交換しましょう
橋本くるみは、期待に満ちた手つきでカプセルを開けた。しかし、顔を出したウサギを見た途端、はっきりと落胆の表情が浮かんだ。橋本凜は心の中でかける言葉を練る。
『人生思い通りにいかないことも一つの経験だ』
それとも、
『姉ちゃんが一回分だけ小銭だしてやるから』
さてどうしたものかと凛が考えていたとき、誰かがくるみの横に座った。
「よっ、くるみ。久しぶり」
それは鴨川由香だった。このショッピングモールで凜たち姉妹と由香がたまたま遭遇するのは珍しいことではない。由香と凛の挨拶は「よっ」だか「うす」だか曖昧な唸り声で済まされた。
由香はカプセルトイの機械に小銭を投入すると、拳法のような気合いと共にレバーを回した。遠慮なくカプセルを開けてタヌキのゴム人形を確認すると、大げさに頭に手を当てる。
「あかんわ、ハズレ」
うーん、と思案顔になる由香の手元を、くるみが覗き込んでいる。由香はくるみの方を見もせずに、その肩に手を回した。
「なあ、くるみ。折り入って相談があんねんけど、あんたのブツとあたしのブツ、交換せんか」
由香とくるみの視線がかち合い、ついでくるみの顔が凛の方を向いた。
「くるみの好きなようにしな」
凛の言葉で、交渉は成立した。くるみに礼を言わせてから、凛はこっそり由香に声をかけた。
「知ってたの?」
「何を?」
「タヌキさんがお目あてだって」
由香は気取った様子で首をかしげた。
「あたしね、くじ運とかもいい方でさ、そういうときはこうアタマにビビっとくんねんな」
「なにそれ」
凛は苦笑を返した。
++++++
「で、知ってたんですか?」
凜を見送ると、取り残された由香に千鶴が声をかけた。
「嘘はついてへんで。今日もちゃんとビビっときたもん」
由香が千鶴の表情を見ると、以外というか、その顔には見直したような表情が浮かんでいた。
「まあ、いくらビビっと来ても外れるときは外れんねんけど」
由香は肩をすくめた。
「じゃ、行こうか」
由香と千鶴は、『協定の証』を購入するためにショッピングモールに来ていた。
雑貨屋や文房具屋が入ってる一角をぶらついていた由香は、ふと目に入った駄菓子屋に足を踏み入れた。
「食べ物を証にする気ですか?それとも、おもちゃの指輪でもくれます?」
「そらええわ」
千鶴の言葉をあしらいながら、店内を物色する。結局由香は、ラムネ菓子を取った。途中から文句も言わなくなっていた千鶴は、会計を済ませた由香に不思議そうな顔を向けた。
「ラムネって、食べたくなるときあります?」
「そらあるやろ」
うすうす感じてはいたが、こいつもしかして火星からやってきたんじゃないだろうか、なんて気分をもてあそびながら、由香はプラスチックのケースを開けた。千鶴は何かを指折り数えるような仕草をしている。
「食事は三食とらなければいけないので、できればおいしいものを選ぶのは分かります。でもお菓子ってそうじゃないでしょう」
由香は無視して二、三粒を口に放り込んだ。
「いいでしょう、食べました。食べたとして、ああいま食べてよかったなって気分になりますか?」
「どういう話?あんた味わからんの?」
「味はわかります」
「やることなすこと、全部すごい良かったことかそれ以外しかないんか?」
思い詰めた顔をしていた千鶴はそこで一度言葉を詰まらせ、眉を寄せた。由香はその手首をつかんで、ラムネを分けてやった。千鶴は童話の魔女でも見るような目で由香を見て、一粒をつまんで口に入れた。当然ラムネは魔法がかけられているわけでもなく、千鶴は子供のようにしかめ面で顎だけを動かした。
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