がっかりさせて
由香の親戚の家、とだけ知らされた場所では、家主らしき夫婦が出迎えた。
「自転車、場所とってゴメンね」
軽く会話を交わす由香と夫婦を、酒匂りんごは靴をそろえながら眺めた。そういえば、駐車場のわきに置かれていたのは由香の自転車だったかもしれない。由香は会話を続けている。
「めぐみは部屋ですか?」
「言ってなかったっけ?めぐみは大学の寮におんねよ」
由香はやや拍子抜けしたような顔で相槌を打った。
食事が済んで順番に入浴をする間、由香がりんごを呼んだ。
「約束通り、花火を見ようと思ってな」
「こんな天気でですか?」
由香は曖昧に受け流して、階段を上がっていく。後ろからちらりと見えた横顔を見て、りんごはがっかりした。この人は私を見ていない。
「めぐみって人のこと、訊いても良いですか?」
由香は足を止めず、振り返ることもなく、ただ頭をかいた。
「本当はな、逆やねん。最初にあたしがここに泊まれば良いって話になってな。こっちのほうから、あんたらを誘って良いかって頼んでん」
りんごは曖昧な吐息を返した。それを隠していたことが、そして今になってりんごに話したことが何を意味するのか、すぐには分からなかった。
由香について階段を何度も上がった先にあったのは、望遠鏡の置かれた小さな部屋だった。天井に四角く切り取られた窓があり、降った雨は骨組みやあちこちではねて、光を乱反射している。
「これが花火だって言うんですか?」
「がっかりした?」
「がっかりはしてません。嘘をつかれたとは思いました」
由香は困ったように笑った。
「尾張めぐみ、って奴がな。やっぱり花火をみせるって言うて、ここに連れてきてくれてん」
「台風の日にですか?」
「いや。正真正銘、花火大会の日」
ぽっかりと開けた部屋に雨音が反響し、雨量に負けて窓が壊れたらどうしようかと要らない心配が頭の隅をちらつく。
「ここでチラチラする花火が綺麗やと思っとったんやろうけどな。あたしはちゃんとした花火を見せてくれへんのが嫌やった。ちっちゃかったしな」
「好きだったんですね。その人のこと」
「どうかな。多分嫌いやったのかもしれん」
望遠鏡の整備に使うのか、壁に設けられたラックに工具類がかかっている。薄暗がりで妙にギラつくその道具達がなんだか自分たちを監視しているようで、りんごには不気味だった。
「ごめんなさい」
「なんのこと?」
「だって、私もがっかりしたから。正直に言うべきでした」
自分の声の暖かさに、りんごは驚いた。しかし、由香は驚かなかったようだった。
「腐るもんとちゃうし、またいつかやったらええやん」
「そうですね。またいつか」
湿気てなければいいですけどね、と心の中で付け足した。
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