カミサマの落とし物

 美咲と満との逢い引きは、唐突に終わりを迎えた。クスノキの下で、二人は待ち伏せを受けたのだ。相手は歩夢と夏帆だった。

「やーっと見つけた」

 歩夢が携帯電話のアンテナを銃口のように美咲に向け、発砲した。

「りんごちゃんはどうしたの?」

「それが、夏帆がちょっと落とし物しちゃって」

 夏帆は泣いた形跡のある顔でうつむきながら、クスノキの根元に座っていた。歩夢はその背中をさすっていた。夏帆は浴衣の上から肩にかけたポーチを握りしめている。

「ほら、例のカエルのマスコット。確かにこのポーチに付け替えたはずなのに、いつの間にかなくなってたんだって」

 満があたりを見回した。

「よりによってこんな日にこんな場所で落とさなくてもいいのにね」

 歩夢がとがめるような目を向けた。


 ++++++


 世界はテントの下だけにある。普段の生活で気づくことはあまりないが、夜の森というのはかなり暗い。というより、夜というものは元来暗いものなのだ。

 酒匂りんごは、世界の外にいた。

 マスコットの心当たりを探し終えたりんごは、獣道まで足を伸ばすことを検討したが諦め、一度探した落し物受付に未練がましく戻ってきていた。受付で運良く落とし物を見つけたらしい子供が連れ合いの元に返っていく。彼は元の世界に戻るパスポートを手に入れたのだ。

「りんごやんか」

 声がして振り向くと、鴨川由香がいた。隣には千鶴の姿もある。朗読会のためについ最近出会ったばかりの相手を、よくこの人混みの中で見分けたものだと思う。由香はりんごと落とし物受付を見比べると、「斬新な出し物やな」と言った。

「そうですね」

 からかいを含んだ言葉に、りんごは少しむきになって、神社の奥に歩き始めた。由香は追いかけてきてその肩をつかんだ。

「広場に行くんか?一緒に花火見てもええか?」

「花火?」

「違った?まあ、空を見とったら落とし物は捜せへんもんな」

 立ち止まったりんごのスニーカーが足下を撫で、ざりざりと音が鳴った。

「それはもう良いんです。この混みようじゃ、どちらにしろタイムアップです」

 由香は空を見て何かを考えていたのかいなかったのか、励ますように、りんごの背中をたたいた。

「そういうのはな、諦めたぐらいにポンと出てくるもんよ」


 ++++++


 歩夢は美咲達を引き連れて、奥まったところにある稲荷神社の近くに集まっていた。

「みさ、確かそのマスコットって去年のお祭りで手に入れたのよね」

「うん、くじ引きで」

 美咲が頷いて自分のマスコットを顔の前に掲げて思案顔になった。

「もしかしたら今年も同じ店でくじをひいたら当たるかもって?そんなに都合良く在庫があるかな?あったとしても、くじで当たるとは限らないし」

 歩夢は腹の底が妙に騒ぐのを感じた。

「二人とも、それ、本気で言ってる?」

 見返す美咲の頭の横で、はねた髪が動物の耳のように揺れていた。現れ方は違うが、歩夢と同じくせっ毛なのだ。歩夢はその頭をつかんで髪をぐしゃぐしゃにしたい衝動に駆られた。

「ずっとちっちゃい頃から持ってる大切なものなんだよ?代わりじゃ駄目に決まってるじゃん」

 じっとりと両頬を撫でる湿った空気のなかに、妙に冷たいものが混じった。満のアンクレットが音を立てたが、それは歩夢を肯定も否定もしなかった。

「そう、かな?」

 ぽつりと言ったのは夏帆だった。歩夢は夏帆を見返した。

「もしかしたら、いいかも。代わりでも」

 美咲は無造作に自分のマスコットを鍵から外して、夏帆に突き出した。

「良ければあげるよ」

「でも」

「大事にしてくれる人が持ってたほうがいいもの」

 歩夢は思わず手を出して、美咲の手首をつかんでいた。

「なんで自分より夏帆の方が大事だってわかるの?」

「だって、わたしにとっては特に大事ではないから」

 つるりとした美咲の顔がしゃくに障る。歩夢は、すがるようにつかんだ手首に力を込めた。

「やだ、離さないで」

 美咲は鼻白んだ。

「お前、私の何だよ」

「なっ……。妹だよ!」

 本当は、美咲が聞きたかったのは、『何様か』ということなのだろう。『妹様だ』とでも言えれば良かった。妹とは一体、『何様』なのだろう。ぼんやりしているうちに自分はどんどん何者でもなくなっていく。

「歩夢?」

 恐る恐るかけられた夏帆の声に、多少現実に引き戻された歩夢は、ゆっくりと手を離した。まだ納得のいかない顔の美咲に後ろから満が手をかけ、「みさ」と声をかけた。美咲は不承不承という様子で、あらぬ方を見ながら口を開いた。

「じゃあ、交換条件。その落し物って、きっと思い出があるんでしょ?それを聞かせてくれたら、お礼としてこれをあげる」

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