれるんです。」
( 吉井さん?この場合は介護士さんってことか。 )
南さんはそう言いながら私の渡したコーヒーを飲んだ。
「へー!お手伝いさんがいるんですね。紅茶がこんなに美味しいものだなんて知りませんでした。ってあれ?南さん?」
南さんは眉を潜め苦しそうな顔をしている。
「どうしたんですか?具合悪いんですか!?」
「うー。に、苦いですー。コーヒーって初めて飲んだんですけどこんなに苦いんですね。」
コーヒーとミルクをハーフで入れているのでカフェオレだがどうやら南さんの口には合わないようだ。そもそもコーヒーを初めて飲んだことに驚きだが。
「好き嫌いはあるかも知れませんね。ごめんなさい変なもの飲ませちゃって。今度から俺も紅茶持ってこようかな!」
「わー!彼方さんの入れた紅茶飲んでみたいです。是非また飲みっこしましょうね!」
純粋無垢な笑顔に私の心は浄化されていく。癒し系ってこういう人のことをいうのだろう。こうなってくるとこの人の歳を知りたくなる。見た目は幼いが礼節はわきまえている。少しおっちょこちょいなところはあるがそれは性格だろう。疑問は積もるばかりだ。
「あのー、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
自分の紅茶を飲み口直しをしたからかニコニコしながら足をパタパタさせている南さんに問いかけてみる。
「はい!何でしょう?」
「失礼なことを聞きますが、南さんって物凄く若く見えるんですけどおいくつなんですか?」
「確か二十四歳だった気がします。私自身実感はないんですけどね。でもこの前吉井さんに二十四歳おめでとう。って祝っていただいたのでそうなんだと思います。」
「二十四歳 ...二十四歳!?え?俺の一つ下なんですか!?正直高校生くらいに見えますよ。」
歳の差が一つと言うのに驚いた。何より身体の華奢さが高校生と言うより中学生にも見えてしまうのに成人になっているというところだ。
「そうですか?よく吉井さんに子供扱いされて頭を撫でられるのはそのせいですかね。」
なんて照れ笑いをされる。
( 頭撫でてぇ~ 。)
などと不埒なことを考えてしまう。
「あの ... 私も彼方さんにお聞きしたいことがあるんですけど ... いいですか?」
指をモジモジと弄りながら聞かれた。
「今度は俺の番ですね。どうぞ!なんでも来いです!」
「 ... お友達。ですかね。私と彼方さんって。」
!?
私はこの問には即答しなくてはと思い勢いよく答えた。
「はい!南さんがそう思ってくれるならそうです!俺は最初に会ったときからそうなればいいなと思ってました!」
そう言うと南さんは安心したようで笑顔になった。
「よかった。私昔からこんなんだから友達がなかなか出来なくて、いないわけじゃないんですけどその人も今は遠くに住んでいて会えないんです。電話もしていたんですけどもうしばらくかかってこなくて、だから最近はずっと一人で ... 。」
「寂しかったんですね ... 大丈夫!今は俺もいます。仕事がない日はここに来ますし、おいしい紅茶も入れられるようにします! ... あなたは一人じゃないです。俺がついていますから。」
まだ会って日が浅いのにこんなことを言って浅はかだと思ってしまう。無責任かもしれない。しかし私はこの言葉に救われたことがある。それ故か言わずにはいられなかった。
「っ、っっ!うぅ。」
キザなことを言って少し照れていると、気がつけば隣で南さんは泣いていた。
この人は苦労をしてきたんだ。どんな経験をしてきたか、人と違うことがどんなに辛いことなのか。私には想像できなかった。しかし、これからは私が側にいて少しでも支えになれば、そんなことを思いながら泣いている南さんをなだめるように優しく頭を撫でた。
しばらくすると南さんは泣き止み、気がつくと夕方になっていて別れの時間が来てしまった。
