中途半端な自暴自棄
「見なよこれ」
歩夢はスプーンで食堂のカレーライスをつついた。
「小盛りって注文したらさ、ライスだけ小盛りになんのよ。それで余ったスペース全部カレーで埋めようとするから、冗談みたいにカレーが余るの」
「だったらカレーも少なくするように頼めば」
「……ごもっともで」
歩夢は月見そばをつつくりんごを見た。
「正論だけど、いまりんごにだけは言われたくない気分」
歩夢の意図は伝わったらしく、りんごはやや気まずそうに手を止めた。それから、観念したようにしゃべり始めた。
「あの人さ、本気で歩夢をつっぱねたりはしてないよ。私をかばった」
「かばった?」
りんごは頷いた。言われてみれば、こうやってりんごと自分の関係を多少なりとも分析する気分になったのは、満の言葉があったからだ。
「中途半端な自暴自棄。私のこと理解したようなこと言ってさ、ぎりぎりのとこで恥ずかしがって、悪ぶったんだよあの人」
長机のところどころに置かれた紙ナプキンの置き場がある。りんごは手近な一つに手を伸ばした。
「三原先輩の言ってること、全部的外れなわけじゃない」
りんごは紙ナプキンの束をまるごとひっくり返した。そうすると短くなっている方がこちらを向く。それから一枚を取ると箸を置いて、レンゲに持ち替えた。
「夏帆のことずっと嫌いで応えないようにしてきたというか、応えられなかったのに、歩夢と仲良くなるの、違うって思ってたのかも」
「考えすぎだよ。そんなの当たり前……」
言いかけて、歩夢は考え直した。
「……と、思って欲しくはない、かも」
「でしょ?」
要するにりんごは考えすぎるのだ。夏帆の収支も、歩夢の収支も。そして自分自身の収支さえ、常に取り過ぎることを恐れている。
「でも、りんごは私や夏帆に対して誠実でいたかったんでしょ?それは、りんごが夏帆のこと、好きだっていう証明にはならないの?」
「良心を人質に取られてることと、好きだってことは、違うと思う」
その場ではそれ以上突き詰める気にもなれず、歩夢は黙って食事を続けた。
++++++
朝からりんごには会っていない。りんご自身避けているというのは充分考えられるし、今日は周囲もなんだかソワソワしている。仕事に一区切りがつくと、夏帆の前に千鶴が現れた。
「今日は由香先輩と一緒じゃないんですか?」
「鴨川さんなら、酒匂さんと買い出しに行きました。人手もないのであなたに頼みたい用事があります」
りんごには由香があてがわれ、夏帆には千鶴があてがわれたというわけだ。ひねくれた思いを抱きながらも、自分がうち捨てられては居なかったことに、夏帆は安心した。
「今から私が朗読会の閉会の口上をするので、そこで聞いていてください」
「え?」
ぽかんとした口と頭を抱える夏帆を置き去りにして、千鶴は本当に口上の練習を始めた。五分ほどでそれを終えた千鶴は、夏帆を置いてあっさり別の仕事に戻ろうとした。
「他に何かないんですか?」
「何かとは?」
「そんなの、言えるわけないです。催促してるみたいな」
千鶴は心底不思議そうな顔をした。
「私、根掘り葉掘り聞き出すようなことをするのは失礼だと思って、触れないようにしていたのですが」
「いや……」
夏帆は勢い込んで口を開いてから、あわてて言いたいことを整理しようとした。それに成功したことはこれまでほとんどなかったが。
「取り調べみたいな言い方をする人は怖いです。でも、ほっとかれるのって怖いんです。いつ爆発するか分からない爆弾みたいじゃないですか?」
「もう爆発したのでは?」
夏帆は脱力した。また伝わらなかったという諦めが心を満たす。
「ほっとかれるのって、弁解するチャンスをもらえないってことじゃないですか?やり直す方法も教えてもらえないってことじゃないですか?」
千鶴は眉をひそめて、世界の秘密をそっと教えるように、夏帆に顔を寄せた。
「理解されたい人間なんて、いませんよ」
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