どんな顔にみえた
入り口の方から自動車のエンジン音がしたので、満は歩夢の手をとって脇に引っ張っていった。夏帆にはどう触れていいのか分からなかった。
「満」
顔を上げようとした歩夢は、その場で跳ね上がった。その背中から、夏帆がしがみつくように肩に手をかけていた。
「麻子と同じだ。りんごちゃん、かわいそうな子が好きなんだよ。同情して、私だってきっとそう」
「麻子って、夏帆をいじめてたっていう子?」
歩夢が不思議そうに聞き返した。歩夢の中では金柄祭りで夏帆に聞かされた話と千鶴の話が曖昧に並んでいるだけで、麻子という人物の認識が焦点を結んでいないのだろう。もっとも、満だって状況はそれほど違わないが。
「ずっと友達だって、約束したのに」
「確かに約束すれば、酒匂さんの態度はしばれるかもしれないけど、心や感じ方まで縛るのは無理だよ」
思わず漏れた言葉を満は口の中で転がした。いつだったか、同じような言葉を言ったことがある。歩夢と電話越しに話しながら、何度目かの紳士協定の申し出を受けたときのことだ。そのときも満は、『私が言いたいのは、人の心を協定で縛るのは無理だってことよ』と言った。
その言葉でまた新たに何かの回路が繋がったらしい。夏帆は傷ついたような顔になった。
「なんで、ダメなことばっかり言うんですか。じゃあ、どうすればよかったんですか」
歩夢はますます夏帆にしがみつかれながら、いぶかしげに満を見た。夏帆よりりんごよりよっぽど注目を向けられていることが、満には不思議だった。
「私、ばかだから、いつも失敗するんです。りんごちゃんに気に入られたいのに、反対に嫌われてばかりで。でも、ばかなのってそんなに悪いことですか?ばかな人間には、幸せになる権利ないの?」
歩夢はぎょっとした顔になった。相変わらず満と目を合わせたままの歩夢は、不思議そうに口を開いた。
「なんであんたがそんな顔すんの」
そんな顔って、どんな顔?
++++++
とりあえず美咲に話を訊こうと歩き続けている途中で、由香に捕まった。
「りんご、ええところで遭うたわ」
由香はりんごたちに起こったことなど知るよしも無く、いつもの気軽さでりんごの肩に手をかけた。今それが厭わしくて仕方ない。
「今週末、台風が来るやんか。それがどうも朗読会にドンピシャらしいねんな。せやから、駐車場と駐輪所の安全確保。職員の人らと相談せなあかんらしいわ」
りんごの表情を見た由香は、彼女なりになにかを合点したらしく、続けた。
「もしかして、もう駐車場の案内作ったとこか?まあ、そんなこともある」
そう言っていつかのようにりんごの背中をばしばしとたたく。どうせなら台風が朗読会もなにも、すべて吹き飛ばしてしまえばいいのに。
++++++
歩夢はいつも、美咲と満と連れだって電車で立花公民館に通っている。しかし、今日に限って満は一足先に帰っていた。千鶴に声はかけていったという話だが、歩夢には自分たちが避けられたようにしか感じられなかった。
「公民館のカレーさ、あれ、鉄の味しない?」
「私はカレーが気に入らなかったら醤油を入れる」
座席はある程度埋まっていたが、それでも歩夢と美咲はそろって座ることが出来ていた。
「ソースじゃないの?」
「所詮日本生まれ日本育ちだからね。醤油には頭が上がらない」
会話が途切れ、隙間にガタゴトいう音が忍び込んだ。
「満が私の前で泣いたの」
美咲は答えなかったが、聞いている気配があった。
「ううん、泣いちゃいないんだけどさ。なんかそう思ったの。夏帆を見てる顔がさ。あんなの、久しぶりに見た」
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