「気持ち悪いですよね、いきなり泣き出したりして。ごめんなさい。」
帰りの道中南さんの手を引き坂を下っている。
「いえ、誰にでも感情的になる時はあります。人として普通だと思いますよ。」
南さんの歩調に合わせてゆっくりと歩きながら言う。
「彼方さんといるとなんだか温かい気持ちになるんです。なんかいつでも泣いちゃいそうなんですよ。彼方さん優しいから。」
面と向かって言われると物凄く恥ずかしくなる。南さんは直接的にものを言うのでそれに慣れていない私は戸惑う。
「いや。俺なんて至って標準ですよ。ただ。南さんだからっていうのはあると思いますけど ... 。」
照れながら顔を反らして気を紛らわす。
「きゃっ!」
目をそらした隙に南さんは木の根に足をとられて倒れそうになった。とっさに私は南さんの前に出て身体を支える。偶発的ではあるが抱き合っている状態になってしまい、不意な出来事に私の心臓は飛び出そうなほど高鳴った。
しばらくその時間が続く。風の音も、風が鳴らす枝の音も、その時は全く聞こえなかった。ただ南さんの体温を感じることだけに意識が集中していたからかもしれない。
「っう。っっ。」
顔は見えないが南さんは泣いていた。南さんの腕が私の胸にしがみつく。私の支える腕の力が自然と強くなる。
この人を悲しませたくない。無邪気に笑う顔を知っているからか泣いている顔は見たくなかった。きっと南さんも人前では泣きたくなかったのだろう、自分の感情を押し殺す辛さを私も知っている。私と南さんは似た者同士なのかもしれない。
「彼方さん。」
感傷に浸っていた私は現実に戻る。
「はい!」
「彼方さんって暖かくて気持ちいいんです。また泣いちゃいました。泣くつもりなんてなかったんですけど ... 。」
私の胸に顔を埋めていた南さんは涙を拭きながら顔を上げた。
私は南さんの頬の拭き残した涙を拭いてあげる。
「南さん。俺は南さんの過去を知りません。俺の過去を南さんが知らないのと同じで。でも俺たちは出会った。そこから始めるのでもいいと思うんです。泣いてもいいんです。俺も泣くかも知れないんで、でも ... その時は俺が側にいて支えるんで、南さんも俺を助けてください。そんな勝手迷惑かも知れないですけど、俺は友達はそういう存在であって欲しいと思います。無理に過去を話してくれなんて言いません。けれど、これからは一緒に歩きましょう。できれば笑顔で!」
「彼方さん ... 私。また、泣きそう ... です。彼方さん。ありがとう。」
南さんの目からは涙が流れ、無邪気に笑う顔を伝っていった。
そのあと南さんの介抱をしながら山道の出口まで来た。
「ごめんなさい!今日は泣いてばかりで。次はいつ頃ここに来ますか?」
前回と打って変わってさら~っと帰る様子はない。
「う~ん仕事次第だね。多分明後日には来れると思いますよ!」
南さんが満面の笑みになる。
「明後日!?うわぁ~楽しみ!ではまた明後日お会いしましょうね!」
南さんは小さく手をふりその場を後にした。私は南さんに手を降り返しながら後惜しむように後ろ姿を見送くる。
しばらくドキドキした鼓動を諌めながら今日の素晴らしい出来事を噛み締めていた。
もう一度人を想いたい。
山道を振り返りただ呆然とそんなことを思った。
「彼方!お前!」
聞き覚えのある声の方を向くとそこには仕事帰りの五十嵐さんが立っていた。
行くなと言われた昨日の今日で会いたくはなかったが私はあの場所に行きたい。五十嵐さんのむきになる状態からこの山への感心が人と違うことを事前に察していたのであの場所での出来事を他人に話してもいいかもしれない。
「今からちょっと付き合え!」
腹をわって話す覚悟ができた私は五十嵐さんの後に着いていく。この時私は自分のことを理解してもらうだけと物事を簡単に考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます