私たちは結べない

 歩夢が風呂から上がると、美咲と満が持ち込んだトランプで神経衰弱をやっていた。昔からゲーム嫌いの満だが、なぜか美咲とだけは遊んでいるのをときたま見かける。つまはじきの歩夢は、少しすねた気持ちで、ストレッチを始めた。

「みさ、付き合いいいわよね。こんなに負けてるのに続けるなんて」

「それ、負けてる方が言うことか?」

 実は、満はゲームが上手くない。岡目八目でいるときの切れは、実際にプレイヤーになると嘘のように消えてしまう。今も神経衰弱で記憶力の悪さを発揮している。

「なにか賭ける?」

「そんなことしたら友達やめるわよ」

「昔あったね。『なんでも罰ゲームにしない人』」

 満が驚いた顔をした。歩夢は手首に結んだヘアゴムを無意識にいじった。

「覚えてたの」

 美咲は手元を見ながら頷いた。

「夏帆ちゃんのこと引き受けようかって持ちかけたら、罰ゲームじゃないんだからって怒られた」

「それはそうよ」

「本当に、罰ゲームだったら続くかもしれないのに」

 『続く』。それは何だろう。どういう表現なのだろうか。ゲームが続く。関係が続く。気持ちが続く。

「満、私、協定を結びたい」

「悪いけど私、だれかと協定を結ぶ気はないの」

「分かってるよ。仲人だからでしょ」

 満はじろりと美咲を睨んだ。それから歩夢に視線を移す。

「森智里さんから聞いたよ」

「あいつ。みさにだけは言うなっていったのに」

「それは協定?」

「約束よ。仲人は協定を結べないもの」

「そっか。じゃあ、やっぱり歩夢と結ぶしかないか」

 自分がいつの間にか話題に巻き込まれているのは分かっていたが、なんの義理も通されていない以上、無視する権利はあるはずだ。歩夢は長座体前屈をしながら、様子を見守った。

「私がりんごちゃんを引き受けるから、代わりに夏帆ちゃんを引き受けて欲しい」

 思わず力んでしまい、筋に妙な負担がかかった。七転八倒していると、さすがに美咲と満も反応した。

「なにやってんだよ」

「なにやってんだよ、はこっちの台詞だ」

 アンモナイトの化石のようにねじくれて丸まったまま言うのはいかにも格好が付かなかったが、背に腹は代えられない。

「なんだ?あんたらみんな、なかよくコントでもやってるのか?」

 歩夢は長く息を吐いて、なんとか緩いあぐらをかいた。そして、頑固親父のように美咲と満を見据えた。

「りんごにも夏帆にも確認とらずそんなこと勝手に決めて、そもそもがさ」

 美咲と満は『何を今更』とでも言いたげな表情だ。今更だろうが言ってやるよ。

「交換条件持ちかけるとか、赤いリボンの証を渡すとかさ、姉妹ってそんなもんか?友達ってそんなもんか?」

「そんなもんじゃないからこじれてんだろ。何と何が釣り合うか、まともに話してこなかったから、りんごちゃんと夏帆ちゃんはこじれてんだろ」

 歩夢は手首に巻いたヘアゴムをにらんだ。それはりんごと交換したものだ。満はめくった札を確認し、投げやりな態度で戻した。

「歩夢が納得しないならこの話は終わりよ。一方的な協定は結べないわ」


 ++++++


 後になって、このときに気付くべきだったのだと、満は思うようになる。歩夢の態度は矛盾している。少し前にりんごと協定を結んだばかりで、その協定の考え方を批判するようなことを言ってのけたのだ。もっとも、それに気付いたとしても結果は変わらなかったかもしれないとも、満は思うのだった。

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