これまでのいつよりも

 ぼんやりと雑貨やらを眺めていると、いつの間にか普通に店をひやかしている気分になってくる。うっかり目的を忘れそうになっていた由香は、素知らぬ顔でスマホケースを棚に戻した。

「なんで赤いリボンなんやろ。ダサない?」

「ダサいからいいんじゃないですか?かっこつけて数を誇るような人が出てきたら面倒ですし」

 千鶴は何に使うのかよく分からないアイデアグッズを眺めていて、こいつはこいつで真面目に協定の証を選んでいないように見える。

「あ、これどう?」

 由香は耳にイヤリングを当ててた。

「あのですね。あなたが選んだ証は私が着けるんですよ?」

「大丈夫やって。これ、穴開けなくてもいいやつやし」

「それは分かっています。そういう問題ではないんですよ」

 千鶴の髪は肩の辺りまで伸ばされていて、その両耳をほとんど隠してしまっていた。

「まあ、確かにダサいのはどうにかせなあかんな。これなんかどう?ロケットの中に証を入れとくん」

「お願いですから学校で着けられるものにしてください」

「なんで、似合うよ」

 由香は千鶴の胸元にネックレスを当ててみた。千鶴は眉間にシワを寄せた。

「こんな目立つの急につけ始めたら怪しいですよ」

 ポーズだけで悩むそぶりを見せて、由香は直感で次をあさる。赤というよりはえんじ色のリボンがベルトのワンポイントにあしらわれている腕時計を見つけた由香は、それを箱のままで腕に当ててみた。

「ダメですよ。高いんじゃないですかこんなの?」

「おごってもいいけど」

 軽い気持ちで口に出した言葉は、『ハズレ』だった。千鶴は憎々しげに顔を歪めて、「そんな不公平な協定があるもんですか」とはっきり口にした。

「そういう親切の押し売り、私以外には勝手にやればいいですけど、お金を絡めるのはルール違反ですよ」

 今となっては、由香もそれ以上踏み込もうとは思わなかった。それが引き際であることを、彼女は分かっていた。


 ++++++


 バレッタの模様がなんなのか、ずっと気になっていた。だから、天啓のようにその言葉が浮かんだとき、牧村美咲は思わず口を開いていた。

「これ、カマキリ?」

「えっ、何が?」

 返事をする三原満の声が想像以上に低かったので、思わず美咲の腰は低くなった。

「いや、バレッタの模様」

「うそ、私知らないわよ」

 満は見えるはずのない後頭部を探ろうとしてもがいていたが、やがて諦めて柱の陰に隠れる姿勢に戻った。

「いけないいけない。騒いでいたら見つかっちゃう」

 美咲は呆れながらも、一応同じような姿勢を取った。美咲達の視線の先には由香と千鶴の姿がある。二人で金柄祭りへ遊びに行く約束をした二人が、後日こうしてデートをしているのだ。気になる気持ちは美咲にもある。

「いけませんわ、このような高価なもの。いただけません」

 なんて、千鶴の声が届くわけはない。満が勝手に声を当てているのだ。美咲が止めないのをいいことに、満は由香の声までアフレコし始めた。

「いいんだ。君は自分の美貌にふさわしいものを身につけるべきだ」

 満の一人芝居の内容にお構いなく、由香は千鶴を置いてどこかへ行ってしまった。

「そういう妄想ってどこからわいてくるの?」

「人間はみんな妄想をして生きているものなのよ。自覚がある分、私みたいなのはマシな方だと思うわ」

 満の声色を聞いた美咲は、それを冗談と判断した。美咲と満がこのショッピングモールで由香と千鶴を見つけたのは、全くの偶然からだった。美咲は満にそそのかされて、こうして二人を尾行している。

 千鶴は由香に押しつけられたイヤリングを耳元に当ててみているらしい。鏡に映った表情は、美咲の位置からは見えなかった。

「……なんか、飽きたわね」

 満はあっさり出歯亀の姿勢を解いて腰を伸ばした。こいつ一回はたいてやろうかと思ったが、美咲としてもこの奇妙な探偵ごっこを続けたいわけでは無かったので、とりあえず彼女の後に続いてその場を離れた。

 先を歩く満の表情は見えない。彼女は片手で軽くバレッタに触れた。

「たぶん、猫か何かだと思うよ」

「そうね」

 満は振り向かなかった。


 ++++++


 無事『協定の証』の会計を済ませると、由香と千鶴はフードコートで遅めの昼食をとった。二人は別々に店を選び、由香はハンバーガー、千鶴は天ぷらそばを注文した。いっそテーブルも別々でもいいかとも思ったが、タイミングが合ってしまったので、二人は空いていた席に向き合って座った。少しの間沈黙があったが、それを先に破ったのは由香だった。

「焼きそば」

 期待していなかったが、千鶴は由香の言葉を聞き返すこともなく、すぐに意味を理解した。

「そうですね。確かに、お祭りなんかでは自分から間食することもあります。あの日は焼きそばを食べ損ねました」

 千鶴は天ぷらを持ち上げ、汁を吸ってもろくなった衣を見て少しがっかりしたような顔になった。

「まあ、あれは夕食のはずだったのですが」

 奇妙なことに、絶縁を意味する協定を結ぶための証を選ぶあいだ、由香と千鶴はこれまでのどの瞬間よりも『仲良し』だった。

 多分、千鶴も気づいていたのだと思う。それでも、二人とも何も言わなかった。由香が何も言わなかったのは、千鶴自身のことを話題にすることを禁止されていたからだ。千鶴の方が何を考えていたのかは、由香にはわからなかった。


 ++++++


「私、鴨川由香は、今後一切、湊千鶴自身のことを話題にしないことを誓います」

「私、湊千鶴は、今後鴨川由香に対して、『友達』や『友人』という表現を使わないことを誓います」

 由香に押しつけられた値札シール付きの手帳から顔を上げながら、橋本凜はあきれた声を出した。

「で?これはなんなわけ?」

「姫百合協定」

 そういう伝統の都市伝説のようなものがあることは知っている。問題はだれが当事者であるかということと、交わされた約束の内容だ。

「私、仲人なんかじゃないんですけど」

「知っとるわい」

 近くのベンチに座っていたくるみが、興味深そうに首を伸ばした。

「由香ちゃんたちは仲悪……」

 くるみの軽い口を、凜は塞いだ。狐につままれたような表情の由香の横で、千鶴が中腰になった。その微笑みが以外と可憐であることは、由香には見えていないだろうか。千鶴は口を開いた。

「私と由香ちゃんはね、とっても仲が悪いんですよ」

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