こどものころの話だよ

 自分の幼い頃の失敗談を聞かされて気分の良い子供などいない。すくなくとも、歩夢はそう信じていた。四歳の頃祖父の家へ遊びに来たときに、歩夢は迷子になった。なった、らしい。その経緯を歩夢は全く覚えていないが、今日偶然通った風景を見て、突然神社を歩いた記憶がよみがえった。式の帰りにそのことを家族に話すと、実際に行ってみようという話になった。

 とどまることのない両親の思い出話を聞きながら、歩夢は境内をぶらついた。はじめに話題を振ったのは自分なのだから、文句を言ってばかりもいられない。それなりに好奇心もあった。奥まったところにある納屋の前に立つと、デジャブめいた感覚が胸をついた。確かに自分はここのことを覚えている。

「歩夢がさ、社務所にいたときはずっとぽかんとしてたらしいのに、私の顔見たらもう号泣よ。びっくりしたんだから」

 母の語りを聞きながら、歩夢は心の中で訂正した。自分が泣いたのは寂しさや不安のためではない。抗議したかったが、かといって本当のことを言う気にもなれず、歩夢はむくれた顔を維持した。

 家族が迎えに来たとき、歩夢はおそろしかった。人違いなのではないかと思ったのだ。三人ともどうみても自分の家族だけど、もしそれがただそっくりなだけの別人だったらどうしようかと思ったのだ。そっくり家族にはやはり歩夢そっくりの娘がいて、人違いをしているのだ。そっくり家族は歩夢の家族のものとそっくりの自動車に乗って、そっくりの家に帰る。迷子の不安によって膨らんだ、子供の理不尽な妄想だ。

 そっくりの家で眠る前にこっそり姉にその話をしたら、あろうことか「そこまでそっくりなら別にどっちでもいいんじゃない?」などと言うのだった。それで一度は毒気を抜かれてしまい歩夢はおとなしくベッドに入った。

 それから深夜に目を覚まし、急に怖くなった。自分は無事にこのそっくり家族と合流できたから良いけれど、自分のそっくりさんの方は、無事に歩夢の家族と合流できたのだろうか。


 ++++++


 四人で階段を降りながら美咲の様子をうかがうと、彼女は難しい顔でつぶやいた。

「母さん、この辺に模型屋があったよね」

 歩夢の気まぐれの次は、美咲の番だった。四人の家族は麓にある模型屋に入った。

「そういえば、神社の人と話してる間、美咲にここで待っててもらったんだっけ」

 母の言葉を聞きながら、歩夢と美咲は店の中を歩いた。

「もらった小銭で発泡スチロールの飛行機を買ってさ、そっこう作って、たぶんこっちにさ、別の階段があるよね」

 美咲はそのまま夢遊病患者のようにふらりと歩を進め、本当に階段を見つけた。あちこち崩れかけて、伸び放題の草に覆い隠された石の階段だ。

「上った先に、また階段があって、ちょっと下る。赤いフェンスがあって、この坂の上から飛行機を飛ばしたらさ、フェンスの向こうのプールに落ちて」

 美咲は伸ばした手をぱたりとおろした。歩夢はとんちんかんに思考をめぐらし、言った。

「もう一回買う?下でさ」

「こどもの、ころの、話だよ」

 フェンスが反動で小さく振動している。

「そのときどんな気持ちだったかなんて、もう覚えてないよ」

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